谷間のクマ

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1/20/2025, 2:20:09 PM

《明日に向かって歩く、でも》

拝啓 齋藤雪音様

 姉さん久しぶり。俺、春輝。姉さんの命日に手紙を書くのはやめちゃったけど、今年は節目の年だもんな。久々に筆を執ってみた。つーわけで蒼戒から報告あったと思うけど、俺たち高校生になったぜ。姉さんが死んでから、もう10年も経つ。早いよなあ。
 高校生になっても俺は変わらず野球ばっかやってるし、蒼戒は剣道ばっかやってる。この辺はあんま変わんねーな。あと俺の弟バカには磨きがかかりました(笑)。
 変わったことと言えば、蒼戒がちょっとづつ前を向き始めたこと。俺を信じるって、言ってくれたこと。だから俺、蒼戒のためにもぜってー死ねない。つーか俺が死んだら蒼戒はすぐ後を追ってきそうだからな。ちなみに俺も蒼戒が死んだらそうする。
 つーわけで、かなりわかりにくい話になっちまったけども、結論。俺たちは元気です。たまにやべーこともあるけれど、明日に向かって、なんとか歩いてます。
 それでも、たまに立ち止まって涙を流す日があってもいいよな? 昔を思い出して、過去にケリをつけることも大切だよな? そうして、俺たちきっと幸せになるから姉さんは天国から見守っててくれ。
 そんじゃ、次に手紙を書くのは大学生になった時かな? その頃には幸せになれましたって、書けたらいいな。
敬具
十二月某日 齋藤春輝

★★★★★

 過去へ届く手紙。そんなものがあったら何を書くだろう。
 感謝の気持ち? 死の回避の仕方? 馬鹿馬鹿しい。んなもん存在しねーんだから考えたって仕方ねーだろ。
 そんなことを考えながら、俺、齋藤春輝は天国の姉さんに向けた手紙をどんど焼きの炎の中に放り込む。蒼戒のように命日に燃やすことも考えたけど、蒼戒の手前なんとなくそれはしたくなくて、どんど焼きで燃やすことにした。
 手紙はたちまち火がついて、あっという間に灰になる。
「……サイトウ、あんた、何投げ込んだの?」
 同級生で、同じ地区に住んでいる明里が呟く。ちなみに明里はなぜか俺を「サイトウ」と上の名前で呼ぶ。
「ん、手紙。出す気もねーけどゴミに出すのもどうかなって思ってさ」
「ふーん」
 明里はすぐに興味を失ったように答える。
「……姉さん宛て、か?」
 すぐ近くで俺たちの会話を聞いていた蒼戒が明里に聞こえないよう小声で尋ねる。
「……バレてた?」
「……いや、なんとなく」
「今年は節目の年だから書いとこうと思って」
「お前も命日に燃やせばよかったのに」
「まあなー。さ、餅焼く用の竹切り出すか!」
「あー、その前にサイトウ、これ中央の飾り崩れるわよ? さっさと支えの紐切っちゃったら?」
「だなー」
 というわけで俺は感情に浸るまもなくどんど焼きらしいことに意識を向ける。
 どんど焼きの醍醐味は餅を焼いて食べることだからなー。

 明日に向かって歩く。でも、たまには立ち止まる日があってもいいよな?
(終わり)

※今日のストーリーは昨日の《ただひとりの君へ》の別視点(?)となっています。

2025.1.20.《明日に向かって歩く、でも》

1/19/2025, 1:10:56 PM

《ただひとりの君へ》

拝啓 齋藤雪音様
 寒さが厳しくなってくる今日この頃、お元気ですか。風邪などひいていませんか。
 ……死人にこんなことお尋ねするのもおかしなことですね。
 今年の4月、春輝ともども高校生になりました。最近は生徒会が忙しいですが、俺も春輝もなんとか元気にやってます。なんとか、少しづつ前に進んでいます。
 しかし毎年貴方の命日が近づくと、どうしても筆を執ってしまいます。いい加減やめなければ……、と思ってはいますが、やめれそうにありません。毎年の恒例行事のようになってきてしまっているのです。それだけ、貴方が亡くなってから時間が経ったのでしょう。悲しいことです。
 『亡くなった人の命日に手紙を書いて燃やすと手紙が天国に届く』。こんな話、ただの作り話に過ぎないのはわかっています。ただの気休めだってこともわかってます。でも、筆を執ることをやめられない俺は、貴方から見てもまだ子供でしょうか? もし貴方が天国でこの手紙を読んだなら、俺のことを心配するでしょうか? きっと貴方は心配するでしょうね。貴方はとても優しい人だったから。
 高校生にもなって心配かけてごめんなさい。そして最後に一言言わせてください。
 たったひとりの姉さんへ。いつもありがとう。
敬具
十二月某日 齋藤蒼戒

★★★★★

 過去へ届く手紙。そんなものがあったらどんなに素晴らしいだろう。
 そんなことを考えながら、俺、齋藤蒼戒は天国の姉さんにあてた手紙と、寄せ集めの落ち葉に火をつける。
 パチパチと火の粉が舞い、煙がゆっくりと空へ昇っていく。
「……蒼戒、お前今年も手紙、書いたんだ」
 ゆっくりと空へ昇っていく煙を眺めながら、双子の兄、春輝が呟く。
「……悪いか」
「いや別に。むしろ偉いよ。俺はもう、書くのやめちゃったから」
「……それが正しいんだろうな。俺はいつまでも、姉さんを忘れられないから」
「忘れろなんて言わねーよ。手紙も書けばいいと思う。俺もお前が死んだらそうする」
「……お前の場合俺が死んだらすぐ後を追ってきそうだ」
「ははは、間違いない」
 春輝はそう言って乾いた笑いを響かせる。
「でもお前、追ってくるなよ」
「そいつはできねー相談だな。つーかお前も俺が死んだらすぐ後を追ってくるだろうが」
「どうだか」
 口ではそう答えるが、俺は多分後を追うだろう。
「そんなこと言って、どーせ追ってくるんだろ? だったら俺も死なないようにしねーと」
「だな」
 2人で空に昇っていく煙を見つめてそんな話をする。
 そして俺たちのたったひとりの姉さんへ、最大限の感謝を込めて。
 毎年この日は、そういう日だ。
(終わり)

2025.1.19《ただひとりの君へ》

1/18/2025, 12:39:09 PM

《手のひらの宇宙》

「あれ蒼戒、何読んでんの?」
 ある日の昼下がり。俺、齋藤春輝が昼メシの片付けをしてリビングに行くと、珍しく双子の弟、蒼戒が読書をしていた。ちなみに双子と言っても俺とは太陽と月の如くまったく似ていない。例えるなら俺が太陽で蒼戒は月だな。
 まあそれは置いといて、こいつは成績超優秀でいっつも小難しい本を読んでるくせに、今日に限っては小学生が読むような児童小説を読んでいる。どういう風の吹き回しだろう。
「ん? ああお前か。『手のひらの宇宙』という児童小説だ」
 蒼戒はほれ、と表紙を見せる。
「ふーん。どしたの、児童小説なんか読んで」
「暇だったんで久々に姉さんの部屋を掃除しようかと思ったんだが、ふとこれが目に入って」
 俺たち双子には姉さんがいた。俺たちが小学校に上がる前、事故で亡くなってしまったけれど。
「そーいやそれ、姉さんの愛読書だったっけ。昔よく読み聞かせてくれたよな」
「ああ。懐かしいな」
 蒼戒はそう言って愛おしそうに表紙を撫でる。
「どんな内容だっけ? 俺忘れちゃって」
「忘れるなよ……。ざっくり言うと主人公が宇宙征服しようとする話だ。最終的に宇宙を手に入れてハッピーエンドだから、『手のひらの宇宙』」
「あー、そんな話だったような」
「思い出したか……」
「うん。確か主人公が剣士でめちゃくちゃ強いんだけ」
「そうだ。戦いの描写が細かいからおもしろいぞ。剣道をしていた姉さんらしい本だな」
 姉さんは剣道をしていた。蒼戒もそれに影響されて、剣道を始めた。剣道バカな2人は、姉さんが生きていればすごく話があっただろうに。
「そーいやお前もその本好きだったろ?」
 昔姉さんが読み聞かせをしてくれるとなったら蒼戒はその本をせがんでいた気がする。
「まあな。それよりお前、紅野とキャッチボールしに行くんだろ? 俺と話してないで早く行ったらどうだ」
「あっ、いけね。紅野怒ってるかな……」
「気をつけろよー」
 俺が急いで靴を履いていると、そんなやる気のない声が聞こえる。さては続きが読みたかったから早く出てけってことだな? ま、いっか。
「そんじゃま、いってきまーす!」
 俺はそう言って家を飛び出した。
(終わり)

※短編の中で蒼戒が読んでいる「手のひらの宇宙」という児童小説は創作です。

2025.1.18《手のひらの宇宙》

1/17/2025, 5:10:30 PM


《風のいたずら》
 ひらり。
 真冬のある日の学校帰り。真冬の冷たい風が、私、熊山明里のブレザーの制服のスカートを靡かせた。
「まーったく寒いわねー、最近」
「なあーにが寒いだねー、だ。スカート、捲れてるぞ」
 そう冷えた声で諭すのは黒髪で背が高く、整った顔立ちの美丈夫。私の彼氏、齋藤蒼戒だ。
「え、嘘」
「嘘言ってどうする」
「もー、嘘じゃないのはわかってるからあんた風除けになってよ。今日風が強いからスカート捲れちゃう」
「まったく仕方ない……」
 となんだかんだ言いつつも風上に立ってくれる蒼戒。さすがだねぇ。
「風のいたずら、ってやつかしらねぇ……」
「人を風除けにして言うセリフじゃないぞ、それ」
「はいはい。ありがとねー」
 というわけで私は蒼戒を風除けにしながら家路を急いだ。
(終わり)

※明里×蒼戒 未来if

2025.1.17《風のいたずら》