谷間のクマ

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《手のひらの宇宙》

「あれ蒼戒、何読んでんの?」
 ある日の昼下がり。俺、齋藤春輝が昼メシの片付けをしてリビングに行くと、珍しく双子の弟、蒼戒が読書をしていた。ちなみに双子と言っても俺とは太陽と月の如くまったく似ていない。例えるなら俺が太陽で蒼戒は月だな。
 まあそれは置いといて、こいつは成績超優秀でいっつも小難しい本を読んでるくせに、今日に限っては小学生が読むような児童小説を読んでいる。どういう風の吹き回しだろう。
「ん? ああお前か。『手のひらの宇宙』という児童小説だ」
 蒼戒はほれ、と表紙を見せる。
「ふーん。どしたの、児童小説なんか読んで」
「暇だったんで久々に姉さんの部屋を掃除しようかと思ったんだが、ふとこれが目に入って」
 俺たち双子には姉さんがいた。俺たちが小学校に上がる前、事故で亡くなってしまったけれど。
「そーいやそれ、姉さんの愛読書だったっけ。昔よく読み聞かせてくれたよな」
「ああ。懐かしいな」
 蒼戒はそう言って愛おしそうに表紙を撫でる。
「どんな内容だっけ? 俺忘れちゃって」
「忘れるなよ……。ざっくり言うと主人公が宇宙征服しようとする話だ。最終的に宇宙を手に入れてハッピーエンドだから、『手のひらの宇宙』」
「あー、そんな話だったような」
「思い出したか……」
「うん。確か主人公が剣士でめちゃくちゃ強いんだけ」
「そうだ。戦いの描写が細かいからおもしろいぞ。剣道をしていた姉さんらしい本だな」
 姉さんは剣道をしていた。蒼戒もそれに影響されて、剣道を始めた。剣道バカな2人は、姉さんが生きていればすごく話があっただろうに。
「そーいやお前もその本好きだったろ?」
 昔姉さんが読み聞かせをしてくれるとなったら蒼戒はその本をせがんでいた気がする。
「まあな。それよりお前、紅野とキャッチボールしに行くんだろ? 俺と話してないで早く行ったらどうだ」
「あっ、いけね。紅野怒ってるかな……」
「気をつけろよー」
 俺が急いで靴を履いていると、そんなやる気のない声が聞こえる。さては続きが読みたかったから早く出てけってことだな? ま、いっか。
「そんじゃま、いってきまーす!」
 俺はそう言って家を飛び出した。
(終わり)

※短編の中で蒼戒が読んでいる「手のひらの宇宙」という児童小説は創作です。

2025.1.18《手のひらの宇宙》

1/18/2025, 12:39:09 PM