凍てつく星空
夜の庭に出た。
シンとして、息が白い。
肌に触れる空気は、痛いくらい冷たい。
見上げた空。
凍てついた星々が、
まるで砕けたガラスのように、
鋭く、そして果てしなく遠く光っている。
何億年も前の光が、
いま、わたしの目に届いている。
その途方もない時間の長さに、
わたしという存在の小ささを思う。
ふと足元を見ると、
クロが丸くなってわたしの足に寄り添っている。
もふもふした、小さな温かいかたまり。
宇宙の冷たさとは対極にある、
この確かなぬくもり。
世界はこんなにも大きくて、
凍てついているのに、
わたしはたったひとつの生命のそばで、
こんなにも温かい。
クロの吐息の温度。
このぬくもりこそが、宇宙への返事。
🐾 君と紡ぐ物語
銀色の朝。
まだ少し肌寒いリビングで、君は丸まっている。
クロ。
黒い毛並みが、夜の残りのように鎮座している。
私にとって、君といる時間は、
いつも物語を編んでいるみたいだ。
大層な出来事なんて起こらない。
ただ、君が隣で「くうん」と小さく鼻を鳴らす。
その音を聞き逃さないように、
そっと耳を澄ませる。
散歩道で出会う花や、
濡れたアスファルトの匂い。
君が夢の中で小さく走っている足音。
全部、ささやかな詩になる。
君は知らないだろうけれど、
私は君と交わす視線の中に、
たくさんの言葉を見ているんだ。
それは、私だけが読める行間。
ありがとう。
今日も、私の物語の隣にいてくれて。
「失われた響き」
愛犬クロの寝息は、まるで静かな海の波のよう。
規則正しく、柔らかい。
この響きだけは、いつでも私に届く。
失われない。
昔は、もっとたくさんの音が聞こえていた。
世界はざわめいていて、人々の声や、街の喧騒、
自分の心の焦燥までが大きな音を立てていた。
それは、何かに「なろう」としていた頃の、
前のめりな響きだったのかもしれない。
ある時、ふと、気づいた。
そのほとんどが消えてしまったことに。
失われた響きを探す必要は、もうない。
大切なのは、今聞こえている、
この小さな、確かな音だけだ。
クロの鼻息、窓を叩く雨粒。
私は、その音を横に並べていく。
小石を積むように。ひとつずつ。ていねいに。
この部屋にある、極小の輝き。静かな幸福。
❄️ 霜降る朝とクロ
寒い朝というのは、いつもより世界が澄んで
いる。
透明度が高い。まるで水の中にいるみたいに。
息を吸うと、その冷たさが肺の奥まできゅっ
と届く。
そうすると、ああ、生きているな、と思う。
昨日までの、なんだか濁ったような心持ちも、
この冷たい空気で洗い流されていく気がする。
庭に出ると、芝生が真っ白になっていた。
霜だ。
太陽の光を反射して、きらきらしている。
小さな小さな氷の粒が、一面の絨毯みたいだ。
クロは、そんなことおかまいなしに、白い絨
毯の上を駆け回る。
黒い毛並みが霜に映えて、まるで影が動いて
いるみたいだ。
鼻をひくひくさせて、地面の匂いを嗅いでい
る。
冷たいだろうに。
彼はいつも、今、ここにいる。
この世界で一番シンプルで、正直な生き物だ。
私たち人間は、過去を悔やんだり、未来を心
配したりして、今を複雑にしてしまう。
「クロ、いいな、おまえは」
そう声をかけると、彼は一度立ち止まり、首
をかしげてから、また走っていく。
霜で濡れた足跡が、芝生の上に黒く残ってい
る。
それが、朝が過ぎ去っていく証拠みたいだっ
た。
私たちも、クロみたいに、今日という一日を、
全力で走り切るだけでいいのかもしれない。
霜の降りる朝に見つけた、ささやかな真実。
「心の深呼吸」
心の深呼吸。
それは、たぶん、
「何もしない時間」のことだ。
最近、
ずっと浅い呼吸をしている気がしていた。
やらなきゃいけないこと。
考えなきゃいけないこと。
それらが、空気みたいに重くて、
胸の奥まで、届かない。
ふと隣を見ると、
愛犬のクロが、丸くなって眠っている。
黒い毛並みが、光を吸い込んで、
そこに、ただ、いる。
「クロ」
小さく呼んでみても、彼は動かない。
その規則正しい寝息だけが、
静けさを破る。
ああ、いいな、と思った。
この、ただ存在する時間。
私も、クロの隣で、
そっと、目を閉じる。
過去も未来も、やるべきことも、
全部、そっと手放す。
吸って。
吐いて。
クロが教えてくれた、
世界で一番簡単な、心の深呼吸。
大丈夫。
クロの隣で。
もう一度、吸って。吐いて。