「愛-恋=?」
愛から恋を引いたら、何が残るんだろう。
そんなことを、ふと思った。
恋はきっと、とても忙しい。
不安とか、期待とか、焦りとか。
手の届かないところにある、きらきらした、熱いもの。
朝、目が覚めると、足元でクロが息をしている。
ただ、そこにいる。
私がコーヒーを淹れるカチャカチャという音に、少しだけ耳が動く。それだけ。
「ああ、いるな」という、静かな安心感。
クロは、私を飾ろうとしない。
何も求めず、ただ自然に、私の時間と一緒に流れている。
見返りのない、この、ゆるやかな空気。
愛から、恋の持つ不安定さや、余計な熱を引いたとしたら。
残るのは、この、静かで、確かな呼吸の音だろう。
愛-恋=安心。
それが、私だけの答えだ。
「一輪のコスモス」
リードを引くクロ。いつもの朝の散歩。
ブロック塀の角に、一本だけ、コスモス。
薄いピンク。ほとんど透明な色。
誰に見られるでもなく、という顔で、そこにいる。
クロは気付かないふりして、通り過ぎようとする。
私が立ち止まる。
「ちょっと待って」
たったひとりで、風に揺れている。
誰かを喜ばせるためじゃない。
愛されるためでもない。
ただ、咲いてる。
クロが、早く行こう、と鼻を鳴らす。
それを見て、私も、これでいいんだ、と思う。
今日を生きる。それだけで。
「永遠なんて、ないけれど」
__人生は短い。
クロとの時間も、あっという間。
彼は、もう、シニアなんだ。
散歩の足どりも、ゆっくりだね。
隣で眠る、その温かい重み。
感じながら、思う。
__永遠なんてない。
それは、本当のこと。
今朝、わたしが台所に立ったら、
クロは静かに寄ってきて、
わたしの足に、そっと、鼻をつけた。
ひんやりと湿った、その感触。
満足げに細められた、優しい目。
形あるものは、いつか消えてしまう。
でも、この小さな「今」の、
温かい、この 積み重ね こそが、
永遠に勝る 宝物 なんだ。
クロ、きみと過ごす、
今日という一日は、
まぎれもなく、
わたしにとっての「永遠」そのもの だよ。
「パラレルワールド」
もしも、あのとき。
違う道を選んでいたら、
わたしはどんな顔をしていただろう。
いつもの散歩道。
右へ行くと、公園。
左へ行くと、川沿い。
いつもは右を選ぶ。
クロが、うれしそうに走るから。
もしも、わたしが左を選んでいたら。
川沿いの景色はどんなだろう。
わたしの知らない、
別のクロがいるだろうか。
どんな顔をしているのかな。
どんなふうに笑うんだろう。
わたしは少し、さみしくなる。
でも、なぜだろう。
不思議と、あたたかい。
どの道を選んでも、
どのわたしがいても、
クロと一緒。
そう思うと、
この世界が、少しだけ、やさしくなる。
「僕と一緒に」
いつも
僕の足元には、クロがいる。
黒い小さなかたまり。
日光を浴びて、毛がキラキラする。
朝、僕が目を覚ますと、もう彼はそこにいる。
じっと、ベッドの横で待っている。
顔を洗うときも、パンをかじるときも、
彼は影のように、
僕の後ろについてくる。
公園まで散歩に行く。
クロは僕の歩くペースに合わせて
軽やかに走っていく。
まるで、僕の足が伸びたみたいに。
たまに、他の猫に気を取られて、
リードを引っ張る。
それも、愛おしい。
楽しそうに揺れるクロのしっぽを見て、
僕も、笑顔になる。
家に帰って、ソファに座る。
クロは静かに、
僕の膝に頭を乗せる。
その重みが、心地いい。
言葉は交わさない。
でも、お互いの存在は確かめ合っている。
僕の世界のすべてを、
彼は知っているかのように、
じっと、僕を見つめている。
クロがいるから、
僕は一人じゃない。
僕といっしょにいる時間が、
クロにとって、かけがえのないものだといいな。
そして、僕にとって、
クロがいる日常は、
なにものにも代えがたい宝物だ。