「1000年先も」
2026年2月3日。
見上げるほどに高い、透きとおった青い空。そこを泳ぐ白い雲の形を眺めながら、ふと思う。今この瞬間を感じている私の心は、どこへ行くのだろう。
足元では、愛犬のクロが小さくあくびをした。黒い毛並みに冬の日差しが溜まって、そこだけ陽だまりのように温かい。この温もりも、空の青さも、言葉にできないこの静かな愛おしさも。
たとえ私たちが形を変えても、この「光の粒」のような記憶だけは、宇宙のどこかで消えずに漂っていてほしい。
1000年先も。
誰かがふと空を見上げたとき、今の私と同じ、優しい風が吹きますように。
「勿忘草」
茜色の境界線。
空がゆっくりと燃え、見事な夕焼けが街を包み込む。
すべてが影になっていく時間。
銀色の光が最後の一瞬を惜しむように、雲の端を縁取っている。
隣には、影に溶けそうなほど真っ黒なクロ。
彼がふいに見上げた横顔に、私は「今」という時間の重なりを感じる。
温かな体温だけが、この曖昧な世界で確かなものだった。
足元に、ひっそりと揺れる勿忘草。
暗がりに沈む前の青い花びらは、まるで誰かが落とした忘れ物のようだ。
「忘れないで」という願いは、過ぎ去る光への静かな抵抗。
夜が来る前に、この紅い空とクロの鼓動を、
記憶の奥深くに、大切に刻みつけておきたい。
「ブランコ」
公園の端っこで、古びたブランコが小さく軋んでいる。
近所の子どもたちが、冬の乾いた空気を蹴り飛ばすように高く、もっと高く、空へと漕ぎ出していく。その無邪気な笑い声は、まるで誰にも捕まえられない光の粒のようだ。
足元では、愛犬のクロが不思議そうに首をかしげている。揺れる座面を追いかけようとして、結局、私の膝に冷たい鼻先を押し当ててきた。
「行かないよ」と小さく呟く。
遠くへ行きたいような、ずっとここにいたいような。
ブランコの弧を描くリズムに、揺れ動く自分の心象を重ねてみる。戻ってくることがわかっているから、私たちはあんなに遠くまで足を投げ出せるのかもしれない。
「 I LOVE … 」
1月の終わり、透明な風
いつからだろう。
好きという言葉が、こんなに静かな重みを持つようになったのは。
ショパンの光
ピアノの蓋を開け、使い古されたショパンの楽譜を広げる。
指先が触れる紙のざらつき。何度もめくられたページの端は少し丸まって、かつての私の熱情を記憶している。音符たちは、冬の光の中で銀色に輝き漂う。
琥珀色の時間
キッチンでカフェオレを淹れる。
白い湯気が立ちのぼり、窓をうっすらと曇らせる。ミルクの甘い香りが、ささくれだった心をゆっくりと整えていく。
確かな体温
足元では、黒い毛並みのクロが寝息を立てている。
私が名前を呼ぶと、彼は片目だけをあけて、しっぽでトンと床を叩いた。
「I LOVE…」
それは声に出すまでもない、この静寂そのもののことだ。
「こんな夢を見た」
うたたねの縁側で、こんな夢を見た。
空が、見たこともない虹色のグラデーションに染まっている。絵具を水に溶かしたような、淡くて、どこか淋しい光の層。
見上げると、銀色の鱗を光らせた大きな魚たちが、静かに空を泳いでいた。尾びれが空気をなでるたび、きらきらと光の粉が降ってくる。
足元には、いつかの冬に旅立ったユキがいた。雪のように真っ白な毛並みは、触れると柔らかく、懐かしい温もりがある。ユキは喉を鳴らすこともなく、ただ隣に座って、細めた瞳で不思議そうに空の魚を追っていた。
「きれいだね」
私がつぶやくと、ユキは一度だけ小さく耳を動かした。
次の瞬間、ユキは音もなく立ち上がり、すうっと宙に浮いた。まるで重力がないかのように軽やかに、空の魚たちと同じ速さで、優雅に泳ぎ始める。私もそれに続き、ふわりと体が持ち上がった。
ユキと私は、虹色の空を銀色の魚たちと並んで泳いだ。冷たいはずの風は心地よく、きらめく鱗の粉が頬をなでる。ユキが私の方を見て、小さく「ミャッ」と鳴いた。その声は、遠い昔の記憶のようにも、明日への招待のようにも聞こえた。
目覚めると、部屋には冬の午後の、ただ白い光が差し込んでいた。