花とコトリ

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3/27/2026, 1:17:23 PM

「My Heart」

三月の光は、透きとおった水槽の底に沈んでいるみたいに静かだ。
窓をあけると、風にのってやってきた満開の桜の匂いが、胸の奥のいちばん柔らかい場所に触れる。

「ねえ、クロ」

足元で小さく欠伸をした君を呼んでみる。
老いて少し白くなったその背中に触れるたび、私の心は、昨日よりもずっと素直な形に整えられていく。

特別なことなんて、本当は何ひとついらないのかもしれない。
ただこうして、淡い朝の光のなかで、
大切な命の鼓動を手のひらに感じていられること。

私の世界は、そんなささやかな断片だけで、
もう十分すぎるほど、満ち足りてしまっているのだから。

3/26/2026, 6:17:10 AM

「ところにより雨」

3月25日、水曜日
「ところにより雨」という予報のせいか、今朝の空気はどこか頼りない。

窓の外を眺めながら、熱いコーヒーを一口すする。立ち上る湯気の向こう側で、世界の輪郭が少しだけぼやけている。昨日までの悩みごとも、この湿り気の中に溶けてしまえばいいのに。

足元では、黒い塊が小さく鼻を鳴らした。愛犬のクロだ。
「散歩、どうしようか」
声をかけると、クロは眠たげな目で私を見上げ、また丸くなった。

雨が降る場所と、降らない場所。
私たちの心も、きっとそんなふうにできている。
静かな朝の、光の加減。
今はただ、この曖昧な時間のそばにいたい。

3/14/2026, 3:37:34 PM

「安らかな瞳」

三月。庭の木蓮が、重たい冬を脱ぎ捨てるように白い花を上向かせている。
あんなに純粋な白を、私は他に知らない。

足元では、クロが春の陽だまりに溶けている。
薄く開けられたその瞳。
そこには、追いかけっこをした記憶も、昨日叱られたしょんぼりした気持ちも、もう何も残っていない。
ただ「今、ここにいる」という、透き通った肯定だけがある。

「クロ」
名前を呼ぶと、尻尾が一度だけ、ゆっくりと庭の土を叩いた。
揺れる花びら。静かな呼吸。

何も解決しなくていい。
ただこの安らかな瞳に見守られて、私も私自身を、少しだけ許してみる。

3/12/2026, 4:55:10 AM

「平穏な日常」

3月12日、光の粒。
朝の光が、カーテンの隙間から細い階段を作っている。

お気に入りのカップに注いだコーヒーからは、まっすぐな湯気が立ちのぼる。苦みの奥にある微かな甘みを探る、この静かな数分間が私の贅沢だ。

足元では、黒い塊がふにゃふにゃと寝返りを打った。愛犬のクロ。彼の短い寝息は、この部屋の湿度をちょうどよく保ってくれている。

特別なことは何も起きない。けれど、この「何事もなさ」が、薄い硝子細工のように尊いのだと知っている。

世界は今日も、私とクロのまわりで、穏やかに呼吸を続けている。

3/7/2026, 4:04:23 PM

「月夜」

3月7日

月があまりに明るいので、パジャマのまま庭へ出た。
光を浴びた庭の桜の木は、まだ蕾だというのに、
どこか遠い星の植物のように銀色に発光している。

足元では、黒い影のようなクロが
鼻先をひそめて、夜の匂いを丹念に追いかけている。
クロの背中にも月光が降り積もり、
その毛並みは、まるで静かな夜の海みたいに波打っていた。

「ねぇ、クロ。私たちは今、宇宙の真ん中にいるみたいだね」

独り言は、冷たい空気に溶けて透明になる。
言葉にならない感情を、月だけが知っているような夜。

私たちはただ、銀色の静寂の一部になって、
しばらくそこに立っていた。

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