花とコトリ

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5/6/2026, 9:55:36 PM

「明日世界が終わるなら……」

もしも明日、この世界が静かに幕を閉じるなら。

特別なことは何もしない。ただ、いつものように豆を挽き、深い苦みのコーヒーを淹れるだろう。湯気の中に立ち上がる香りを、最後の一粒まで記憶に刻むために。

窓の外では、驚くほど大きな満月がすべてを許すように輝いている。その光を背中に受けて、足元ではクロが小さく欠伸をした。何も知らないお前の、柔らかい毛並みの温かさ。それだけが、この世界で私が手に入れた一番確かな真実だった。

「おやすみ、クロ。また明日」

嘘をつく私を、月が静かに見守っている。
さよならの代わりに、もう一度だけ、その温もりを抱きしめた。

5/5/2026, 3:28:57 PM

「君と出逢って、」

五月の坂道をのぼると、光のつぶが跳ねる。
さらさらと吹き抜ける薫風が、
記憶の端っこを、やさしくなでていく。

足元では、クロが楽しそうに鼻を鳴らしている。
ときどき立ち止まって、
空を見上げる仕草まで、
いつのまにか私に似てきたみたいだ。

君と出逢って、
世界の輪郭は少しだけ、やわらかくなった。

何でもない一日を、
大切に、静かに、積み上げていこう。
透明な水が、
コップの底に溜まっていくように。

「クロ」と呼べば、
振り返るその瞳のなかに、
私はたしかな、今日の幸福を見つける。

5/2/2026, 11:43:01 PM

「優しさだけで、きっと」

窓際で、氷がパキンと鳴った。
目の前のクリームソーダは、溶け出したバニラが緑の海に白い絵の具を落としたみたいに混ざり合っている。

「クロ…」

声を掛けると、足元で丸まっていた黒い毛のかたまりが、めんどくさそうに、でも確かな体温を持って僕の膝に顎を乗せる。クロの鼻先は少し冷たくて、生きている匂いがした。

本当は、正論も理屈もいらない。
ただ、この淡い緑の泡が消えるまでの静寂と、言葉の通じない君が隣にいてくれること。
それだけで、世界は案外なんとかなる。

優しさだけで、きっと。
僕は今日を、そっと書き留めておく。

4/19/2026, 2:55:09 PM

「もしも未来を見れるなら」

もしも、ほんの少し先の未来が見えるとしたら。
今日の夕飯がマカロニグラタンであることを、私は朝から知っている。
焦げたチーズの匂いや、スプーンを通した時の白い湯気。
そんな些細な幸福を先に「確認」してしまったら、今という時間はどんな色になるだろう。

足元では、愛犬のクロが寝息を立てている。
この子がいつか年老いて、私の隣からいなくなる未来。
それが見えないからこそ、私は今、クロの温かい背中にそっと手を置くことができる。

未来を知ることは、きっと魔法じゃない。
知らないからこそ、私たちは今日という日を、
一皿のグラタンを、
たった一度のまどろみを、
大切に慈しめるのだと思う。

4/4/2026, 3:11:41 PM

「それでいい」

雨音が、夜の輪郭をゆっくりと溶かしていく。
止まない長雨は、なんだか世界に私ひとりだけが取り残されたような、静かな錯覚を連れてくる。

なんとなく寝付けなくて、台所に立った。
小鍋で茶葉を煮出し、たっぷりのミルクとスパイスを落とす。
湯気と一緒に立ちのぼるチャイの香りが、尖っていた心の角を丸く削ってくれる。


足元では、クロが小さく寝息を立てている。
この子がそばにいて、温かい飲みものがあって、雨の音を聞いている。
それだけで、今日という一日は完成していたのかもしれない。

特別な何かになれなくても。
劇的な明日が待っていなくても。
「それでいい」と、雨の夜が静かにささやいている。

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