花とコトリ

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明日への光と、苦い静寂

誰もいない夜更け。
台所の電気だけが点いている。
マグカップに立ちのぼる湯気の螺旋を見つめる。
今日一日の疲れを、
この苦い一杯が静かに引き受けてくれる。

居間のソファーの足元の、
くしゃくしゃになった毛布の中で、
すっかり眠りこんだクロが丸くなっている。
台所の電気をそのままにして、
マグカップを手にクロの横に座る。
その呼吸は、あまりにも規則正しく、
あまりにも穏やかで、
世界のざわめきとは無関係なリズムを刻んでいる。

人生は、時々、理由もなく冷たい。
手のひらから零れ落ちる砂のように、
大切なものが遠ざかる。
そんなとき、私はクロの背中をそっと撫で、
冷めかけたコーヒーを一口飲む。

苦味の後に残る、舌の奥のかすかな甘さ。
クロの体温。
それらは、遠くにある「希望」なんかじゃなくて、
今、ここにある小さな光だ。

明日もまた、クロは目覚め、
私はコーヒーを淹れるだろう。
その繰り返しの中、光は自然と見つかる。

12/16/2025, 8:27:20 AM