「あ」
今、屋上で何かが動いた。
"何か"は分からなかったが、その正体が無性に気になり、自然と足が階段へと向かった。
踊り場の大きな窓から屋上を見る。
チラリ、とまた動く。
白い、何か柔らかいもの。ふと頭によぎったイメージは、頭上には金の輪っか、背中には大きな白い翼を携えた……
いや、と首を振る。
そんなもの屋上に、この世に実在するはずがない。
そう考えながら階段を駆け上った。
屋上。
そこに"何か"はすでに無く、
代わりに一枚の白い羽が、ふわりと揺れていた。
先祖代々受け継がれている箱がある。
手のひらサイズで、全面が黒で塗られている。派手な装飾も無ければ、お札が貼られていることもない。経年劣化も見られず、艶々とした漆が光を反射している。
ただし、この箱には一つだけ、『絶対にこの箱の中身を見てはならない』決まりがある。
箱には開けるための取っ掛かりがなく、中身を見るには壊すしかない。そんな罰当たりな事をする人がいるはずもなく、決まりは100年もの間守られた。
しかし、遂にそれが破られる日が来た。
20代目の少年が、誤ってその箱を落としてしまったのだ。落ちた場所は悪いことに階段で、そのまま箱はゴロゴロと落ちていき、
ぐしゃり
何かがひしゃげる音が階下から響く。
少年は慌てて箱の様子を見に行った。
砕けた黒い箱は四散し、その中央に日本人形の生首が転がっていた。遠目で見ると、断頭台で首を切られたばかりの女の首のように見える。黒い血液がじわじわと広がり、ガラス玉の目は何も映さないまま。
「ありがとう」
そう、人形の口が動いた気がした。
少年は小さく悲鳴を上げ、その場を立ち去ってしまった。
丸机に向き合って、2人の女子高生が宿題を解いている。その内、茶髪の方がペンをくるくる回し始めた。黒髪の方をチラリと見て、口を開く。
「無人島に行く時、何かひとつ持っていくとしたら、何を持っていく?」
「紙とペン」
「……何で?」
「向こうでも宿題ができるように」
「本気で言ってるんだよ私は」
「私は本気だよ
どうせ生き残れないんだったら、あとぐされ無く死にたいじゃん」
「変わってるねー」
「宿題中に無人島の話する方が変わってる」
「へいへい」
カリカリカリカリ。二つのペンの音が再度鳴り出したと思ったら、すぐに一つになった。
「じゃあ、私はどう?」
あんたの最期、私が看取ってあげるよ」
「別にいい。あなた宿題できないじゃん」
かーーーーッ!!!と茶髪の方が上を向いて叫び、そのまま後ろに転がる。
「敵わないなぁ」
「何が?」
カリカリ。一人分のペンの音が響き続けた。
けたたましいアラームで目が覚めた。
布団の中から手だけを伸ばし、スマホを引っ掴む。午前7時。起床時間だ。
寝ぼけ眼をこすり、布団から這い出るようにして、窓を開ける。
瞬間、肌を刺すような風が吹き込んだ。
「うおっ」
勢いよく窓を閉める。
寝起きには強すぎる刺激だった。
まだ10月だぞ、くそっ。
乱暴に歯を磨きながら悪態をつく。
あの日爽やかに俺を起こしてくれた秋風はどこへ行ってしまったんだろう。気温調節が下手くそな令和が連れ去ってしまったのか。
窓の外には澄んだ青い空が広がっている。夏とはまた違う、透明感のある空。
今日はコートを着ていこう。
これから続くであろう寒い日々を男は憂いた。
兄は鼻唄をよく歌う。
それは天気が良い日、機嫌が良い時、コーヒーを淹れている時。歌詞も曖昧に口ずさむ。
「それ、なんて曲?」
兄が答えたのは僕が知らない曲だった。
特段音楽に興味が無かった僕は、そのタイトルを頭の隅に置いておくに留めた。
僕はその曲を、頭の隅からもう一度引っ張り出すことになる。
それは学校の帰り道、君の隣を歩いている時だ。小鳥がさえずるようなハミング。僕はその旋律にピンときた。
「この曲知ってるんだ!?」
僕が曲のタイトルをあげると、君は驚いて叫んだ。どうやらずいぶん前の曲らしい。
兄が歌っていたと伝えると、君は「お兄さんと趣味、合うかもなぁ」と微笑んだ。それから、この曲を歌っているアーティスト、歌詞の解釈、時代背景などを、目を輝かせて話し始めた。
君の話に相槌を打ちながら、僕は兄に感謝していた。
こんなに楽しそうに話す君を見る事ができたのだから。