No.40『卒業』
散文/掌編小説
教室から見える景色に目を細める。カーテンに隠れた窓際の席で、わたしは階下に見える中庭を見やった。渡り廊下の両側に並んでいるのは下級生だろうか。一人の生徒が通り過ぎるまで、行儀よく一律に、頭を下げている。
「卒業、かあ」
もう直ぐわたしはここからいなくなる。そうして、このクラスにいるみんなもだ。卒業を間近に控えているというのに、とうとうわたしは最後までこのクラスに馴染めなかったのだった。
思えば入学した時からつまづいていた。入学式の前日に事故に遭い、二週間、入院をした。高校デビューを目論んでいたわたしは出鼻をくじかれ、そのまま三年間を過ごしてしまったのだ。
カーテンに隠れているというのに、誰もわたしを気にかけない。今、この時間は高校生活最後の休み時間なのに、このまま何もなく終わってしまうのだろうか。
意を決して誰かに話しかけようとして、誰に話しかけるかでまたつまづいた。一番話しやすそうな学級委員長は男子だし、隣の席は女の子だけど、携帯画面を鏡にしてメイクに夢中だ。
高校デビューを目論んでいたわりに、脆い硝子のように繊細なわたしの心。鋼の心を持ちたかったなあと、階下に視線を戻して溜め息をついた。
お題:My heart
No.39『別れの情景』
散文/掌編小説/恋愛
もう少しだけ一緒にいたかった。先輩がいなくなった部室は、どこか寂しげで。先輩が引退したのは随分と前になるけれど、まだこの学校に籍を置いている、それだけで、どこか安心していたのかも知れなかった。
「いよいよ、かあ」
今日は先輩の卒業式。卒業してしまえば、もう二度と学校では会えなくて。卒業後に都会へと行ってしまう先輩。学校でどころか、本当に二度と会えなくなるかも知れなくて。
そう思うと涙が出た。先輩の前では泣かないと決めていたのに。
「泣くなよ」
そう言われると、余計に泣きたくなる。
「泣いてませんよ。きっと局地的に雨が降っているんです」
そう言って見上げた空は、泣きたくなるほど青かった。
お題:ところにより雨
No.39『一輪の花』
散文/140字小説
そこにいるのが当たり前で、そこにいないと息苦しくて。よく、空気のような存在だと言うけれど、まさしく君がそれだった。
もう少し早く気づいていたら……、いや。いまさら言っても遅いか。手を伸ばせばそこに君がいて、その状況に僕はあぐらをかいていた。
君の席には今、一輪の花が咲いている。
お題:特別な存在
No.38『バカみたい』
散文/掌編小説
「バカみたい」
君のその一言に、思わず言葉を失った。まるで汚いものでも見るような、蔑むような眼差しで見下されつつ発せられるその一言は、出会った頃のことを思い出させる。
「バカみたいだよね、男子って」
そう笑いつつ、教室の掃除を手伝ってくれる君が好きだった。友だちがエッチな漫画を持って来た時に、
「ばっかみたい」
そう言いつつ、真っ赤な顔をして、教室を出て行く君も。
いつからかお互いに好きになり、いつの間にか恋人同士になった。付き合いはじめの『バカみたい』には、いっぱいの愛情が詰まっていたのに。
「確かにバカみたいだよな」
俺は思わずそうつぶやいて、君の部屋を出て行く覚悟を決めた。
お題:バカみたい
No.37『世界のおわり』
散文/掌編小説
久しぶりに外に出ても、誰にも会わなくて部屋に戻る。
「どうだった?」
「だめ。誰もいない」
地球が滅亡するというニュースを聞き、避難しない選択肢を選んだ。ジタバタしても始まらないと思ったのもあるし、正直、部屋から出て避難シェルターに行くのも怖かったのだ。
「みんな、どこ行っちゃったんだろうね」
わたしは引きこもりだ。そして、一緒に住んでいる彼女も。地球が滅亡する時間になっても何も起きなかった。だから、わたしは意を決して外に出てみたのだけれど。
静かすぎる街は殺伐としてはいるけど、どこも壊れたりしていないし、以前と変わったところはない。ただ、人っ子一人いないというか、近所でよく見掛ける野良猫の姿も見られなかった。みんな、シェルターに避難したのかと思って、勇気を振り絞って行ってみたけど、そこにも誰もいなくて。
「二人ぼっちになっちゃったね」
どこか嬉しそうに笑う彼女は、心に闇を抱えている。
二人ぼっちの世界。そう考えて目眩がした。
いや、二人ぼっちじゃなくて、この世界にいるのは、今はわたしたちだけ、そうだよね?
誰かそうだと言ってよ。
お題:二人ぼっち