ののの糸糸 * Ito Nonono

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7/1/2023, 9:54:54 AM

No.55『猫を飼う』
散文/掌編小説

 猫を飼い始めた。青く澄んだ瞳と真っ黒な毛並みが綺麗な子猫を。
「えっ、うそ。いま動かなかった?」
「何が?」
 学校からの帰り道、見つけたのは一緒に帰っていた友達だった。コンビニのダストボックス横に無造作に置かれた黒いゴミ袋の中に、その子はいた。
「えっ、生きてるじゃん」
「ほんとだ」
 小さくて今にも消えそうな命。生まれた間もなく捨てられたようで、臍の緒は付いてはいないものの、片手にすっぽりと収まってしまう。
「どうしよう」
「連れて帰ろう」
「えっ、飼うの?」
「うん」
 友達が驚いているのは私たちが全寮制の高校に通っているからで、当然だけど飼える状態じゃないからだ。

「でも……」
「このまま放っておけないでしょ」
「それはそうだけど……」
 袋から出してやり、両手で包むようにそっと。荷物は友達に持ってもらった。寮の入口には誰か見張りがいるでもなし、誰にも見られず部屋までそっと運ぶことも可能だ。
 友達に手伝ってもらって、私は子猫を一週間前にルームメイトが転校して、一人部屋になったばかりの自室に連れ帰った。

 あれから一ヶ月、その子は今も私の部屋にいる。汚れを拭いてやり、元気になったところで洗ってあげると、とても綺麗な猫であることが分かった。目が開くようになると、キラキラと輝く大きな瞳がまるで青空のように澄んでいることに気がついた。
 首に結んだ赤いリボンは、この子と私をつなぐ赤い糸。まだはっきりと性別は分からないけれど、『いと』と名付けた子猫は今、私の膝の上で静かな寝息を立てている。

お題:赤い糸

6/21/2023, 5:51:14 AM

No.54『あなたが教えてくれたこと』
散文/掌編小説

 今日は朝から蛙が鳴いている。いつもは夜の騒音とも言えるその声は、恐らくは一匹のもので、途切れ途切れに。でもずっと。
 風が強く、まだ降ってはいないけれど、空を覆う鈍色の雲が降雨を予感させている。ガタガタと音がする窓越しにそれを眺めながら、わたしは思わず溜息をついた。

 わたしは雷が世界で一番嫌いだ。
 恐らく、わたしの前世は、雷に撃たれて死んでしまった何かしらの生き物だったに違いない。人間と言い切れないのは自分が虫だったり花だったりの夢を見るせいで、それはそれで雷に撃たれるでもなく、平穏な時間を過ごしているのだけれど。
 溜息をついてその場を離れようとしたその時、
「キャッ!」
 いきなりの雷光に思わず声を上げてしまった。しかも、まるで若い女の子のような。ハッとして本を読んでいた恋人を見やると、意味ありげな視線をわたしに寄越したが、直ぐに手にした本に目を移した。

 心臓がバクバク言っている。今にも口から出てしまいそうだ。雷光から遅れること数十秒後に、微かにゴロゴロと遠方から雷鳴が聞こえて来た。と言うことは……、
「大丈夫。こっちには来ない。離れて行ってるよ」
 また意味ありげに笑う恋人が、ここにいてくれて良かった。

「あ」
 鳴いている蛙が増えた。あなたがいたから、わたしは今、こうして笑っていられる。

お題:あなたがいたから

6/20/2023, 8:21:43 AM

No.53『彼のとなり』
散文/恋愛/掌編小説

 私と彼との身長差は、15センチもある。ちなみに、彼が162センチで、私は177センチだ。
 だから、彼は一緒に帰る時も隣を歩いてくれない。幼なじみでお隣さんの彼と帰るのは小学生の頃からの習慣のようなもので、一緒に帰ることができるだけで嬉しいと言えば嬉しいのだけれど。
「ちょっと待ってよ」
 足の長さも私のほうが長いはずなのに、彼はいつもズンズンと前を行く。振り返りもせず、ただ、距離が空きすぎると角で待ってくれていたり。
「遅い」
「ジロちゃんが速いだけじゃん」
 高校生になって、初めてクラスが別れた彼との貴重な時間。
「あ」
 降り出した雨に空を見上げたら、
「ん」
 ぶっきらぼうに差し出されたビニール傘。

 私はその手を取り、彼の手の上から傘の柄を握りしめ。身を屈めて彼の隣に立ってみた。

お題:相合傘

6/1/2023, 10:58:33 PM

No.52『始まりの雨』
散文/掌編小説

 ついていない時は、何をやってもついていないらしい。解けた靴紐を結ぼうとしたら切れてしまうし、売り切れが続いたトイレットペーパーもやっと手に入れたと思ったら、大量に入荷されて買い溜めの心配がなくなるし。
「あ。雨だ」
 出先で雨に降られるのもついてないけど、慌てて飛び込んだコンビニでは、ビニール傘が売り切れていた。仕方なく店先で雨が止むのを待っていたが、こんな時に限って雨は、なかなか止んでくれなかったりする。

 遠くで雷が鳴っている。降り始めた雨は勢いを増し、わたしは店内に引き返して、何かを買うことにした。だけど、実は昨日、大型スーパーで買い溜めをしたばかりで、何を買おうか小一時間悩むことになるのだけれど。
 結局は雨のせいか肌寒くなって来たので、ホットコーヒーを買うことにした。
「あ」
 店先でコーヒーを飲もうと思ったら、鈍色の雲から太陽が顔を覗かせていて。もう少し我慢していたらと悔みつつ、特に飲みたくもないコーヒーを啜る。

 そんなわたしが大切な人に出逢うまで、あと5分。すっかり止んでしまった雨が始まりの雨になることに、この時のわたしは気づかずにいた。

お題:梅雨

5/29/2023, 9:47:27 AM

No.51『長袖』
散文/掌編小説

 彼女はいつも長袖のシャツを着ている。もしかして虐待されていたり、タトゥーでもあるのかなと思ったら、単に寒がりなだけだった。

お題:半袖

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