No.54『あなたが教えてくれたこと』
散文/掌編小説
今日は朝から蛙が鳴いている。いつもは夜の騒音とも言えるその声は、恐らくは一匹のもので、途切れ途切れに。でもずっと。
風が強く、まだ降ってはいないけれど、空を覆う鈍色の雲が降雨を予感させている。ガタガタと音がする窓越しにそれを眺めながら、わたしは思わず溜息をついた。
わたしは雷が世界で一番嫌いだ。
恐らく、わたしの前世は、雷に撃たれて死んでしまった何かしらの生き物だったに違いない。人間と言い切れないのは自分が虫だったり花だったりの夢を見るせいで、それはそれで雷に撃たれるでもなく、平穏な時間を過ごしているのだけれど。
溜息をついてその場を離れようとしたその時、
「キャッ!」
いきなりの雷光に思わず声を上げてしまった。しかも、まるで若い女の子のような。ハッとして本を読んでいた恋人を見やると、意味ありげな視線をわたしに寄越したが、直ぐに手にした本に目を移した。
心臓がバクバク言っている。今にも口から出てしまいそうだ。雷光から遅れること数十秒後に、微かにゴロゴロと遠方から雷鳴が聞こえて来た。と言うことは……、
「大丈夫。こっちには来ない。離れて行ってるよ」
また意味ありげに笑う恋人が、ここにいてくれて良かった。
「あ」
鳴いている蛙が増えた。あなたがいたから、わたしは今、こうして笑っていられる。
お題:あなたがいたから
6/21/2023, 5:51:14 AM