ののの糸糸 * Ito Nonono

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5/26/2023, 9:18:09 AM

No.50『雨の日と彼女の髪』
散文/掌編小説


 世界で一番雷が嫌いな私は、雨が降ると家にこもる。出先で雷に遭遇しては敵わない。もちろん、雨が降っても出掛けなきゃいけないこともあるのだけれど。
「雨、やまないね」
 窓に貼りついて、外を見ていた彼女が言った。退屈げに長い髪を指先で弄んで、まるで他人事のように。
「そうだね」
 私の髪は酷い癖毛で、雨が降ると湿気を含んで爆発してしまう。無理矢理ひとつにまとめたお団子も心なしか大きくて、私は雨に関係なく、サラサラの彼女の髪を手に取った。
「いいな。サラサラで」
「んふふ、お手入れしてますからね。雨に負けないように」
 初めて耳にする台詞に目を見張る。
「もしかして、私のようにストレートの髪だと、いつも綺麗だって思ってた?」
 彼女はいつも、私の心を見透かしたようなことを口にする。この時、私は初めて彼女が私の見えないところで、努力をしていたことを知ったのだった。

 そりゃそうか。彼女の髪は、いつも綺麗だ。よく考えてみたら、雨の日ほど綺麗な気がするから、雨の日ほど念入りに手入れをしているのかも知れない。
 まだ雨はやみそうにない。私は、この雨の中をこの髪で出掛けなければいけないことを思い、初めて彼女のように、努力をして来なかった自分を恥じたのだった。


お題:いつまでも降り止まない、雨

5/25/2023, 9:31:51 AM

No.49『あの頃の不安だった私へ』
短歌/連歌/5首


絶え間なく不安に押し潰されそうな時期があるから今があるんだ

病んだのは遥か昔のことのよう前を向けたら明日(あす)が見えるよ

あと5年ぐっと我慢をして私。幸せ掴む時が来るから

辛いよね。誰にも話せないもんね。だけど未来は君の味方だ

不安だと口にしてたら良かったと思っているけど好きに生きてね

5/24/2023, 9:49:00 AM

No.48『彼女がいる日常』
散文/掌編小説/恋愛

 出逢わなければよかった。そう思っても、後の祭りだ。わたしは彼女に出逢ってしまった。それは、今から三年前にまで遡る。

 あれは暑い夏の日のことだった。暑さの割に、蝉の声も聞こえず、何故だか静かだったことを思い出す。彼女と出逢った瞬間、まるで時間が止まったかのように辺りの音も消えてしまって、振り返る彼女がスローモーションのように見えた。
「あれから三年になるのね」
 目の前の彼女はそう言って、紙ストローを細い指先で弄んだ。この時間がつまらないと言うよりは、何を言おうか考えている素振りを見せているけど、彼女の口から出る言葉はいつも、わたしを彼女に縛りつける。
「今年も一緒にいましょうね」
 そう言って微笑む彼女はとても綺麗で。わたしは彼女の赤いルージュが引かれた唇が、次の言葉を紡ごうと動くのから目が離せなかった。


お題:逃れられない呪縛

5/4/2023, 9:52:22 AM

No.47『圧倒的感謝』
散文/掌編小説

 たまにひとりになりたい夜がある。そんな時に限って、連絡して来るひとがいて。
『もしもし。元気してた?』
 彼女から連絡して来る時はいつも通話で、ひとりになりたい時でも、不思議と通話に出でしまう。
「元気元気! そっちは?」
 空(から)元気だと悟られないように、営業スマイルを顔に貼り付けて口にした。
『こっちは元気! てか、何かあったでしょ?』
 わたしの精一杯の虚勢も、彼女には何故か通じない。
「ないない。元気元気」
 これ以上掘り下げられたくなくて、下手くそな演技を続けると、
『……良かった。元気そうで』
 少しの間のあと、
『ところでさ……』
 いつもの取り留めのないお喋りが始まった。

 ごめんね。そしてありがとう。
 今は少しだけ、そっとして欲しい。

 心の中で謝りながら、それ以上に、感謝の言葉を彼女に送った。



テーマ:「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった。その人のことを思い浮かべて、言葉を綴ってみて。

4/23/2023, 9:55:25 AM

No.46『31文字』
散文/掌編小説

「君となら、ずっとこのままいられると、思ってたのに。なのに。どうして。……よし。これで行こ」
 文字数を指折り数えながら、思いついた31文字を口にする。5、7、5、7、7、で31文字。いわゆる短歌だ。
 わたしが短歌を詠みだしたのは、昨日、病気で亡くなった母親の影響だ。うちの母親は夢見がちな少女のようなひとで、早くに亡くなった父親のことを短歌にして詠んでいた。

「我ながら力作じゃない?」
 母さんの真似をして、初めて詠んでみた短歌。母さんが父さんにあてたような歌でいて、わたしの想いも込めてみた。わたし、まだ20代なのに、早くも天涯孤独になっちゃった。
「ママとなら……」
 子供の頃のように、最初の5文字の“君”を“ママ”に言い換えて、本当はこうしたかったのだと、声に出した言葉を噛み締めた。

 この感情が例え間違いだったとしても、わたしは想いを言葉にすることを覚えてしまった。


お題:たとえ間違いだったとしても

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