No.45『特別でもなんでもない一日』
散文/掌編小説
目が覚めてみると、もうお昼を過ぎていた。夜勤が終わったのが午前3時で、眠りについたのが午前6時過ぎだったから、5時間はゆっくりと眠ったことになる。
引っ越し祝いにもらったテレビをつけると、お昼のワイドショーをやっていた。チャンネルを変えると、どのチャンネルも同じようなもので、わたしはチャンネルはそのままにボリュームだけを下げた。
一人暮らしの部屋には、当然だけど人の気配がない。音に関しては全くの無音じゃないから気にならないが、人の気配がないのは寂しいというか、なんというか。
液晶画面に人の気配を感じながら、わたしは本日、初めての食事の調理を始めた。といってもトーストを焼いて珈琲を淹れるだけの簡単なもので、オーブントースターにバターを塗った食パンを入れるだけで、あとは勝手に調理してくれる。
今日は一週間ぶりの休みの日で、夜勤と日勤がごちゃ混ぜだった一週間の終わりだから尚更、好きなことをして好きに過ごしたい。トーストを食べて珈琲を飲んで。無音のテレビ画面を眺めているうちに、気づけば窓から見える四角い空が、真っ赤な夕日に染まっていた。
お題:沈む夕日
No.44『いい夢を』
散文/掌編小説
ふと、目を覚ますと真夜中だった。どうやら、いつの間にか寝落ちてしまっていたらしい。寝る前に読んでおこうと、布団の中で手にした文庫本。手にした、そのままの姿勢で寝落ちてしまっていた。
「ちゃんと、寝なきゃ」
自分の寝相の良さに感謝しつつ、こないだ摘んだ道端の花で作った栞を挟み、本を閉じる。何度も読み返した愛読書。何度読んでも、違う感想になる不思議な物語だ。
もう、4月だというのに、夜と朝はまだ肌寒く、寝る時は毛布が欠かせない。毛布の暖かさのせいで寝落ちているわけで、そろそろ手放さなければいけないのだけれど。
「おやすみなさい」
誰も聞いてはいないけど、いつものように口にする。さっきは『おやすみなさい』も言わず、いつの間にか眠ってしまっていた。もう一度、
「おやすみなさい。いい夢を」
そう口にする。これでいい。これで、今夜もいい夢を見られるはずだと目を閉じた。
お題:それでいい
No.43『ひとつだけ』
散文/掌編小説
「ひとつだけ願いが叶うとしたら、何を願う?」
唐突に恋人が言った。
「ひとつだけ?」
「そう」
それは難しい問題だ。
アラビアンナイトなお話の精霊は、三つのお願いを叶えてくれるし……、あ。流れ星が叶えてくれるのは、ひとつだけか。ただ、三回口にする台詞の中に、三つの願いを織り込めれば、三つの願いが叶うのだろうけれど。
「ひとつだけかあ」
思わず口にする。単純に考えれば、一生、遊んで暮らせるだけの現金とかなんだろうけど、ラブストーリーにありがちなそれじゃないが、愛はお金では買えない。かと言って、愛さえあればと言うとまた違うし、わたしはとうとう頭を抱えてしまった。
「じゃあ、あんたはどうなのよ」
「俺?」
これといった答えが浮かばなくて、聞かれた質問に質問で返す。
「俺は、願いごとを叶えて欲しいって願うかな」
「は? なにそれ」
何かを思いついた様子の恋人は、珍しくドヤ顔でこう続ける。
「俺が願いごとを言ったら、それを全部叶えてくださいって願うんだよ」
さもいい答えだろうとでも言いたげに胸を張る恋人が可愛くて、わたしは思わず笑ってしまった。
お題:1つだけ
No.42『無題』
散文/掌編小説
生まれたときも一人だったのだから、当然、死ぬときも一人なのだと思っていた。
「————」
しっかりと握られた手。君が何か言っているのは分かる。だけど、もう君の声は、ぼくには聞こえない。薄れ行く意識の中で、ぼくは君に出会った頃のことを思い出していた。
あれは高校の入学式。緊張に吐きそうになりながら席に座ったとき、
「なあ、あれが校長かな。スポットライトが当てられてるし」
隣の席に座っていた君が言った。君の視線が示すほうを見やると、確かに眩しい頭をした校長先生がそこにいて。
「ぶっ!」
緊張が解れたと同時に周りの注目を浴びてしまったぼくは、声を掛けてきてくれた君のお陰で、たくさんの友達に恵まれた。
あれから卒業、就職、いろんなときを経て、みんな散り散りバラバラになった。ただ、君はずっとそばにいてくれて。そうしてぼくは、寿命を迎えた。
「————」
相変わらず、君が何を言っているのかは分からないけれど、ぼくは君といられて幸せだった。大切なものを胸に向こうで待ってるから、また向こうでも一緒にいようね。
それじゃ。先に逝ってるね。
お題:大切なもの
No.41『嘘か真か』
散文/掌編小説
開口一番、
「わたしは、エイプリルフールに嘘をついたことがないですね」
口をついて出たのはこれだった。
4月1日。日本で唯一、公然と嘘がつけるこの日に、わたしの職場は、ちょっとした上手い嘘をつく大会になって。わたしの番になり、わたしの口から飛び出たこの言葉は、嘘でもなんでもなく本当のことなのだけれど。何故だがとてもウケてしまった。
わたしにとっての嘘は、咄嗟に口をついて出てしまうもので。嘘を考えようとすればするほど、上手い嘘が浮かばないから、エイプリルフールには嘘がつけない。ただそれだけのことなんだけどね。
お題:エイプリルフール