No.42『無題』
散文/掌編小説
生まれたときも一人だったのだから、当然、死ぬときも一人なのだと思っていた。
「————」
しっかりと握られた手。君が何か言っているのは分かる。だけど、もう君の声は、ぼくには聞こえない。薄れ行く意識の中で、ぼくは君に出会った頃のことを思い出していた。
あれは高校の入学式。緊張に吐きそうになりながら席に座ったとき、
「なあ、あれが校長かな。スポットライトが当てられてるし」
隣の席に座っていた君が言った。君の視線が示すほうを見やると、確かに眩しい頭をした校長先生がそこにいて。
「ぶっ!」
緊張が解れたと同時に周りの注目を浴びてしまったぼくは、声を掛けてきてくれた君のお陰で、たくさんの友達に恵まれた。
あれから卒業、就職、いろんなときを経て、みんな散り散りバラバラになった。ただ、君はずっとそばにいてくれて。そうしてぼくは、寿命を迎えた。
「————」
相変わらず、君が何を言っているのかは分からないけれど、ぼくは君といられて幸せだった。大切なものを胸に向こうで待ってるから、また向こうでも一緒にいようね。
それじゃ。先に逝ってるね。
お題:大切なもの
4/3/2023, 6:07:17 AM