No.25『やり直し』
散文 / 掌編小説
クリスマスイルミネーションが撤去された、寂しい街中をひとり歩く。クリスマスイブにされたプロポーズを断ったわたしは、酷く後悔していた。
『君を幸せにするよ』
そう言った彼の言葉が信じられなくて。そこで『二人で幸せになろう』と言われたのなら、わたしの努力でなんとかなるからOKしたかも知れない。
だけど、子どもの頃に、母親に浮気されて捨てられた父親から言われた『変わらないものはない』という酷い言葉が、まるで呪文のようにわたしの心を縛りつけていて、咄嗟にごめんなさいと口にしてしまった。後悔するも後の祭りだ。
「あ……」
その時、プロポーズを断って以来、連絡がなかった彼からメッセージが届いた。今夜会えるかな、と一言だけのメッセージに、なんと返そうか悩む。いいよだとか大丈夫だけだと素っ気なさすぎるし、連絡をくれて嬉しいだと図々しすぎる気がして。返事に悩んでいると、続けて『いつかやり直させてもらっていい?』とメッセージが入る。
このやり直しがプロポーズのことだとしたら、わたしはまだ、彼の恋人でいさせてくれているのだろうか。わたしは付き合い始めた頃から変わらず、彼の恋人でいたい。
お題:変わらないものはない
No.24『クリぼっち』
散文 / 掌編小説
結局、ひとりで過ごしたクリスマス。所謂、クリぼっちと言われる過ごし方だ。20代の頃まではクリスマスイブは恋人と過ごし、本番のクリスマス当日は家族でちょっとしたパーティーを開催していた。
仕事が忙しくなり、恋人とも家族とも疎遠になってしまってもう随分と経つ。クリスマスイブの夜は当然のように残業をして、ただ、コンビニで小さなショートケーキを買って帰った。
SNSで動画や画像を見て、クリスマス気分を味わったのはほんの数分で。これが恋人よりも仕事を取った女の成れの果てかと思わずため息をつく。ただ、この女の部分は男でも同じことで、そう思って苦笑った。もしかして、お互いに仕事を理由に別れた恋人も、同じことを思っているかも知れない。
クリスマス当日、家に帰ると母親からクリスマスカードが届いていた。
「メリークリスマス」
ぽつりと呟いた瞬間、日付が変わって。私は今まで付き合った恋人全員を着信拒否している。ここに来て不意に、そのことを激しく悔やんだ。
お題:クリスマスの過ごし方
No.23『クリスマスの朝』
散文 / 掌編小説
「結局、いつもと変わらない夜だったな……」
思わず独りごちる。隣に眠るのは恋人じゃなく、愛猫の白猫、クロだ。朝起きてみたら、彼女がイケメンに変わっていた的なファンタジーな出来事もなく、もちろん、枕元にプレゼントも置かれてはいなかった。
クリスマスイブの夜だからといって、特別なにかがあるでもなく。ただ、仕事帰りにコンビニで、苺のショートケーキとフライドチキン、ノンアルコールのシャンパンを買った。
SNSを開けば、たくさんのメリークリスマスが溢れているが、ただそれだけだ。そのうちのいくつかはわたしに向けられたものだけど、クリスマスに便乗したフィッシング系のDMのほうが多かった。
今年のクリスマスは週末だというのに、わたしは週末こそが忙しいアパレルショップで働いている。恋人と別れたのはもう5年も前の話で、クリぼっちを満喫するつもりでいるけど、やはりちょっと寂しい。
イケメンに変わってくれなかったクロの頭を撫で、いつものように仕事に行く準備をするために布団から出て、
「……くしゅん!」
くしゃみをひとつ。クリぼっちを満喫する前に、取りあえずは仕事に向かった。
お題:イブの夜
No.22『プレゼント』
散文 / 掌編小説
わたしが大好きな曲に、恋人にたくさんのプレゼントをもらう歌詞の曲がある。オチから言ってしまうと、本当にたくさんプレゼントをもらうんだけど、恋人だと思っていた人には彼女がいたという、全く救いがない曲なんだけど。
「あなたがわたしにくれたもの……」
そっと口ずさんで苦笑った。わたしは、恋人からプレゼントをもらったことがない。
もしかして彼には浮気相手がいて、その子にはプレゼントを贈っているのだろうか。それともわたしが浮気相手だから、プレゼントを贈るのがもったいないのかも知れない。その証拠に彼は仕事が忙しいからと、会えない日が続いている。
別にプレゼントが欲しいわけじゃないし、ただ会いたいだけなんだけど。そんなことを考えながら、クリスマスイルミネーションで溢れる街中をひとりで歩いていたその時、彼から二週間ぶりにメッセージが届いた。
『今どこ?』
仕事が終わった帰り道。真っ直ぐ帰るのが寂しくて寄り道をした。
『分かった。すぐ行く』
彼からのメッセージはいつもそっけない。でも、どうやらひとりぼっちのクリスマスは過ごさなくていいようだ。
それから30分後。名前を呼ばれて振り返ると、薔薇の花束を抱えた彼の姿があった。更にそれから数分後。彼から給料の三ヶ月分の指輪と、プロポーズの言葉を贈られることになる。
お題:プレゼント
No.21『すだちの香り』
散文 / エッセイ風掌編小説
今日も19時に書く習慣アプリのお題が発表された。通知バーに表示された今日のお題は、ゆずの香りとのこと。
(なんでゆずの香り?)
と、一瞬考えたが、いつものように文章を書くために検索をして、発表された12月22日は冬至だということを思い出した。
わたしは徳島生まれの徳島育ちで、柚子にあまり馴染みがない。徳島県内でも柚子の産地の地域もあるが、基本的には徳島で柑橘類と言ったら『すだち』だ。
徳島県民は庭にすだちの木があったり、ご近所さんからお裾分けして貰ったりして、収穫時期はほぼ毎日のようにすだちを使う。収穫時期にはスーパーに山積みされるし、それほどまでにポピュラーなものなのだ。
お酒だと、すだち酎にすだち酒もある。勿論、すだちジュースも。アイスクリームは勿論、すだちシャーベットなんかのスイーツも馴染み深いものだ。すだちハニーは所謂ホットすだちで、焼き魚は勿論、味噌汁に果汁を搾って入れたりもする。こうしてこれを書いている時点でも、ゆずの香りと言うよりも、すだちの香りが鼻腔をくすぐっているような気がしていたり。
そんなこんなでわたしは今、何も浮かんでいない湯舟に浸かっている。
お題:ゆずの香り