ののの糸糸 * Ito Nonono

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12/22/2022, 8:56:44 AM

No.20『翼』
散文 / 掌編小説

 たまにしか会えない母親が最後にわたしに会いに来たのは、わたしに初潮が来た時のことだった。学校で初潮を迎えたわたしは保健室に駆け込み、保健の先生に事情を話した。おめでとうと言われたあの時の、先生の笑顔を忘れられない。もう子供ではいられないのだと、痛感した瞬間だったから。

 わたしの両親はわたしが生まれた頃には離婚してしまっていたが、それが母親の浮気のせいだと知ったのはつい最近のことだ。
「……誰もあんたの恋人なんか取らないっつの」
 最後に母親に会ったあの日。母親は、もうあんたも女なのねと意味ありげに笑っていたが、苦虫を噛み潰したようなあの笑顔の意味はそういうことだったのだ。毎回違っていた母親の恋人だと言う男から向けられる気味悪い笑顔は、初潮を迎える頃にはあからさまに性的なものが混じっていた。

 大空を羽ばたけるような子になるようにと、子供の頃から男女どちらが生まれても翼と名付けるつもりだった母親は、自由奔放すぎて家庭におさまりきれなかった。
 自由に羽ばたける翼を持っているのは彼女のほうだ。わたしは母親に捨てられた可哀想な父親が見捨てられず、ここから動けずにいる。


お題:大空

12/20/2022, 11:46:42 AM

No.19『ウエディングベル』
散文 / 恋愛 / 掌編小説

 クリスマスを目前に控えた日曜日。めいっぱいお洒落をしてイルミネーションで溢れる街中をひとりで歩く。本当は自分と幸せになるはずだったひとと親友の幸せな姿を見せつけられ、それでもわたしはめいっぱいの祝福の拍手をふたりに贈った。

「なにが幸せにします、よ……」

 去年までわたしの恋人だったひとを親友がまず好きになり、次いで親友が気になり始めた恋人が親友を好きになってしまった。ごめんなさいとふたりから謝られた時は呆然としたが、そのまま恋人関係を続けられるはずもない。
 結婚の約束もまだの恋人とわたしだったが、クリスマス頃には……、なんて思っていたのだ。なのに、親友を好きになって親友と付き合い始めた恋人は、わたしにじゃなく、付き合い始めたばかりの親友にプロポーズをしたのだった。

 親友は恋人、いや、元カレが両親に結婚の挨拶している音声を寄越し、ごめんね、彼と幸せになりますとのたまった。わたしは結局、ふたりの結婚式に参列し、ふたりに祝福の拍手を贈ったのだ。

 いつか教会でウエディングベルを鳴らすはずだったのに。式の帰りに寄った居酒屋に、やけ酒を注文するための卓上ベルの音が響き渡った。


お題:ベルの音

12/20/2022, 7:58:47 AM

No.18『 恋歌 de 連歌 』
詩歌 / 定型詩 / 短歌 / 都々逸


#短歌(57577)

寂しさを分け合い慰め合っていて それでも他人と言うひとがいる

言い訳にしたくはなくって笑い合う寂しさなんてなかったように

もう少しぼくに勇気があったなら今も君が隣りにいたよね

わたしには過ぎた相手だったねと笑った君の笑顔が語る

サヨナラと言われて泣いて次の日に忘れるわたし強くはないし


#都々逸(7775)

泣いてもいいからこっちにおいで君の寂しさぶつけてよ

寂しさなんて感じるもんかどうせ叶わぬ恋だから

会いたいなんて気軽に言うな妻も子供もいるくせに

笑っているから寂しくないと見せかけている侘しさよ


お題:寂しさ

12/19/2022, 7:50:06 AM

No.17『冬は一緒に』
散文 / 恋愛 / 掌編小説


 かじかむ手を擦り合わせて息を吹きかける。一瞬だけ温もりを取り戻したその手は、直ぐに温もりをなくしてしまった。

「寒い……」

 夏の間はこうやってくっつくのも嫌がっていたくせに、小さく呟いて君は手をつないで来た。君の手は僕の手よりも少し暖かく、君の体温と僕の体温がゆっくりと交わっていく。

 夏の間はさりげなくつないでもウザいと振り払われていた君の小さな手。確かに僕は、夏の間はヘンな手汗をかいていた。冬の今は寒さで引っ込んだ手汗のぶんが、君より少し暖かくなっているんだろう。

 夏の間一緒にいられなかったぶん、冬の間は一緒にいようねと、僕は君の手を強く握り返した。


お題:冬は一緒に

12/17/2022, 11:23:25 AM

No.16『壊れた眼鏡』
散文 / 掌編小説

 眼鏡が壊れた。右の柄の部分がバキッといった。眼鏡がないと生活できないわたしは、とりあえずセロハンテープを巻いて応急処置したのだけれど、案外、誰もそれに気がついていないようだ。
 忙しさから美容室に行けず、伸ばしっぱなしの髪も幸いしたのかも知れない。ただ、支柱が定まらず、なんとも心許なくて、わたしは仕事帰りに行きつけの眼鏡屋に寄った。

「いやー、見事に折りましたね。真っ二つに」
 いつものお兄さん店員はそう言って笑い、
「今日はどうしました?」
 まるで病院の診察のように聞いて来る。
「踏みました。おしりで。机に置いたはずなのに何故か椅子の上に落ちてて」
 新しい眼鏡を勧めるでもなく、彼は笑いながらお直ししますねと奥に引っ込んで行く。初めての給料で買った眼鏡。散々悩んで買ったことを覚えてくれているようでとても嬉しいのだけれど。

 本当は新しいのが欲しいだなんて言ったら、彼はどんな顔をするのだろう。


お題:とりとめもない話

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