No.15『くしゃみの原因』
散文 / 掌編小説
「ふぇ、くしゅっ」
朝起き抜けにくしゃみをひとつ。隣りに眠る恋人が身じろいで、慌てて口を塞いだ。犯人は分かっている。わたしたちの足元で丸まって眠っている真っ白でフサフサな毛並みの子猫、クロだ。先代の黒猫のクロが亡くなった日に拾ったからこの名前をつけたが、名前に似つかないとても綺麗な美猫だったりする。
隣りで眠る恋人とクロを起こさないように、そっと布団から出る。足元に散らかった下着や部屋着を拾い集め、裸のままで洗濯機へと向かった。
「ふぇっくしゅん!」
そこでまた大きなくしゃみをひとつ。ぶるりと身震いしながら、そう言えば今日は冷え込むなあ、なんて思ったりして。またくしゃみが出そうになり、そろそろ起きて来る恋人に聞かれてもいいように、
「へっくちっ」
極力小さく可愛くおさめた。着衣に付着したクロの毛を取り除くのに夢中になっていたわたしは、くしゃみの原因が彼女の毛並みじゃなく、風邪のせいだと気づかずにいた。
お題:風邪
No.14『営業スマイル』
散文 / 掌編小説
手のひらに吐き出した息は白く、そして暖かい。つかの間の小さな幸せを味わったわたしは、営業スマイルを浮かべ、
「クリスマスケーキはいかがですかー!」
アルバイト先の店先で声を張り上げた。
クリスマスケーキの売り子。それがわたしの短期のアルバイトだ。短期というか今日だけなのだけれど、一日でもそれなりのバイト代をもらえるのは有り難い。
「さぶ……」
ただ、このカッコだけはどうにかならないか。同じアルバイトの男の子は普通のサンタの格好なのに、わたしだけミニスカートで胸元が大きく開いたサンタコスだ。多分、顔だけで選ばれたんだと思う。バイト代も男の子より多かったが、それは性を売っているようで最初は少し戸惑った。
ホールケーキを買ってくれた家族連れの小さな女の子が、雪が降るといいのにねと笑った。雪を待っている彼女には悪いけど、雪に降られたらとても困る。
ショートケーキをひとつだけ買ってくれたサラリーマンのお兄さんは、そっと使い捨てカイロを手渡してくれた。クリスマスイブにアルバイトをしているわたしには、サンタさんからのプレゼントより嬉しかった。だけど、わたしが返せるのは営業スマイルだけで……。
お題:雪を待つ
No.13『ひとりぼっちのクリスマス』
散文 / 掌編小説
仕事からの帰り道、少し遠回りして電飾屋に寄った。自分の悪い癖が出て何時間か悩んでしまったが、足りない分はこれでなんとかなるだろう。
「ただいま」
その声に返事はない。玄関で靴を脱ぎ、揃えていたところで飼い猫のルルが擦り寄って来た。
「なんだ。起きてたのか」
頭を撫でてやろうとしたらかわされた。気まぐれだとの通説のままなルルは容赦ない。
「さてと」
部屋着に着替える前にリビングに向かい、昨日、届いた電飾を確認していく。どうやらこれで足りそうだ。ただ、自分ひとりで飾れるのかどうか、少しばかり不安が残るのだけれど。
君がいないクリスマス。いかに君に頼りっぱなしだったか痛感する。ひとり息子の聖夜は年末まで帰って来ないが、君がいないからといって、君が楽しみにしていた毎年恒例のハウスイルミネーションを絶やすわけにはいかない。
「さて。どうしたもんか」
何箱もの段ボール箱に詰められた電飾を庭に運び、わたしは思わず独りごちた。
お題:イルミネーション
No.12『朝起きたらペットが美女になっていたんだが』
散文 / ラノベ系調 / 掌編小説
どうしてこうなった。
「おい、ちょっと待て」「待たない」
間髪入れずそう言ったポチが俺の上に乗っかって来る。ってか、ポチは真っ白な毛並みの子犬だったはずなのに、朝起きたら絶世の美女の姿になっていた。
「あーたん、わたしとするの、いや?」
舌っ足らずのその言い方は、聞き覚えがある。一週間前に別れたばかりの俺の恋人の口癖だ。ちなみにあーたんとは俺のことね。そう言えば家でする時はポチの前でする時もあった。と言うかあれだ。R指定なあれで申し訳ない。
どうやら愛の注ぎ方を間違ってしまったらしく、ペットらしからぬ言動で迫り来るポチ。ってか、ポチってオスのはずなのに、なんでおっぱいついてんだ?
お題:愛を注いで
No.11『無題』
散文 / 掌編小説
心と体だってバラバラになるんだから、心と心が一緒になるなんて到底無理な話で。そんなよく分からない理由で俺はフラれた。13年間付き合ってきて、今日、プロポーズしようと思っていた恋人に。
ちょっと待て。心と体がバラバラだとか言っているけど、最近は体の相性だけは最高なんだけど、とかなんとか言ってたじゃん。俺より体の相性がいい男が現れる前に、急いでプロポーズしようと思っていたのに。
こんなこともあろうかと、彼女の裏アカを探し特定していた。最近になってチラホラ現れる男のにおわせツイートで、こんなにも心と心が一緒の相手は云々かんぬん言っている投稿を見つけて。
体が心に負けた瞬間だったが、その感情がいつまで持つのか疑問に思いながら、俺はSNSを閉じた。
お題:心と心