『Heart to Heart』
「ねえ、煌驥。久しぶりだね」
雪が降り、吐いた息が白く可視化されている今日。私はある人の元へ来ていた。
「お互い腹を割って話そう? 全部正直に、あの時のことを」
彼からの返答は無い。まあそれも仕方がないけど。
「あの時、酷いこと言ってごめん。煌驥は私の事を考えてくれたんだよね。本当にごめん」
言ってくれたら良いのに、という言葉は流石に言えなかった。自分の事を棚に上げすぎだし、彼はそう言う人だったから。
「助けてくれてありがとう。貴方のお陰で今の私が居る」
手に持っていた花を元々あった花瓶に差し、饅頭を置く。煌驥が大好きだったこしあんだ。
「あと、遅くなってごめん。これはお詫びとお礼だと思って受け取って。また来る」
私がもう少し早く気づけていたら、煌驥と正直に話す事が出来たのかな?
『永遠の花束』
私は自分の部屋の扉を開け、中へ入る。
枯れない生花なんてこの世には無い。現実に魔法なんて無いし時を戻す、止める、その他花を復活させられるような能力は無い。
机に向かって歩き、その上に置いてある一輪の花に軽く触れる。
彼から貰ったこの花も、いずれ枯れる。それが悲しくもあり、枯れたらまたプレゼントしてくれるかなというこの花に失礼な事も考えてしまう。ごめんね、エリザベス。
彼は花束を渡そうとしたが花屋に目的の花が一輪しか無く、どうしてもこの花から変えたくなかった彼はこの一輪だけ買ってきたらしい。
頑固、というか。そうと決めたら一途であるところが私も好きなので微笑ましい。
花が一輪でも、私と彼の想いだけで幾らでも変えられると思っている。
何を言っているんだと言うと思う。私も少しそう思ってるから。
この花にはきっと、花束よりももっと綺麗なものが詰まっているから。
他の人達、もしかしたら彼もかもしれないけど、この花は一輪しか無い。
でも私からすればこの花は枯れても心に残り続ける『永遠の花束』だから
『やさしくしないで』
「あれ、小夜? 今帰るところか? 一緒に帰ろうぜ」
昇降口に向かっている途中、ある人に校舎裏へ呼び出されていた煌驥と鉢合わせた。
何故か機嫌が良さそうだ。やはりあの学校一の美人と言われている侑嘉(ゆうか)さんに呼び出されたからなのかな? 高校生、校舎裏、女性が男性を呼び出す。ここまで揃っているのなら何があったかは想像に難く無い。そして相手が誰かを考えればその返事も容易に推測できる。
「今教室から鞄取ってくるからさ。ちょっと待っててくれない——」
「ごめんなさい。今日は1人で帰りたい気分なの」
彼の普段と変わらない笑顔が私の胸を強く刺す。いつもと変わらないはずの笑顔に逃げたくなってしまった。
「大丈夫か? 顔色が悪そうだ。家まで1人で行けるのか?」
「大丈夫だから。じゃあね」
私は向かう途中だった昇降口に行くため歩き出す。
「……そうか? なら仕方がないな。気をつけろよ」
それ以上は特に追求もせず、煌驥は私を見送る。多分私に気を遣ってくれたのだろう。
そこが煌驥の良いところであり、今の私には少しだけ悲しく思えた。胸の苦しみは更に加速してしまう。
この優しさはもう他の女の物になってしまうのだなと、目頭が熱くなる。
「……それと、一つだけ忠告しておく」
「ん?」
私は足を止め、振り向く。せめてこれくらいの悪戯は許して欲しい。
「彼女がいるのに私を誘うのはどうかと思うわよ?」
「え?」
煌驥の間抜けな返事を聞いて無意識に口角が上がる。私のアプローチを全てスルーした仕返しだ。我ながら性格が悪いなと心中で苦笑する。
踵を返し、今度こそ昇降口へ向かう。これからは距離を考えないと。今まで通りには行かな——
「彼女……? 昔からの付き合いならわかるだろう。俺にそんな相手は居ない」
「……え? でもさっきまで……」
「ああ、あれはライバルが増えただけだ」
「あ、え? ライバル?」
侑嘉さんに? 煌驥に? だとしたら誰がライバル?
混乱しすぎていて頭が回らない。話が全然読めない。
「小夜さん」
その時、近くの階段から件の侑嘉さんが降りてきた。
「チッ」
「あら、煌驥さん。こんにちは。今からここは花園となりますのでトリカブトはどこかに行ってくださらない?」
「……ご挨拶だな、侑嘉さん?」
この感じ……二人の空気……花園……ん?
次の瞬間、二人の視線が私へ向く。
「……私?」
『あなたへの贈り物』
春の暖かい風が肌を撫でる昼の11時頃。空港は飛行機や人の話し声、足音などで騒がしくしており、私も喧騒の中に混ざる。
そしてエスカレーターを使い2階へ行き、辺りを見渡す。そして1人の少年を見つけ、私は彼に近づき、声をかけた。
「煌驥」
その少年は話しかけられた事にびっくりしたのか、肩を跳ねさせ、こちらへ振り向く。
「あ、小夜! 来てくれたんだな! ありがとう!」
いつもと変わらぬ優しく明るい笑顔に、私の口角も無意識に上がる。
「大丈夫だよ。だって幼馴染でしょ。これくらいの時間は取るよ」
「……そっか。やっぱり小夜は優しいな!」
一瞬だけ煌驥の顔が曇った気がしたけど……気のせいかな?
その後、煌驥と他愛の無い雑談をする。煌驥が好きなゲームの話や私の好きな花についての話。そして美味しかったスイーツ店の話など。
何分、何十分経ったのだろうか。煌驥が腕に付けている時計を見た。そして、名残惜しそうに私に笑顔を向ける。
「もうそろそろ行かなきゃ」
「……そっか。うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」
「おう!」
煌驥は笑みを浮かべながら私に手を振り、歩き出す。
私は心に渦巻いている感情を押し殺し、笑顔を貼り付けて煌驥を見送る。
悲しい。行かないで。そんな言葉を言ってはいけない。だって、それを言ったら煌驥を困らせてしまう。それは嫌だ。煌驥には、私が好きな人には、ずっと笑っていて欲しいから——
「あ、そうだ。忘れてた」
「え?」
煌驥が私に近づき、「ごめん。少し髪を触るけど許してくれ」と断りを入れる。私が頷くと、彼は私の髪の隙間に何かを優しく差し込んだ。
「それだけ。じゃあ、また」
私はその何かを触り、抜き取る。
「かん……ざし?」
私の右手が握っていたのは赤いアネモネが美しい簪だった。
簪を見たまま放心していると、スマホが振動した。連絡アプリの通知だと思い電源をつける。
『必ず帰ってくるから』
「!」
顔が急速に熱くなっていくのがわかる。恥ずかしさで蹲りたくなる。
『うん、待ってる』
赤いのは、アネモネだけでは無いみたい。
『1件のLINE』
先日、クラスメイトにして俺の好きな人である小夜さんのLINEを交換できた。
だが、この後にどうすればわからない。こっちからよろしくって言うか? いや、キモがられるんじゃ無いか? なら相手から? ……どうすれば……。
部屋で一人うんうんと唸っていると不意にスマホが震えた。俺は反射的にスマホを手に取る。
小夜「煌驥君とLINE出来るなんて嬉しい! これからよろしくね!」
天にも昇る気分だった。まさかあの小夜さんからそんな事を言ってもらえるなんて……!
「こちらこそよろしくお願いします!」
ああ、最高の一日だ! よし、今日はこの良い気分のまま寝よう!
そして俺は充電器をスマホに挿し、夢の世界へ旅立つのだった。
※※
「うふふ」
思わず笑いが溢れてしまった。
まさか煌驥君が私とLINEを交換したいなんて言ってくれるなんて……今日も記念日にしておこうかな。
私は既に彼との記念日で埋まったカレンダーに更に書き足す。
「絶対に、逃さないからね……貴方は私の物、なんだから」