『この道の先に』
ある日突然、小夜が交通事故で目を覚まさなくなった。
病院のベッドで目を瞑り、起きる気配が微塵もしない小夜を見下ろす。
小夜を轢いた犯人はその後死亡が確認されている。
小夜が目を覚ますには手術が必要らしい。だがその手術には莫大なお金がかかる。普通の人間《おれ》なら絶対に払えないくらいのお金が。
「小夜……」
まるで植物のように動かず、眠っている小夜へ声をかける。
その時、スマホが鳴った。通知だ。開いてみると組織からだった。
「……行ってくる」
踵を返し、扉の方へ歩き出す。返事は無い。あるのは悲しいほどの静寂と、呼吸音だけ。
さあ、任務を遂行しよう。どんなに偉いやつでも、聖人でも、俺はやり遂げる。あの時、小夜を轢いた犯人と偶然会った日から、俺はもう戻れない。
この後小夜の隣を歩けなくなったとしても、俺は止まらない。この道の先に、小夜の笑顔があるなら。
『入道雲』
夏になり、気温は高く、反対にテンションは低くなる。
あと3週間もすれば大体の学校は夏休みに入るだろう。期待に胸を躍らせ今日も学校への道を歩く。
天気は晴れ。前方を見てみると積乱雲が出来ていた。こうしてみると、夏に近づいているのがわかる。
さあ、夏休みまで後少し。頑張ろう!
『夏』
最近暑くなって来た。春と言うには少し遅いと言えるだろう。
これくらいの時期に私は昔隣の家だった仲の良い同い年の男の子に会う事が通例となっている。
日差しは燦々と照り付け、コンクリートに熱を伝える。少し触ると思わず手を離してしまうほどに熱い。
私は家でインターホンが鳴るのを待つ。カーテンから外を覗けば近所の人達が半袖や帽子などの暑さ対策をしているのが見える。
「もうこんな時期なんだなぁ」
しみじみと呟く。時の流れとは思ったよりも早い物だと思う。そう思ってしまうのは年を取ったからなのか、それとも別の原因があるのか。
その時、ピンポーンとこの家のインターホンが鳴った。私はやっと来たかと胸を弾ませて玄関へ。
「やっと来た。久しぶりだね、——」
夏が来たな、と。そう思う今日この頃。みなさんも熱中症にはお気をつけて。
「ここではないどこか」
空は灰色で染められ、大量の雨が降り、辺りを濡らす。
ずっと雨に打たれていたからか、服はかなり濡れ、肌に気持ち悪く張り付く。……まあ、もうそんな事どうでも良いが。
ここはセンターと呼ばれる色々な種族が暮らしている街。獣人、妖精、人間などなど多種多様だ。
一見すれば街は平和。通行人達は笑顔で談笑し、子供達が走り回るのを困ったような、されど嬉しいような顔で見ている母親達。
だけど、この街には裏がある。ここの人達や他の場所から来た者を誘拐、監禁し高値で売り飛ばす。殺人や窃盗などは当たり前。そしてバレれば拷問をしても、たとえ殺したとしても誰も不思議そうな顔をしない。
「いつから、変わっちまったんだよ……」
思わず、そんな言葉が口から出る。昔はこんな所じゃなかった。もっと優しく、美しく、活気溢れる所だった。
でも、理解してしまったんだ。あの日、あの事件があってから。現実を知ってしまってから。
だから、もう終わらせよう。疲れたんだ。逃げて、食って、食われて、また走って。恐怖に怯える生活に。
「じゃあな。俺の愛していた街——」
俺はかなりの高さがある家の屋上から飛び降りようとする。でも——
「ねえ」
「ッ?!」
気配が無かった後方から声がし、俺は振り返る。するとそこには白髪の美少女が居た。
「私と一緒に来ない? 貴方はここで死んで良い存在じゃ無い」
その少女が真顔で右手を差し出す。何を言っているのかがわからない。突然の出来事に脳の処理が追いつかない。
「どこに、行くんだ?」
「う〜ん……取り敢えず遠い場所」
少女は右手を顎に当て、これまた真顔で答える。抽象的過ぎる。かなりあやしい……のはわかっているんだが……。
「……その手を握れば……お前は地獄《ここ》から俺を連れ出してくれるのか……?」
「うん」
少女は即答する。そして、今度は笑顔でまた俺に手を差し出す。
「私と一緒に来て?ここではないどこかに、一緒に行こ?」
『君と最後に会った日』
「お〜い。小夜〜?」
隣を歩いている小夜へ声をかける。だが、反応は無い。よく見ると小夜はイヤホンを付けていた。多分音楽を聴いているんだろう。
「流石に無視は酷く無いか〜? 俺達結構仲良かっただろ〜?」
やはり、反応は無い。小夜は俺の事が眼中に無いように、前を向いて歩いている。前は結構優しかったんだけどな〜。まあ、今みたいに冷たい時もあったけど。
多分、学校へ向かっているんだろう。俺はそんな小夜へ付いていく。そのまま突き当たりを左へと曲がり、更に坂を登る。……これは、学校への道じゃ無い。
着いた先は、ある神社だった。小夜はイヤホンを付けながら賽銭箱へお金を入れ、ニ礼ニ拍。
「おいおい、まさかだがあんなでまかせを信じてるのか? ある音楽を聴きながらこの神社でお参りすると願いが叶うって言う——」
「私は、信じてるから」
俺の言葉を遮り、小夜は呟く。それは独り言じゃ無いようで、独り言であった。
「貴方が帰ってくるなんて思ってない。でも——こんな風に何かに縋ってなきゃ、壊れちゃいそうだから……」
……ああ、泣かないでくれ。俺はお前のそんな顔を見たくて助けたんじゃ無い。お前には笑っていて欲しいんだ。
「あの日、貴方と最後に会った日にね。私、告白するつもりだったんだよ……? ずっと一緒に居てくれた貴方に、これからも隣で居てくださいって」
「……小夜」
「今、居るんでしょ? 位置とかはわからないけど、何故か、わかるの。だから、今言うね。これで、もう終わり」
そして小夜は、世界一悲し気で、そして笑顔で、その愛した人に終わりを告げるように、言った。
「愛してるよ、煌驥。ずっと、ずっと幼馴染の貴方が、好きでした!」
俺もだよ、小夜。お前と最期に会った日に、告白しようとしていたんだ。でも、お前が終わらせるなら、俺もケリを付けるとしよう。
「俺もだよ、小夜……ずっと、ずっと愛してる」