KINO

Open App
4/11/2025, 2:29:26 PM

『君と僕』

 君と僕はどうしてこんなにも違うのだろう。

 君は優しくて、綺麗で、勉強も運動も裁縫とかだってなんでも出来る。みんなには学校のマドンナとか言われているような人。

 僕は優しく無いし、特別イケメンという訳でも無い。勉強、運動は平均で、何をしても普通で。陰キャな僕はいつも教室の隅に居る。

 才能? 遺伝? 努力? 人間というのはどうしてこんなにも違うのかな?

 不条理だ、理不尽だって嘆いても誰にも響かない。どうせ僕の独り言だから。

 学校のマドンナであり高嶺の花にないものねだりをする僕は、きっと世界一身の程知らずで愚かな人間なのだろう。

 ……な、はずなのに——

「煌驥君……今日も一緒に帰らない……?」

 遠慮がちに僕へ話しかける人の名前は春夏冬小夜。何をしても結果を出して、クラスで常に中心にいる学校のマドンナ。

「いや! その! 用事があるとかなら断ってくれても良いから!」

 頬を紅く染め、慌てている君はとても可愛い。

 放課後の窓が通す橙色の光は、綺麗な彼女を更に魅力的にする。彼女の美しい髪を揺らす強い風に攫われ、爽やかながらも良い匂いが鼻へ流れていく。

 君に見惚れて固まっていると、彼女は鞄を持って立ち去りそうになっていた。

「ご、ごめんね! 私先に帰るから——」

「……いや、特に用事は無いよ……だから、小夜さんさえ良ければ……」

 急いでいるはずなのに小さい声で、しかも大切なことは言えない返答しか出来なかった自分に嫌気が差す。こんな自分が嫌いだ。変わりたいと思っているのに変われない自分がもっと嫌いだ。

「……! うん、なら良かった……! じゃあ一緒に帰ろう!」

 こんなにも情けない僕に君は太陽のような明るい笑顔を向けてくれる。その瞳に、笑顔に、温かい心に、何度救われてきたのだろうか。

 だからこそ一緒にいては駄目なんだ。このままじゃ僕がその光に魅入られてしまうから。

「……でも」

「うん? どうしたの、煌驥君?」

「……僕と居たら小夜さんが馬鹿にされてしまうよ……噂にでもなったら……」

 無意識に視線は下を向き、手には力が入る。僕は君の隣にいては駄目だと心の中で言い聞かせ、割り切る。

 先程より冷たくなった僕の手を何かが優しく包んだ。

「大丈夫。私が煌驥君と帰りたいだけだから気にしないで」

 また君が微笑む。僕と噂されて良いことなんてないはずなのに、どうして笑えるのだろう。

「ふふ、煌驥君はやっぱり優しいね」

「え?」

 言葉の意味がわからず、僕が首を傾げる。

「……僕は優しくないよ」

「ううん。優しいよ。さっきも私のこと気遣ってくれたし。この前は迷子になってた子供に話しかけてたり、困ってたお婆さんの荷物を持ってあげてたりしたよね」

「それは、普通のことだから」

「それを普通って言えることが凄いんだよ。話すことが苦手なのに、困っている人がいたら迷わずに手を差し伸べる事が出来る」

 君は窓の方へ歩き、窓から少し乗り出して校庭を覗く。数秒経った後乗り出した体を元に戻し、僕の方に向き直っていたずらめいた表情で口を開いた。

「……そんな君だから、私は——」

 不意に開いていた窓から風が入り、彼女の言葉を掻き消す。

「……ごめん。最後の方が聞こえなかった。もう一回言って貰えると助かるんだけど……」

 僕の言葉に返答はなく、目の前に立つ君は僕から顔を背けてしまった。心なしか耳が赤い気がする。

「ど、どうしたの……?」

 体調不良ならすぐに帰らなければならない。小夜さんが学校を休んだら色々な人が悲しんでしまうだろうし。

「な、なんでもない……!」

 僕に見せないように顔を背けながら君はこちらへ歩いてくる。

「ほら、早く帰ろう!」

「あの、ちょっ……手が……」

 突然手を握られ、顔が熱くなる。だがそんなのお構いなしというように僕の手を握ったまま廊下を走っていく。

 流石と言うべきかとても足が速く、僕の方がすぐに息切れしてしまう。

「あの……! 少しだけ、スピードを緩めて貰えると嬉しい、です……!」

 運動不足のインドア男子高校生による必死な呼びかけが功を奏したのか、君は止まってくれた。

「ご、ごめんね……僕あまり走るの得意じゃなくて……本当にごめん……」

「……私もごめんね。急に走っちゃって」

 気にしないで、となんとか言葉を出しながら息を整える。

「ねえ、煌驥君」

「ど、どうしたの?」

 振り向き、僕と目を合わせた君は天女のような笑顔を浮かべ、他でもない僕に言う。

「煌驥君は良い人だよ! 私が保証するから、自信持ってね!」

「……なんか、いきなりだね」

「ごめんね。でも言いたくなっちゃって」

「……あはは」

 君と僕は何もかもが違う。

 でも、君には君の、僕には僕の良いところがあるのだと、そう言ってくれているのかなと勝手に思うのだった。
 
「ありがとう、小夜さん。僕を観てくれて」

4/10/2025, 2:22:24 PM

『夢へ!』

 早春の候、という言葉を皆様はご存知だろうか。

 読み方はそうしゅんのこう……らしい。明確な時期は定められてはいないけど、主に二月上旬の立春から三月中旬まで使用する……らしい。

「早春の候の最後の漢字とか絶対読み方『そうろう』でしょ」

「お前は今を何時代だと思っているんだ?」

 私の意見を幼馴染の煌驥に言ったら馬鹿にされました。解せぬ。

 みんな手紙の最初の候をそうろうって読むでしょ? え、読まない? なら貴方は日本人ではありません。

「お前以外の全て日本人に謝れ。お前が間違えてんだよ」

「私は! 間違えていない!」

「どこから来るんだその自信は」

「この天才小夜ちゃんの優秀な脳からだよハート」

「自分でハートって言うなよ。それに手紙の書き方小テスト赤点の小夜さんがそれを言う資格はない」

「ぐっ……」

 確かに私はテストで赤点を取ったけど……というか赤点というなら前に数学と英語も取ったけど……!

「テストの結果だけで判断する君のような馬鹿な人間にはなりたくないね!」

「お前の今日の夕食もやし二本と煮干しな」

「この度は貴方様に失礼な事を言ってしまい、大変申し訳御座いませんでした。靴舐めでもなんでもするので今日の夕食は私の大好物にしろ」

「最後図々しいし人間としてのプライドは無いのか」

「無いです」

「即答か」

 はぁ、とため息を吐きながら「しょうがないな」と呟いている男の名は清廉煌驥。

 そんな軽口(私が謝罪しなければ本当に夕食が終わっていた)を叩き合えるくらいには仲の良い、そしてなんやかんやで優しい自慢の幼馴染だ。勉強や運動、料理だって出来るんだぞ。

 ちなみに普段は煌驥に勉強を教えて貰えるお陰で赤点は取っていない。小テストや数学達は煌驥の体調不良で教えてもらえなかったからだ。私は悪くない。……ごめんなさい。

「おい小夜。もうそろそろ確認しに行った方が良いんじゃないか?」

「……あれ、もうそんな時間?」

 私はリビングのソファから立ち、自室へと向かう。

「え〜と、私のプログラムちゃんは大丈夫かな〜」

 多分読者の皆様から見た私の印象はプライドが無いテスト赤点のカスだと思われているだろう。……泣きたくなってきた……

 まあそれはともかく! 実は私には秘密があるのです。これを知っているのは煌驥、あと私と煌驥の両親くらい。

 私は数年前に起業した。今では結構大きな会社になっていると思う。興味ないから今どれくらいかわからないけど。

 さっき私がゆっくりしていたのはもう仕事を終わらせていたから。ウイルスなどの不安要素は自動的に排除するプログラムを作ったし、社長だけど仕事量もそんなに多くないから楽なものだ。

 お金も一応稼いでいるし、現在の生活面での不安要素は無い。

 けど、私には絶対に叶えたい夢がある。それも出来るだけ早く叶えたい夢が。

 清廉煌驥。小さい頃からずっと一緒にいた、私の大切な人。

 煌驥と私はまだ幼馴染。そう、幼馴染なのだ。私が一人暮らしするのに家事が出来ないと心配した双方の両親が煌驥との同棲を提案した。……いや、してくれたのに。

 私は未だに踏み出せない。チキン? 臆病者? なんとでも言え。あいつは感情の起伏が薄かったり表情に出なかったりで好かれている自信が無いんだもん。貴方達にはわからないだろうよ!

 将来は私がお金を稼ぎ、家で煌驥とゆっくり過ごすという未来を望んでいるが、今の私では駄目だ。と言うか煌驥と居れるならもうなんでもいい。会社立ち上げたのも煌驥と暮らしながら手っ取り早くお金稼ぐ方法がこれだったからだし。

「打倒煌驥! 私は突き進むぞ! 夢へ!」

「俺を殺す気か?」

「私はチキンじゃない!」

「お前は人間だろう」

※※

「毎度、お前には世話を焼かされる」

「えへ」

「えへちゃうわ」

 掃除、洗濯、料理などなど、人が生活していく上で必要な事が何も出来ない幼馴染の小夜。

 そんな彼女を支える為、俺、清廉煌驥は昔から両親に色々なことを教わってきた。

 小夜は中学の時に飛び級をし、その後少し経ってから起業した。

 それなりに業績も安定し、最近はなんか凄いプログラムを作って「自由の女神とは私のことよ!」とか意味のわからないことを言っていた。

 毎日他の社員数人分のタスクをこなす(前に小夜と買い物していた時に会った社員さんにこっそり聞いた)小夜に俺が出来るのは家事などで請け負い、支えることだけ。

 いつか小夜に認められるような人間になり、告白するのが今の俺の夢だ。

 一応就活はするがそこら辺は小夜と相談をするつもりだ。……まあ、まだその土俵にも立てていない訳だが。

 小夜のように、俺も夢を叶える為に頑張るとしよう。
 
 

4/8/2025, 5:06:31 PM

『遠い約束』

 住んでいる部屋の鍵を閉め、大学へ行く為に歩を進める。小さいアパートだが何年も住んでいると愛着が湧いてくるのが人間というものだ。

 今日は一限なので朝早く家を出た。辺りに音は無く、曇天である事も加えてか少し気分が沈む。

 今は大学3年生。世間的には大手と呼ばれる会社への内定が決まった。嬉しいと思うと同時にまだ自分はこの程度なのかと思ってしまう。

 俺には幼馴染の女の子がいる。名前は春夏冬小夜といい、小、中、高校とクラスまで全部同じで、家族と同じくらい隣にいた子。

 大学が別れたのは喧嘩などではなく、彼女が上京したからだ。

 偶然地元に来ていた事務所の人が小夜をスカウトし、元々芸能界を目指していた彼女は上京を決意。結果、俺と離れたという訳だ。

 今、この世界で春夏冬小夜を知らない人間はいないだろう。女優を目指して一年未満で映画やドラマの主役に抜擢。完璧に役を演じきり、その後も芸能界の最前線を堂々と歩いている。賞もいくつか取っているし、その名は日本だけでなく世界にまで響いている。

 昔交わした約束も、今の小夜は覚えていないのだろう。芸能界はイケメンな人も多いだろうしな。

「まだまだだな、俺も」

「こんな朝早くからひとりごとかしら? 愉快ね」

「……は?」

 聞こえるはずのない、現実よりテレビで聞くことの方が多くなってしまった声。今は、聞きたくなかった人の。

 俺はゆっくり後ろを振り向くと、一人の女性が目に入った。

 美しく綺麗に伸びた黒髪に威圧されているかのような鋭い切れ目。そして凛とした態度は自分への大きな自信が垣間見える。数段大人びた顔立ち、そして雰囲気。だがその中にはどこか懐かしさを感じた。

「久しぶり、煌驥。二、三年振りね」

「……ああ、そうだな。久しぶり」

 何故彼女がここに居る? 小夜はただの学生じゃない。誰もが知っている名女優だ。もう仕事をバックれたしか可能性が——

「ぶっ殺すわよ」

「マジですんませんでした許してくださいてかなんで心読めてるんですかおかしいでしょ化け物ですか?」

「あ゛?」

「なんでもしますので許してください! 命だけは、命だけはご勘弁を! 土下座します! 靴舐めます!」

 小夜は何も言わず、じっとこちらを見つめる。

「……なんでも?」

「え……あ、はい。まあ……なんでもです」

 彼女は少し考える素振りを見せ、覚悟が決まった様子で口を開いた。

「なら、私と結婚して」

「……はい?」

 何を言っているんだ、この女は。結婚? 誰と誰が?

「……急に何を言って」

「なんでもって言ったじゃない。だから命令してるだけよ。私と結婚しなさい、煌驥」

 衝撃的過ぎて頭が働いていない。小夜は世界的名女優だぞ? 俺よりもスペックのある男には幾らでも会うだろうし会えるだろう。なのになんで俺を——

「約束があるの」

「ッ!」

「遠い、遠い約束が、ね。今日無理矢理時間作ってここに来たのもその約束を使って煌驥の隣を予約する為。覚えてないとは言わせない。煌驥なら覚えてるんでしょ?」

「なんの……事かな。俺にはわからな——」

「言わせないって言ってるでしょ。あんたのことならなんでもわかるから」

 怒気を孕んだ瞳が俺を射抜く。言い逃れは出来そうにない。……いや、元々小夜を相手に出来るなんて思っていなかった。

 俺が誤魔化そうとした理由は——

「もう少し、待ってほしい」

「……理由は?」

 声を絞り出す。手に汗をかいてしまう。だが覚悟を決める。小夜が本気であると伝わってしまったから。

「今の俺じゃ釣り合わない。俺には力も地位も全てが足りない」

「私は——」

「気にしないだろうな。知ってるよ。俺だってお前を見てきたんだから」

「…………」

「ごめん。でも俺が嫌なんだ。一番近くにいた幼馴染が頑張っているのに、俺が何もしないなんて」

 頭を下げ、出来るだけ誠意を伝える。大学なんて知らん。今は目の前にいる幼馴染の方が大切だ。

「約束は覚えているよ、勿論。そして絶対に果たしてみせる。だから待っててくれないか。今度は必ず俺が迎えに行く」

 これは決意であり新たな約束。何もない俺から、一番大切な幼馴染に向けての。

「すぐには無理だろうな。かなり待たせてしまうかもしれない。その間にお前が別のやつを好きになるかもしれない」

 己を縛り付ける為に彼女の瞳を見る。ずっと逃げてきた自分が前を向くように。

 小夜は呆れたように肩をくすめる。申し訳無い気持ちになるが、俺はそんなことを言える立場でもないので口をつぐんだ。

「また、遠い約束?」

「そう、なるかも。ごめん」

「ずっと待つわ」

 小夜が笑う。その笑みは諦観ではなく、底知れぬ想いが表れているようにみえた。

「一年でも十年でも、煌驥が死んでも私が死んでも、ずっと待つ」

「……随分と重いんだな、小夜は」

「最初に謝っておくわ。けれど、私はその人が一番幸せになれると思った道を選ぶべきだと思う。理想の形になれなかったとしてもね。私の場合はそれが貴方との結婚だっただけ」

「なら今よりもっと頑張らないとな」

「ええ、頑張って」

 本当に何年かかるかわからない。まだ大学は卒業していないし、したとしてもその会社で何年働けば良いかも定まっていない。

「大丈夫よ。遠い約束でも、貴方がそれを守ってくれるのなら。まあ、絶対に逃さないけれどね」

4/7/2025, 3:58:27 PM

『フラワー』

 私、春夏冬小夜が所属しているこの国には身体能力が常人離れした者が存在する。魔法という訳でも能力という訳でもない。

 そいつらの正体はある非公認組織『レベル』で造られた人工的な天才。その力は政治、国の守護など多種多様なことに使われている。

 そして最近、この町では事件が多発している。

 殺人、強盗、スリ、誘拐その他諸々。種類は様々だ。そして犯人が特定出来ないものが多い。『レベル』で造られたヤツらが関わっていると私達は見ている。

 犯人は同一人物では無い、と言うだけが今わかっていた。その根拠は単純であり、殺人事件の時だけ被害者に花が刺されているからだ。

 被害者は裏で悪どいことをしていたり、闇カジノでイカサマをし金を奪い、払えないとなれば奴隷として扱うなどの善人とは言えない人が選ばれて殺害されている。

 そのニュースが出るにつれて犯人を支持し、それを止めようとする警察や隊長、風向太一《かざむきたいち》を主とした『レベル』を悪とする空気が流れ始めていた。

 だからこそ私達は止めなければならない。抑止力でいなければならないから。

 ちなみにその殺人犯の名前を仮に付けた。由来は単純明快だ。その名は——

『……聞こえるか?』

 その時、右耳につけていたイヤホンから声がした。レベルの主、風向太一隊長だ。

 私は思考を中断して返答をする。

「はい、問題ありません」

『よし。もう少しでヤツが来る。近隣の建物の屋上では被害者候補と組織の奴らがいる。お前も準備しろ』

「承知しました」

 現在午前四時三十分。私達の予測が正しければ四時四十四分にあいつは姿を現すはず。

 刻一刻と時間は過ぎてゆく。私は息を潜めてその時を待つ。

 そして、現在時刻は午前四時四十四分となった。上から物音は無い。下もなんら変わりはない。

 私は不思議に思い、物陰から少し身を出す。予測とは言ったが根拠が集まった時の『レベル』の予測は最早予知とも言える。それに隊長からの連絡もない。

 私は気配が無いのを確認して歩を進めると、目の前に何かが降ってきた。なんだ……?液体っぽい何か——

「ッ!」

 瞬間、私は上を向く。そして私の頭上に降ってきた何かを前転して躱し、ソレを見る。

 組織の人間だ。あまり話したことはないが一度見たものは忘れないように教育されている為間違いない。

 先程降ってきた血もこいつのだろう。そして殺られているのなら——

「犯人はもう来ていた」

 私は足に力を込め、飛び上がる。隣にある5階ほどある建物の屋上に着地すると、そこには凄惨な現場が広がっていた。

 ちぎられた手足や切断された頭部などがそこかしこに落ちていて、血は意図的に塗ったのかと思うほどに辺りを流れている。

 そして何よりも、殺された人達の心臓には花が刺されていた。赤、青、黄、緑、黒、一目見ても普通じゃないことが伝わる彼岸花だ。

 花が刺されている人達の更に奥、そこに彼女はいた。

 月の光で強調されているように光る白い長髪。前髪に赤いピンが付けられており、身長は低く百四十前半といったところだろう。赤いワンピースを着ていて、何よりもその琥珀色が溶けた綺麗な瞳に私は呼吸を止めた。

「あな、たは?」

 なんとか目の前の少女に向かって声を絞り出す。

 彼女は何も返答はせず、近づいてくる。体を無理矢理動かして警戒体制を取る。

 その少女は私の目の前で止まり、こちらを覗き込んできた。

「き麗……だね。とても可わいい。わたし、あなたのこと好き……」

「…………はえ?」

 鼓膜に届いた言葉の意味を理解出来ず、そんな情けない声が出る。

「わたしのな前は……ない。なんか、ふらわーって、呼ばれてるらしいけど」

 Flower《フラワー》。それは殺人事件を起こす犯人が被害者に花を刺していなくなるため警察がつけた仮の名前だ。

 Flowerは私の髪を撫で、口を開く。

「あなた、好き。かみもサラさらだし。わたしについて来て。となりに居てほしい」

 手を引っ張られる。だが、私はそれに抵抗ができなかった。

 力が入らなかった訳じゃない。振り解こうともしなかった。……いや、出来なかったんだ。

 先程見た彼女の、敵であり犯罪者の瞳に、私は魅入ってしまったらしい。

4/5/2025, 3:55:09 AM

『桜』

「桜ってさ、儚いよね。ゴキブリみたいに」

「考えうる限りさいっていの例だな」

 仕事帰り、茜がさす夕日の時刻。俺、清廉煌驥は仕事の同僚兼恋人である春夏冬小夜と帰っていた。

 少し前に咲いた桜はまだ世界を桃色に彩り、道路や家の庭などに花弁を落としている。

「儚いじゃん、ゴキブリ。素手で潰せば一発だし」

「化け物か? 素手でいくな素手で。汚いだろ」

 毎度のことながら俺の恋人は逞しい。この前も暇だし心霊スポットに行ってくる〜とか言ってここら辺で一番やばいと言われているトンネルの中でメントスコーラを両手によさこいを踊った動画が送られてきた。それも一時間くらいあるやつ。頭おかしいんじゃねぇの?

 頭がおかしい俺の恋人は近くに落ちていた桜の花弁を拾う。

「自分の彼女を頭がおかしいだなんて。失礼だな、純愛だよ」

「これのどこが純愛なんだよ。ゴキブリ潰して桜と同じだとか言って一時間くらいあるよさこいの動画送ることが愛なのか?」

「うん」

「捻じ曲がりすぎだろ」

 一応ずっと一緒にいるつもりだが……なんか不安になってきた。大丈夫かな、未来の俺。今のうちに遺書を書いておいた方が良いかも。

「だって見てよ、この花弁。この後にあるのは踏み潰されるか、ただ風に身を任せて死ぬだけ。ゴキブリは私に殺されるだけ。儚いでしょ?」

「もしかして全世界のアイツを殺ろうとしてる?」

 というかゴキブリゴキブリ言うのやめろ。読者が逃げていくだろうが。

 俺は右を向いて小夜に注意する。一応こんなでも俺の恋人だし。最近ちょっと怖くなってきたけど。

「お前なぁ……気をつけろよ? アイツは何をするかわからないんだからな?」

「私そっちに居ないよ。反対側」

「…………」

 …………やべぇ。

「ごめん。なんか目の前が歪んできた。ニコチン摂ってきていい?」

「どーぞー」

 俺は少し離れて人が居ない大きな桜の木の下で煙草を吸う。

 桜を見ると小夜との出会いを思い出すのが俺の恒例だ。煙草を吸いながら、というのも毎年だったりする。

「綺麗だなぁ……」

 きっと今咲いている桜もすぐに落ちるのだろう。それまでしっかり目に焼き付けていこうと決める。

 だって、桜は小夜との思い出の花だから。

※※

 今、私の恋人が私を放ってニコチンの妖精ちゃんとお話ししています。

 私は社会に出た時に大きくイメチェンしたからわからないかもしれないが、大学時代にも彼と会っている。というか同じ大学だ。煌驥には言ってないけどね。

 その時も煙草を吸っていた。ただ一人、今日と同じ桜の木の下で。

 春風に吹かれ桜と共に彼の黒い短髪が靡き、日の光に照らされる彼の横顔に私は心を奪われた。俗にいう一目惚れ、と言っても差し支えは無いかもしれない。

 私は吸わないけど煙草の匂いが好きだ。街中で歩いている時にその匂いを嗅ぐと彼を思い出す。

 咳き込みそうなほどに苦しくて、吸ったことのない私の肺を刺激する鋭く、そして甘い香り。

 でも、煙草はやめて欲しい。折角同じ年齢で生まれたのに先に逝かれたら泣くだろうから。

「まあ、一年で一度も桜が咲かなくなるまで無理なのだろうけどね」

 煌驥が言うに彼にとって桜は大切なものらしいから。

 もうやめさせる気はない。あの匂いは、彼が彼であると思い知らせてくれる。周りから変人と言われて、距離を置かれてきた私の隣を一緒に歩いてくれる彼を。

 走り出す。愛しい恋人の元へ。

「え、いやちょ! まだこれ吸えるんだけど?! 手を引っ張るなって! 本当にお前はマイペースだな!」

 桜が舞い散る道を二人で走る。後ろを向くと、彼は文句を言いながらも笑っていた。

 

 
 

 
 

 

 

 
 
 

Next