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5/22/2025, 9:15:17 AM

『sunrise』

「そこを退いてください、お前。まずは男から確実に殺します」

 拳銃を気絶している男に向け、冷徹に言い放つ少女。

 ある町の郊外にある廃工場。近くには海があり、日の出が見える場所なのだが、まだその時間では無い。

 今日、俺達は犯罪者限定の暗殺組織であるsunriseの任務で総理大臣である男と、その妻である女を殺しに来ていた。

「い、嫌よ! 彼を殺さないで!」

 暗殺対象の1人である女は目尻に涙を浮かべ、そう少女に懇願する。多分小夜が怖くて俺は視界にも入っていないのだろう。

 女の懇願を聞いた小夜ははぁ、とため息を吐き、呆れた目を向けながら静かに口を開いた。

「対象はお前達2人です。いずれそいつと一緒の場所に行くので気にしないで退いてください」

「駄目よ! せめて彼だけでも——」

「あ゛?」

「ひっ……!」

 唐突に女達へ向けられた膨大な殺気。高校生である少女から出せるわけがないほどの圧。これがsunriseの最強、春夏冬小夜の強さを示す証だ。

「さっきから騒々しいですね。ゴミが喚き立てると耳障りなんですよ。誰が命乞いをして良いと言ったのですか?」

「……ッ! あ、あんた達だって人殺しじゃない! ゴミなのはあんたらもでしょ?! あんたも、そこの男もどうせ——!」

 バン! と拳銃が弾を放った音が響く。数秒後、女の悲鳴が耳を劈いた。足を撃たれたのだろう。

「私をなんと言おうとどうだって良いですが、煌驥を悪く言われるのは不愉快です。黙って地獄に——」

「小夜」

 そこで俺は小夜の手に自分の手を置く。小夜は少し体を揺らし、こちらを不満そうな目で見てきた。

「なんですか、煌驥。邪魔しないでください。今からこのゴミどもに——」

 手を離し、小夜の頭を優しく撫でる。毎日ちゃんと手入れがされているサラサラの黒髪を。

 小夜は「邪魔です」と言いながら俺の手を払い除けようとするが、結局それも諦めたらしくされるがままになっていた。

 俺が手を離すと、小夜は不満げに女へ向き直った後にしゃがみ、目線を合わせる。

「……本意ではありませんが、わかりました。聞き分けの良い私に感謝してください」

「ああ。ありがとうな」

 小夜は女の子銃弾で貫かれた右足の傷を手当てし、落ち着くまで待った。

「……な、何が目的?」

 震える声での問いかけに、小夜は不満そうな顔で言葉を返す。

「遺言を聞いてあげます。貴女とそこの男は必ず死にますが、家族でも、そこの男にでも、誰にでも届けてあげます。だから早く言ってください」

 女は信じられないとでも言うように目を見開く。そして数分考える素振りを見せ、笑みを見せた。その笑顔は嬉しさや悲しさなどではなく、諦観が含まれているような気がした。

「ありがとう」

 小夜はチッ、と舌打ちをして不機嫌なのを隠さずに告げる。

「誰宛かを言ってください。でないと届けられません。そんなこともわからないのですか?」

「もう届いてるよ」

「?」

 小夜が首を傾げる。俺も意味がわからず思考を巡らせようとした時、女は小夜に人差し指を向けた。

「貴女と、そこの……煌驥君、だっけ。君に」

 今度は小夜が目を見開いた。だがすぐにいつもの調子を取り戻し、質問を投げかける。

「お前に感謝される謂れはありません」

「怪我の手当をしてくれたこと。私の遺言を聞いてくれたこと。そして——私達を裁いてくれること」

 その時の女性の哀しそうな笑みと言葉は小夜が言葉を紡げないほどに深く伝わった。俺も正直びっくりだ。今までこんな人間は居なかったと思う。

「正直もう疲れてたの。私達は静かに暮らせれば良かったのに突然家に押しかけてきて、この人を知らない国の総理大臣にするとか言って。犯罪にまで手を染めさせて、散々こき使った後はすぐに捨てる」

 俺達が言えたことでは無いかもしれないが、中々に酷い話だ。多分総理大臣という立場を使い、利用するつもりだったのだろう。事前に調べていた結果からすると知名度も中々あったみたいだし、人からの信頼もあった。色々と条件に合ってそうだ。

「死にたくないと思っていたけれど、死ねばあいつらから解放される。言いなりになるのも今日で終わり」

 女性が小夜へゆっくり手を伸ばす。その手は小夜の肩に流れている髪に触れる。絶対に避けられるであろうその手を小夜は避けなかった。

「綺麗ね。1人の女として憧れるわ。きっとこの先もっと素敵になるのでしょうね」

「……貴女も、そうなれます」

「ふふ、クズである私にも優しいのね。楽しみにしていようかしら」

 日が昇る。少ししたらsunriseの遺体処理班がここに来るだろう。もうそろそろお別れの時だ。

 それをしっかりと理解している小夜は女性から少し離れ、銃を向ける。その顔は少しだけ寂しさが映っていた。

 この後を悟った女性は小夜に優しく笑いかける。

「ゴミなんて言ってごめんなさい。きっと貴女達にも事情があるのでしょう? 今こんなこと言うのはアレだと思うけれど、出会えて良かったわ。そっちの男子君もね」

「…………もしも」

「ん?」

「もしも、またここの近くに来た時はsunriseと言う花屋に来てください。暗殺組織としてではなく、花屋の店員として応対させて頂きます」

 それを聞いた女性は心底嬉しそうに笑った。

「ええ、その時は是非。あなた、愛しているわ」

 女性は男の額に接吻をし、小夜と瞳を合わせた。

「……1発でお願いね?」

「私の銃が狂うことはありません」

 また銃声が廃工場に轟く。

 小夜の撃った2発の弾は確実に女性と男の心臓を貫いた。血の池ができ、瞳から光が消える。

「謝るのは私です。今度会った時は貴女達に花をあけます。特別に私がお金を払います」

 そう言った後、小夜は踵を返し歩き出す。

「あの人と自分を重ねてしまったか?」

「……」

 俺の隣を歩く少女は俯き、押し黙っている。多分図星だろう。

 小夜はsunriseに来る前、別の犯罪組織に誘拐され、両親と離れた。そこで戦闘などの諸々の訓練を受けた結果、最強となった。ある時に俺がスカウトしてからsunriseに来たが、それはまあ良いだろう。

 色々と違う部分はあるが、似ていると思った部分が小夜的に多かったのだろう。

 俺はそれを悪いことだとは思わない。小夜はまだ高校生だ。暗殺だけを生き甲斐にして欲しくない。たとえ他人にはないほどの強大な才能があったとしても。そしてそれを本人が望んでいたとしても、だ。

「小夜。日の出、綺麗だぞ」

 小夜が俺より少し前に出て左に首を動かす。朝が来たことを表す光が瞳に入り、眩しそうに目を細めている。

「綺麗ですね……」

「ああ。俺も好きだ。まあ早く帰って開店準備しなくちゃだけどな」

 小夜が俺の肩を叩いてくる。この冗談(冗談でもないけど)はお気に召さなかったらしい。ちなみにめっちゃ痛い。

 sunrise。表は花屋、裏では暗殺組織を営む店。この店の由来は小夜の好きなものが日の出だからだ。

 俺は小夜の頭に手を乗せる。くすぐったそうにしながらこちらに疑問の目を向ける少女へ言う。

「なんでもないよ。ごめん」

「なんなんですか」

 小夜はふん、とそっぽを向いた後、俺の手を取り走り出した。

「さあ、帰りましょう! 私達の家に!」

 その笑顔は日の出と同じくらい輝いていて、先程の女性にも見せてあげたいと思うほどに美しかった。



5/16/2025, 1:09:04 PM

『手放す勇気』

「もう諦めたら?」

 冷たい少女の声が響く。手足を使い立とうとするが震えと力が入らないせいで動けない。

「今の君、凄く情けないよ? まるで生まれたての子鹿みたい。ほんっとうに醜くて無様だね」

 あっはは、と少女が嘲笑する。俺は反論するわけでもなく、ただ地面に突っ伏す。

 その姿を眺めていた目の前の化け物は少し顔に苛立ちを見せた。

 少女の名前はニルス、と言うらしい。この世界の人類を殲滅しかねないほどに勢力を拡大させている魔族の王であり最強の存在。

「怒らないし、何も言わない。でもその光を宿した目だけはずっとこっちを見てる。不愉快だね。もう死んだら?」

 眼前に少女と巨大な斧が迫る。今の一瞬で移動し、ニルスが魔族特有のチカラ、瘴気を用いて造ったのだろう。

 俺はそれを甘んじて受け入れるはずもなく、片手で斧の先端を掴み、力を入れて粉々に壊す。

「……へぇ。まだそんな力があったんだ。まあ変わらないと思うけどね」

「変わるさ」


 そう悠長に語っている敵の右手を切り落とし、首を狙ったもう一閃を放つが避けられ、距離を取られた。

「チッ……再生が遅い……」

 今まで出したことの無いほどの速度。膂力は最早人間と言うには相応しくないと自分でも気づく。それ程までに俺は変わっていた。と言うかそれくらい軽く変えてくれなきゃ困る。代償が代償だから。

 理由は簡単。それはこの剣にある。

「その剣……聖剣なんだ」

「今更気付いたのか? 魔王の癖に遅いんだな」

 煽りが少し効いたのか、ニルスは顔を顰める。先程の冷静な姿は見る影もなく、今は焦りと驚愕に支配されている情けない魔王にしか見えない。

「聖剣であるなら魔力を隠せるはずがない。だがその剣からは何も感じなかった。これはどう言うこと?」

「この剣、見たことあるだろ? お前とかなり深い関係なはずだぞ」

 ニルスは剣を凝視し、ハッと何かに気付いた後に怒気を孕んだ声で呟いた。

「……聖剣、新《あらた》」

「正解だ。まあそりゃあ覚えてるよな」

 聖剣、新。人類が未だ魔族の手で滅ぼされていない要因。世界に三本ある特殊であり、聖なる力を宿した剣。

 そして新はニルス《さいきょう》を討伐は出来ずとも封印にまで追い込んだ立役者。

 能力は命を犠牲にし強大な力を得る、聖なる天災《オーバーフロー》。先程の斧を受け止め、ニルスの手を斬った膂力と反応すらさせなかったスピードはこの能力によるものだ。

「なんでそれを最初から使わなかったの?」

「……妻がいるんだ」

 初めて出来た命を賭してでも守りたい人。彼女と一生を添い遂げ、共に眠ることが夢だった。

「こいつの能力は出来る限り使っちゃ駄目と言われていたんだ。まあ使うってわかってたんだろうけどさ」

 通常、ニルスに何の策も使わず勝つなんて出来ない。それでも能力を使わないでと言ったのは、ある懸念があったからだろう。

「俺の寿命は短い。だから俺も使いたくなかったが、もう良い」

「死を覚悟したんだ。妻を残して」

「何かを得るには何かを手放さなければならない。俺は勝利とあいつの今後の人生を得て、俺の人生を手放す」

 ニルスが笑った。心底楽しいという風に。

「良いね、その覚悟。その瞳。さっきは不愉快だなんて言ってごめん。君は素晴らしい人間みたい。あいつと同じ目だ。ムカつくけど輝いている目」

 ニルスの周りに十数本ほどの剣が造り出される。その全てにかなりの量の瘴気が使われている。

「その勇気がどこから出てくるのかわからないけど、敬意を表して本気で行ってあげる」

 ニルスが構える。俺も集中し、少女の一挙手一投足を見逃さないよう警戒する。

 正直に言えば、怖い。死後なんてわからないし、俺だってもっと生きていたい。それにあいつがどんな生活を送るのか心配でもある。だが——

「手放す勇気は、あいつを守ると誓った心にある」

 ごめん。家には帰れなさそうだ。離したくなかったけど、俺を忘れて幸せに生きてくれ。

 そう心中で言い、互いに地を蹴った。



 

4/29/2025, 3:12:06 PM

『好きになれない、嫌いになれない』

 この世界に蠢く異形の存在、『空《から》』。そしてそれを止め、防ぐ者達、『想《そう》』。

 想は空を止める為、そして殲滅する為に様々な事を行った。例えるなら人材育成。そして特殊な素材である魔鋼《まこう》から造られた武器、魔鋼武具《まこうぶぐ》などなど。

 二つの勢力による戦争は数百年と続き、互いに多くの代償を払った。

 だがそれも、ここで最後の一人を討てば終わる。俺達想の勝利として。

 それが目の前にいる少女、春夏冬小夜。俺の幼馴染にして想の最上位である蓮紅《れんひ》に数えられる人物。

 風に靡く、毛先が赤に輝き大部分が漆黒に染まっている黒髪。まだ十代とは思えないほどに鍛えられた身体。何よりも、彼女が空であることを示す瞳の中に刻まれている紋様。

 彼女は最初から空だったのではない。致命傷を負い、トドメを刺されかけた俺を庇って乗っ取られたのだ。

 俺は致命傷は回復したものの小夜は帰って来ず、今こうして敵という関係で相見えている。

 空で最後の敵であったはずの者が完全に支配された小夜をなんの縛りもなく、ただ殺戮する物として解き放った。

 想に居た頃はその圧倒的な身体能力と天性の才能による魔鋼武具の扱い、その他戦いに必要な全ての才で瞬く間に蓮緋へと登り詰めた、通称『天稟の女王』。

 正直勝てるかはわからない。少し前の戦いで想の最大勢力が疲弊し、戦闘が不可能となるまでに追い詰められた。俺は体力温存の命令を下され待機していたので免れたが、最後の相手が小夜では心許なさすぎる。

 だがやらねばならない。想、仲間、更に操られている小夜の為でもある。戦争の終結を願ってどんな時でも鍛錬してきた。たとえ最高の天才である人間と戦っても勝てるように。

「小夜、行くぞ」

「……」

 返事はない。けれど、その瞳から覚悟が伝わった。

 愛用の魔鋼武具を取り出す。彼女も同様に見覚えのある魔鋼武具を構えた。

 構えた目の前に立つ化け物からの圧におされる。

 昔から小夜が好きであり嫌いだった。俺がどれ程努力しても軽々と上を歩き、笑顔で俺を助けてくれる。

 この戦いで生け捕りなんて考えない方が良いだろう。勿論出来たら最良の結果ではあるが、それを狙えるほど相手は甘くない。

 その才能が羨ましくて、ずっと嫌いで、好きになれない。だが隣に立ち彼女と話し、笑い合うことを嫌いにもなれない半端者。

 だからこそここで——

「来い。俺が相手だ」

 必ず勝つ。そして完勝して洗脳を解き、伝えよう。俺が強くなろうとした理由が、お前の隣に立つ資格が欲しいからであると。
 

4/28/2025, 3:13:31 PM

『夜が明けた。』

 どうする、どうするとこの場を切り抜けられる案を必死で思考する。

 辺りを黒く染める夜。その闇を見るたびに苛立ち、焦りが募る。時が経つたびにどんどんと追い詰められているようだ。

 目の前には私の夫である清廉煌驥の所々血が流れている痛々しくもあり逞しくもある背中。剣を持つ手は震えていて、彼の性格からして恐怖ではなく、多分もう力が入らなくなっているのだろう。この世界で魔法を使うのに必要なものである魔力も残り少ない。

 彼はこの世界の敵である謎の生命体『trigger(とりがー)』と戦う人間。他にも私や仲間達がいるけれど、彼ほど強い人を見たことがない。

 だが、仲間は全員やられた。敵に殲滅され、知っている中で残るのは私と彼と、この手で抱いている私達の子だけ。

 彼が向けている視線の先には黒髪の少女。だが、普通ではない。端正な顔の半分ほどにある黒い痣と赤く光る殺気の籠った瞳。彼女の背には5メートルほどある漆黒の翼。今外に放出されている魔力だけで私の数倍はある。

 今ここで私が立ち向かっても絶対に勝てない。だからといって彼に任せたら死ぬだろう。子供も見捨てられない。どちらも失いたくない。なら——

「煌驥、この子を連れて逃げ——」

「小夜」

 言葉を遮られて呼ばれる名前。反射的に体が跳ね、口が止まる。

「逃げろ。何があっても振り向くな」

「なっ! そんな事出来るわけない!」

「聡明なお前ならわかっているはずだ。今俺達で剣を握っても勝てない。全て失われて終わりだ。俺はそんなの耐えられない」

 彼は首を捻り、私を見る。輝かしく笑う彼の姿に目頭が熱くなった。

「小夜」

「……なに?」

 また名前を呼ばれる。その先を言わないで欲しい。口を開かないで。私の名前を呼ばないで。私が戦うから。あなたに逃げてもらいたい。なのに、彼が言う次の言葉が何故かわかってしまうから、それが嬉しくて、窒息しそうなほどに苦しい。

 数秒後、煌驥は口を開いてしまった。

「愛してる」

「ッ!」

 瞬間、条件反射で背を向けて走り出す。勿論子供を胸に抱いて。

「夜明けに会おう」

 ああ、大嫌いだ。そんな事思ってないくせに。希望なんて、あなたの目にも見えてないんでしょ?

 数時間後、夜が明けた。戻った私の目に少女の姿はなく、片手を失い、剣で心臓を刺され、瞳から光が消えた夫だけが映った。

 

4/25/2025, 6:33:42 AM

『巡り逢い』

 この王国が魔王と戦い続け、今まで選ばれた勇者達が殺された数なんてもう覚えていない。

 多くの血が流れた。涙だって枯れるほど流した。

 まあそれも、私達と今日で終わるけど。

 魔王の体が朽ちてゆく。天に消えてゆく塵は私達の勝利を証明し——

「この怪我じゃ……無理だな……」

 倒れている私と彼の周りを流れる血は、私達の死を意味していた。

 先程まで感じていた耐えられないほどの苦痛が無くなって行くのが分かる。決して傷が癒えているのではなく痛覚が鈍っているのだろう。

「煌驥の……傷を……治し……」

「やめておけ……そんな事したらすぐに死ぬぞ……」

 彼に伸ばした手は彼によって止められ、冷たい感触に包まれた。

「……つめ、たいね」

「ご愛嬌だ……小夜……少し話そう……」

 いつもの明るい笑みはどこか寂しそうで、互いに終わりが近づいていると本能で理解する。

「付き合って5年……日本からここに飛ばされて20年前後くらいか………? 長かったなぁ……」

「……うん……本当に……」

 私達と一緒に飛ばされてきた煌驥を抜かした3人。その人達が旅路で死ぬまでに2年もかからなかった。

 そこから煌驥と私、2人で死線をくぐり、漸く魔王に辿り着いたら相打ちで終わり。

 旅路で煌驥と話していた同じ家での生活やデート、老後のことまで全て水泡に帰した。

 ……そんなの、世界を救った英雄達にはあんまりじゃない?

「来世……」

「………?」

 彼が私に視線を向けてくる。その言葉の意味がわからずに首を傾げると、彼は致命傷を負っているなどとは思えぬ真剣な面持ちでこう言った。

「必ずお前に逢いに行く……どこにいても……どんな姿になっても……」

「……うん」

「だから……!」

 いつか決めた、あの約束。もしどちらかの最期が訪れたら——

「その時は、俺と結婚してください……!」

 笑顔で見送り、笑顔で旅立とう、と。

「……うん!」

 私の手を握る彼の手が力なく離れた。涙が零れ、すぐに私の意識も薄れて行く。

「待ってる……から……」

 そこで私の視界は途切れた。

※※

 最近私は両親の元を離れて一人暮らしを始めた。

 ある程度の家事は出来るし、数年前に開業したカフェも黒字が続いていて順風満帆。……なはずなのに……

「うっ……」

 幼少期から続く謎の頭痛。医者でも原因はわからないらしく、どんな薬も効かなかった。カフェの営業時間終わりなのが不幸中の幸いだけど。

 感覚の話になってしまうが、この頭痛は何かを思い出そうとしているように思える。何を、なんで、その理由はわからないけど、何故かそう思うんだ。

 その時、チリンチリンと店の扉が開かれた音がした。

「あの、もう今日の営業は終了していて——」

「あの時から言ってた夢、叶えたんだな」

「ッ!」

 面識は無い。完全に赤の他人なはず。なのに、何故か涙が溢れてくる。

「魔王を倒したらカフェを開きたいって、そう言ってたもんな」

「あ……」

 声。その姿。興味深いものを見る時にする顎を撫でる癖。そして私に向けるその笑顔。

「なんで……」

「おいおい、あの時言ったじゃねぇか。まあ、また20年くらい待たせてしまったけどな」

 ごめん、と手を合わせながら謝ってくる彼は、前から変わらない。

 そう、前からずっと。

「逢いにきた。そしてあの時約束した事を果たしにきた」

 彼がまた笑う。最期の時の笑顔じゃない。いつも私に元気と勇気を与えて、未来への希望を持たせてくれた、優しい笑み。

「小夜さん。俺と結婚してください」



 

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