『夜が明けた。』
どうする、どうするとこの場を切り抜けられる案を必死で思考する。
辺りを黒く染める夜。その闇を見るたびに苛立ち、焦りが募る。時が経つたびにどんどんと追い詰められているようだ。
目の前には私の夫である清廉煌驥の所々血が流れている痛々しくもあり逞しくもある背中。剣を持つ手は震えていて、彼の性格からして恐怖ではなく、多分もう力が入らなくなっているのだろう。この世界で魔法を使うのに必要なものである魔力も残り少ない。
彼はこの世界の敵である謎の生命体『trigger(とりがー)』と戦う人間。他にも私や仲間達がいるけれど、彼ほど強い人を見たことがない。
だが、仲間は全員やられた。敵に殲滅され、知っている中で残るのは私と彼と、この手で抱いている私達の子だけ。
彼が向けている視線の先には黒髪の少女。だが、普通ではない。端正な顔の半分ほどにある黒い痣と赤く光る殺気の籠った瞳。彼女の背には5メートルほどある漆黒の翼。今外に放出されている魔力だけで私の数倍はある。
今ここで私が立ち向かっても絶対に勝てない。だからといって彼に任せたら死ぬだろう。子供も見捨てられない。どちらも失いたくない。なら——
「煌驥、この子を連れて逃げ——」
「小夜」
言葉を遮られて呼ばれる名前。反射的に体が跳ね、口が止まる。
「逃げろ。何があっても振り向くな」
「なっ! そんな事出来るわけない!」
「聡明なお前ならわかっているはずだ。今俺達で剣を握っても勝てない。全て失われて終わりだ。俺はそんなの耐えられない」
彼は首を捻り、私を見る。輝かしく笑う彼の姿に目頭が熱くなった。
「小夜」
「……なに?」
また名前を呼ばれる。その先を言わないで欲しい。口を開かないで。私の名前を呼ばないで。私が戦うから。あなたに逃げてもらいたい。なのに、彼が言う次の言葉が何故かわかってしまうから、それが嬉しくて、窒息しそうなほどに苦しい。
数秒後、煌驥は口を開いてしまった。
「愛してる」
「ッ!」
瞬間、条件反射で背を向けて走り出す。勿論子供を胸に抱いて。
「夜明けに会おう」
ああ、大嫌いだ。そんな事思ってないくせに。希望なんて、あなたの目にも見えてないんでしょ?
数時間後、夜が明けた。戻った私の目に少女の姿はなく、片手を失い、剣で心臓を刺され、瞳から光が消えた夫だけが映った。
4/28/2025, 3:13:31 PM