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『好きになれない、嫌いになれない』

 この世界に蠢く異形の存在、『空《から》』。そしてそれを止め、防ぐ者達、『想《そう》』。

 想は空を止める為、そして殲滅する為に様々な事を行った。例えるなら人材育成。そして特殊な素材である魔鋼《まこう》から造られた武器、魔鋼武具《まこうぶぐ》などなど。

 二つの勢力による戦争は数百年と続き、互いに多くの代償を払った。

 だがそれも、ここで最後の一人を討てば終わる。俺達想の勝利として。

 それが目の前にいる少女、春夏冬小夜。俺の幼馴染にして想の最上位である蓮紅《れんひ》に数えられる人物。

 風に靡く、毛先が赤に輝き大部分が漆黒に染まっている黒髪。まだ十代とは思えないほどに鍛えられた身体。何よりも、彼女が空であることを示す瞳の中に刻まれている紋様。

 彼女は最初から空だったのではない。致命傷を負い、トドメを刺されかけた俺を庇って乗っ取られたのだ。

 俺は致命傷は回復したものの小夜は帰って来ず、今こうして敵という関係で相見えている。

 空で最後の敵であったはずの者が完全に支配された小夜をなんの縛りもなく、ただ殺戮する物として解き放った。

 想に居た頃はその圧倒的な身体能力と天性の才能による魔鋼武具の扱い、その他戦いに必要な全ての才で瞬く間に蓮緋へと登り詰めた、通称『天稟の女王』。

 正直勝てるかはわからない。少し前の戦いで想の最大勢力が疲弊し、戦闘が不可能となるまでに追い詰められた。俺は体力温存の命令を下され待機していたので免れたが、最後の相手が小夜では心許なさすぎる。

 だがやらねばならない。想、仲間、更に操られている小夜の為でもある。戦争の終結を願ってどんな時でも鍛錬してきた。たとえ最高の天才である人間と戦っても勝てるように。

「小夜、行くぞ」

「……」

 返事はない。けれど、その瞳から覚悟が伝わった。

 愛用の魔鋼武具を取り出す。彼女も同様に見覚えのある魔鋼武具を構えた。

 構えた目の前に立つ化け物からの圧におされる。

 昔から小夜が好きであり嫌いだった。俺がどれ程努力しても軽々と上を歩き、笑顔で俺を助けてくれる。

 この戦いで生け捕りなんて考えない方が良いだろう。勿論出来たら最良の結果ではあるが、それを狙えるほど相手は甘くない。

 その才能が羨ましくて、ずっと嫌いで、好きになれない。だが隣に立ち彼女と話し、笑い合うことを嫌いにもなれない半端者。

 だからこそここで——

「来い。俺が相手だ」

 必ず勝つ。そして完勝して洗脳を解き、伝えよう。俺が強くなろうとした理由が、お前の隣に立つ資格が欲しいからであると。
 

4/29/2025, 3:12:06 PM