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『これで最後』

「なんで……! どうしてなの……!」

「……なにしてるんだ、小夜?」

 俺、清廉煌驥の目の前で妻が膝をつき絶望している。

 妻の名前は春夏冬小夜。眉目秀麗、文武両道、誰もが羨むような女性。俺はそんな雲の上の存在と幼馴染であり、現在は結婚して同棲もしている。強いて欠点を挙げるとすれば親が大富豪な為、本人が少し世間知らずなところくらいだろう。

 小夜が絶望している理由は俺にはわからない。朝起きたらこうなっていたからだ。

「この世界に救いは無いの……? 私の手を引く光は訪れないの……?」

「重いなぁ話が。重過ぎるって。規模がでかいし言葉選びがヘビーだよ」

「世界が私を嫌いなのね……わかったわ、死ぬ」

「待て待て待て待て!」

 キッチンへ歩みを進めた小夜の手を掴む。危ない。この目は結構絶望が深いぞ……? 本当に何があったんだ?

「小夜、どうしてそんな顔をしているんだ? 教えてくれないか?」

「煌驥……」

 小夜が泣きそうな瞳でこちらを見てくる。庇護欲を唆るその姿に思わず唾を飲み込んでしまうが、なんとか平静を装う。

「実はね……」

「……ああ」

「アOゾンで注文したゲームが届かないのよ!」

「………………は?」

 聞き、間違いか? アOゾン? あの色々なものをネットで買える便利なあれ?

「アOゾン、で、間違いは無いんだな?」

「ええ、何回も確認したわ」

「お金もちゃんと払ったと」

「ええ」

 いや、落ち着け。みんな落ち着け。もしかしたら注文したのが半年前とかかもしれないだろ? アOゾン側に非があるかもしれないし!

「ちなみになんだが、注文したのはいつだ?」

「30分前くらいにお金払ったわ」

「届くわけないだろ!」

 最早間違いであって欲しいほどに短い時間が聞こえてきたので無意識に大声を出してしまった。

 さっき世間知らずは少しと言ったな。あれは嘘だ。

 小夜は何が何だかわからないといった風に首を傾げている。

「アOゾンのことご近所さんだと思ってる?! 全然違うよ?!」

「でも御雅《みか》ちゃんが前にアOゾンは30分で届くよって……」

「あの野郎……」

 御雅とは小夜、そして俺とも関わりのある女性であり、昔のクラスメイトだ。小夜とは親友と言える関係でよく一緒に出かけたりしている。

 そして人を揶揄うのが好きでよく世間知らずな小夜で遊んでいた。

「それは嘘だ。普通は数日。長くて1週間くらいは待たなければいけない」

「そんな……」

 デマを鵜呑みにし痛い目をみた小夜は力なく倒れ、近くにいた俺に体を預けてきた。

「てかなんでゲーム? 小夜はしないだろ?」

「……煌驥が欲しいって言ってたから。もうすぐで誕生日だし……」

「ッ!」

 可愛い。可愛過ぎる。世間知らずなところもとってもキュートだ。全然許せる。異論は認めん。

「もう買い物しない。全部煌驥に任せる」

「まあまあ。次から気をつければ良いじゃん。誰にでも失敗はあるしさ」

「許せ。これが最後だ」

「イOチに謝りなさい」

 後で御雅には小夜を悲しませた罪でキツくお仕置きをするとして。これが小夜のネット買い物の最後にならないように、そして今回の失敗が最後になるように俺がしっかりサポートするとしよう。

 順当に3日ほどで届いたゲームは2人以上でも出来たので、小夜は勿論、御雅も家に呼んで楽しくプレイしました。

5/28/2025, 5:16:59 AM