『sunrise』
「そこを退いてください、お前。まずは男から確実に殺します」
拳銃を気絶している男に向け、冷徹に言い放つ少女。
ある町の郊外にある廃工場。近くには海があり、日の出が見える場所なのだが、まだその時間では無い。
今日、俺達は犯罪者限定の暗殺組織であるsunriseの任務で総理大臣である男と、その妻である女を殺しに来ていた。
「い、嫌よ! 彼を殺さないで!」
暗殺対象の1人である女は目尻に涙を浮かべ、そう少女に懇願する。多分小夜が怖くて俺は視界にも入っていないのだろう。
女の懇願を聞いた小夜ははぁ、とため息を吐き、呆れた目を向けながら静かに口を開いた。
「対象はお前達2人です。いずれそいつと一緒の場所に行くので気にしないで退いてください」
「駄目よ! せめて彼だけでも——」
「あ゛?」
「ひっ……!」
唐突に女達へ向けられた膨大な殺気。高校生である少女から出せるわけがないほどの圧。これがsunriseの最強、春夏冬小夜の強さを示す証だ。
「さっきから騒々しいですね。ゴミが喚き立てると耳障りなんですよ。誰が命乞いをして良いと言ったのですか?」
「……ッ! あ、あんた達だって人殺しじゃない! ゴミなのはあんたらもでしょ?! あんたも、そこの男もどうせ——!」
バン! と拳銃が弾を放った音が響く。数秒後、女の悲鳴が耳を劈いた。足を撃たれたのだろう。
「私をなんと言おうとどうだって良いですが、煌驥を悪く言われるのは不愉快です。黙って地獄に——」
「小夜」
そこで俺は小夜の手に自分の手を置く。小夜は少し体を揺らし、こちらを不満そうな目で見てきた。
「なんですか、煌驥。邪魔しないでください。今からこのゴミどもに——」
手を離し、小夜の頭を優しく撫でる。毎日ちゃんと手入れがされているサラサラの黒髪を。
小夜は「邪魔です」と言いながら俺の手を払い除けようとするが、結局それも諦めたらしくされるがままになっていた。
俺が手を離すと、小夜は不満げに女へ向き直った後にしゃがみ、目線を合わせる。
「……本意ではありませんが、わかりました。聞き分けの良い私に感謝してください」
「ああ。ありがとうな」
小夜は女の子銃弾で貫かれた右足の傷を手当てし、落ち着くまで待った。
「……な、何が目的?」
震える声での問いかけに、小夜は不満そうな顔で言葉を返す。
「遺言を聞いてあげます。貴女とそこの男は必ず死にますが、家族でも、そこの男にでも、誰にでも届けてあげます。だから早く言ってください」
女は信じられないとでも言うように目を見開く。そして数分考える素振りを見せ、笑みを見せた。その笑顔は嬉しさや悲しさなどではなく、諦観が含まれているような気がした。
「ありがとう」
小夜はチッ、と舌打ちをして不機嫌なのを隠さずに告げる。
「誰宛かを言ってください。でないと届けられません。そんなこともわからないのですか?」
「もう届いてるよ」
「?」
小夜が首を傾げる。俺も意味がわからず思考を巡らせようとした時、女は小夜に人差し指を向けた。
「貴女と、そこの……煌驥君、だっけ。君に」
今度は小夜が目を見開いた。だがすぐにいつもの調子を取り戻し、質問を投げかける。
「お前に感謝される謂れはありません」
「怪我の手当をしてくれたこと。私の遺言を聞いてくれたこと。そして——私達を裁いてくれること」
その時の女性の哀しそうな笑みと言葉は小夜が言葉を紡げないほどに深く伝わった。俺も正直びっくりだ。今までこんな人間は居なかったと思う。
「正直もう疲れてたの。私達は静かに暮らせれば良かったのに突然家に押しかけてきて、この人を知らない国の総理大臣にするとか言って。犯罪にまで手を染めさせて、散々こき使った後はすぐに捨てる」
俺達が言えたことでは無いかもしれないが、中々に酷い話だ。多分総理大臣という立場を使い、利用するつもりだったのだろう。事前に調べていた結果からすると知名度も中々あったみたいだし、人からの信頼もあった。色々と条件に合ってそうだ。
「死にたくないと思っていたけれど、死ねばあいつらから解放される。言いなりになるのも今日で終わり」
女性が小夜へゆっくり手を伸ばす。その手は小夜の肩に流れている髪に触れる。絶対に避けられるであろうその手を小夜は避けなかった。
「綺麗ね。1人の女として憧れるわ。きっとこの先もっと素敵になるのでしょうね」
「……貴女も、そうなれます」
「ふふ、クズである私にも優しいのね。楽しみにしていようかしら」
日が昇る。少ししたらsunriseの遺体処理班がここに来るだろう。もうそろそろお別れの時だ。
それをしっかりと理解している小夜は女性から少し離れ、銃を向ける。その顔は少しだけ寂しさが映っていた。
この後を悟った女性は小夜に優しく笑いかける。
「ゴミなんて言ってごめんなさい。きっと貴女達にも事情があるのでしょう? 今こんなこと言うのはアレだと思うけれど、出会えて良かったわ。そっちの男子君もね」
「…………もしも」
「ん?」
「もしも、またここの近くに来た時はsunriseと言う花屋に来てください。暗殺組織としてではなく、花屋の店員として応対させて頂きます」
それを聞いた女性は心底嬉しそうに笑った。
「ええ、その時は是非。あなた、愛しているわ」
女性は男の額に接吻をし、小夜と瞳を合わせた。
「……1発でお願いね?」
「私の銃が狂うことはありません」
また銃声が廃工場に轟く。
小夜の撃った2発の弾は確実に女性と男の心臓を貫いた。血の池ができ、瞳から光が消える。
「謝るのは私です。今度会った時は貴女達に花をあけます。特別に私がお金を払います」
そう言った後、小夜は踵を返し歩き出す。
「あの人と自分を重ねてしまったか?」
「……」
俺の隣を歩く少女は俯き、押し黙っている。多分図星だろう。
小夜はsunriseに来る前、別の犯罪組織に誘拐され、両親と離れた。そこで戦闘などの諸々の訓練を受けた結果、最強となった。ある時に俺がスカウトしてからsunriseに来たが、それはまあ良いだろう。
色々と違う部分はあるが、似ていると思った部分が小夜的に多かったのだろう。
俺はそれを悪いことだとは思わない。小夜はまだ高校生だ。暗殺だけを生き甲斐にして欲しくない。たとえ他人にはないほどの強大な才能があったとしても。そしてそれを本人が望んでいたとしても、だ。
「小夜。日の出、綺麗だぞ」
小夜が俺より少し前に出て左に首を動かす。朝が来たことを表す光が瞳に入り、眩しそうに目を細めている。
「綺麗ですね……」
「ああ。俺も好きだ。まあ早く帰って開店準備しなくちゃだけどな」
小夜が俺の肩を叩いてくる。この冗談(冗談でもないけど)はお気に召さなかったらしい。ちなみにめっちゃ痛い。
sunrise。表は花屋、裏では暗殺組織を営む店。この店の由来は小夜の好きなものが日の出だからだ。
俺は小夜の頭に手を乗せる。くすぐったそうにしながらこちらに疑問の目を向ける少女へ言う。
「なんでもないよ。ごめん」
「なんなんですか」
小夜はふん、とそっぽを向いた後、俺の手を取り走り出した。
「さあ、帰りましょう! 私達の家に!」
その笑顔は日の出と同じくらい輝いていて、先程の女性にも見せてあげたいと思うほどに美しかった。
5/22/2025, 9:15:17 AM