『やさしくしないで』
「あれ、小夜? 今帰るところか? 一緒に帰ろうぜ」
昇降口に向かっている途中、ある人に校舎裏へ呼び出されていた煌驥と鉢合わせた。
何故か機嫌が良さそうだ。やはりあの学校一の美人と言われている侑嘉(ゆうか)さんに呼び出されたからなのかな? 高校生、校舎裏、女性が男性を呼び出す。ここまで揃っているのなら何があったかは想像に難く無い。そして相手が誰かを考えればその返事も容易に推測できる。
「今教室から鞄取ってくるからさ。ちょっと待っててくれない——」
「ごめんなさい。今日は1人で帰りたい気分なの」
彼の普段と変わらない笑顔が私の胸を強く刺す。いつもと変わらないはずの笑顔に逃げたくなってしまった。
「大丈夫か? 顔色が悪そうだ。家まで1人で行けるのか?」
「大丈夫だから。じゃあね」
私は向かう途中だった昇降口に行くため歩き出す。
「……そうか? なら仕方がないな。気をつけろよ」
それ以上は特に追求もせず、煌驥は私を見送る。多分私に気を遣ってくれたのだろう。
そこが煌驥の良いところであり、今の私には少しだけ悲しく思えた。胸の苦しみは更に加速してしまう。
この優しさはもう他の女の物になってしまうのだなと、目頭が熱くなる。
「……それと、一つだけ忠告しておく」
「ん?」
私は足を止め、振り向く。せめてこれくらいの悪戯は許して欲しい。
「彼女がいるのに私を誘うのはどうかと思うわよ?」
「え?」
煌驥の間抜けな返事を聞いて無意識に口角が上がる。私のアプローチを全てスルーした仕返しだ。我ながら性格が悪いなと心中で苦笑する。
踵を返し、今度こそ昇降口へ向かう。これからは距離を考えないと。今まで通りには行かな——
「彼女……? 昔からの付き合いならわかるだろう。俺にそんな相手は居ない」
「……え? でもさっきまで……」
「ああ、あれはライバルが増えただけだ」
「あ、え? ライバル?」
侑嘉さんに? 煌驥に? だとしたら誰がライバル?
混乱しすぎていて頭が回らない。話が全然読めない。
「小夜さん」
その時、近くの階段から件の侑嘉さんが降りてきた。
「チッ」
「あら、煌驥さん。こんにちは。今からここは花園となりますのでトリカブトはどこかに行ってくださらない?」
「……ご挨拶だな、侑嘉さん?」
この感じ……二人の空気……花園……ん?
次の瞬間、二人の視線が私へ向く。
「……私?」
2/3/2025, 4:24:59 PM