(ここではないどこか)(二次創作)
カンショとヒモ
牧場主シャリザーンが死んで季節が二つ過ぎた。
ロックは動物小屋の入口にあるノートをぺらぺら捲りながら、今日新しく植え付ける作物の種を確認していた。アンバーの月と言えばカンショの種は当然候補に挙がるが、それだけというのも芸がない。確か珍種の種も幾つか残っていたはずだ。中にはアンバーに種まきをするものもあるだろう。
(お館様は、ツルタンのことも苦手だったっけ)
ツルタンとは、敷地内に暮らすタカクラの家に居候している、喋る植物である。2種類の種を渡すと、それらを掛け合わせた作物の種を出してくれる、生きる品種改良機だった。そういう不思議なもの全般を敬遠していた牧場主に代わり、様々な種を食べさせていたのはロックだった。
「お、ヒモやないか」
たまにはお喋りするのもいいだろうと、ロックはツルタンに会いに行った。畑仕事は後回しだ。挨拶代わりに、昨日摘んできたハッピーランプの花と、カンショの種をツルタンに食べさせる。吐き出された新しいカンショの種は、季節を問わず育つよう品種改良されていた。
「え、てかこれあれば、冬でもカンショ育てられるじゃん」
ロックは拍子抜けだ。アンバーの月しか育てられないカンショで作った料理は、シャリザーンの大好物であり、常々、
――アンバーでしか育たないからこそ、余計に価値があるんだよ。
と大真面目で語っていた。殆どの作物は複数の季節に跨って育つわすれ谷において、確かに希少価値があるように思えたのに、まさかいつでも育てられる方法があるなんて。しかも、こんな身近にだ。他方、ツルタンは大笑いしている。
「なんや、そんなことも知らんでハッピーランプくれたんか。さすがヒモやな」
「昨日摘んだんだよ。お館様に見せようと思って」
「えー、じゃあワイが貰ったんはあまりかいな。あんたんとこの主人もアレやけど、ヒモもヒモやなあ」
時に、とツルタンが切り出す。
「ご主人、元気しとるかい?最近見な……いのはもともとやけど、タカクラはんからも話聞かんし、自分がここ来たんこないだの冬以来やないか」
「あれ」
ロックは再び、肩透かしを食らう。
「言ってなかったっけ?お館様、死んだよ」
「な、なんやてえええ!!!」
びっくりした。ロックはもう、とてもびっくりした。もともとツルタンはよく喋るしうるさいが、音量的にもつんざくような声が出るとは、知らなかった。ツルタンは、どうやら大きなショックを受けているらしい。ロックはそれを、不思議に思う。シャリザーンとツルタンは、直接話したのは1回だけだったはず。それこそ、タカクラが買ってきたツルタンを紹介した日だけだ。
「なんや、あいつ、死んだんかいな……」
目に見えて、蔓がしょんぼり垂れ下がっている。なおもぶつぶつ呟くツルタンに掛ける言葉が見つからず、ロックはそっとタカクラの家を後にした。
(なんか、新鮮な反応だったな)
ロックは今度こそ、畑に向かって歩き出す。牧場主が亡くなった時のことを思い出した。あの時はすごい騒ぎだったのだ。もっと高齢な人がごまんといるこのわすれ谷で、老年期に足を掛けていたとはいえ、まだ若かったシャリザーンが突然亡くなったのだ。誰もが彼の死を悼み、忍び、ただでさえ静かだった谷が余計に静まり返った。季節が一つ過ぎ、二つ過ぎ、その間に追うように亡くなった何人かを見送るうちに、谷はまた、元の平穏な日々を取り戻しつつあるのだけども。
牧場主が亡くなったのは周知の事実で、それを知らない存在がいるとは思わなかった。
(そういえば、コロボックルたちも、知らないかな)
森の大きな木に住む陽気な奴らだ。
(女神さまも……)
そこまで考えて、ロックはかぶりを振った。少なくとも女神さまは、女神というぐらいだから、知っているだろう。彼女に近しい存在らしいコロボックルも同じだ。つまり、ツルタンが最後だった。
「や、インディゴに出てくるムクムクも知らないか」
ペッパーの月のうちに奇麗にしておいた畑に鍬を入れ、ツルタンから貰った特別なカンショの種と、元々持っていた普通の種、名前は知らないが何かの珍種の種を植える。今、ロックが手を入れている畑は1枚だ。牧場主が生きていた頃は、3枚もの畑を持っていた。ロックは殆ど手伝わなかったのだから、一人でよくやっていたと思う。そして、家畜も、今よりもっとたくさんいた。今は、シャリザーンがここに来る前からいたというハナコ1頭だけだ。年老いていたから、手放さなかった。彼女が亡くなっても、次の家畜は飼わないつもりだ。
「いいだろ、お館様。ボクだって、年なんだからさ」
答える声はないけれど、気にならなかった。
そうして畑の手入れを終えて、畑の隅にある小さな墓石の前に赴く。牧場主から勝手に貰ったリュックの中から、昨日摘んだハッピーランプを出すと、墓石の前に置いた。そして、ここではないどこかの世界に旅立ってしまった人に、語り掛けるのだ。
「てかさ、これとかけ合わせれば、年中カンショ、食べれたじゃん」
早く言ってよね、という軽口は、秋の風に掬われ消えていった。
(君と最後に会った日)(二次創作)
とうとうグレイは一人前の鍛治師と認められ、正式に祖父の跡を継いだ。修行がひと段落ついたこともあり、たまには両親の元へ顔を出せと言われた。しかしそこに待っていたのは両親だけでなく、子供の頃からの友人たちの姿もあった。久しぶりの再会に、就職祝いも兼ねた食事会が開かれ、酔っ払った知己たちの悪ノリが炸裂、親に遠慮して借りていたホテルの部屋に、彼女と二人きりになったのだ。
薄暗い照明の下で、その金の髪は黄金のようにさらりと煌めいていた。
彼女はいわゆるコールガールだ。お祝いなんだから夜も楽しめよ、と友人の笑い声が脳裏に浮かぶ。余計なお節介すぎて、グレイは頭が痛くなった。不幸中の幸いは、彼女は部屋に着くなりベビードール姿にこそなったものの、それ以上は何もしてこない。のんびりと、部屋に置かれた雑誌をぺらぺらとめくっている。その些細な動きにさえ、金の髪は静かに揺れる。
(クレアさん……)
ふと、脳裏に数年前の日々が蘇った。
乗っていた船が難破して、ミネラルビーチに漂着したのがクレアだった。行く宛のなかった彼女は、町長の厚意で荒れ果てた牧場の家に住むことになった。誰もがか弱い女の子に牧場主は務まらないし、無理に働かなくてもよいと思っていた。それだけ、彼女は儚げで、放っておけない一面があった。
一方で、田舎に不釣り合いな美貌はグレイには眩しすぎて、なかなか彼女を直視できなかった。そんなグレイにとって、視界に入る彼女の髪はとても綺麗で、もし天使がいるならまさに彼女のような容貌なのだろうと思った。
目の前のコールガールは、彼女と同じ髪をしていた。
「触ってみる?」
「!!」
くるりと振り返って、いたずらっぽい笑みを浮かべられた。顔より下の方、鎖骨や胸元には視線をやらないようにしながら、グレイはその髪をそっと手に取る。とても手触りがよく、きっと丁寧に手入れをしているのだろうと思った。
(クレアさんも、そうだった)
慣れない牧場仕事に、生傷や泥汚れをいっぱいこさえても、髪だけはいつも綺麗だった。他の人からも、彼女の髪を褒める声はよく上がっていた。いつか、触れてみたいと思っていたが、これがこうして叶うとは、思わなかった。
どれだけでも触っていられる。だが、グレイは、そっと手を離した。
「……やめよう」
「あら、いいの?それとも、髪じゃなくてもっと別のところも、触ってみたい?」
あくまで軽く、負担を感じさせない明るさで、コールガールが問い掛ける。グレイがこの手のことに不慣れで、グレイ自身が呼んだわけではないことを、きちんと弁えている。プロだな、とグレイは思った。だからこそ、目の前の彼女にクレアを重ねるのは失礼だ。
「ありがとう。でも、いいんだ」
眠くなってきた、と嘘を付くと、ベッドを整えてくれた。そういうことをしないでいいのかと尋ねれば、してもしなくても一晩いくらだから気にしないでと微笑まれた。
「あ、でも、ベッド1つしかないから、一緒に寝ていいかな」
「それ、は、もちろん」
クロゼットにあったガウンを着込んで、セクシーさがなりを潜めると、いよいよ彼女は普通の女の子と変わらなくなった。こちらに背を向けて寝転がっているから、くだんの髪を好きなだけ手を伸ばすことができる。だが、グレイは指ひとつ触れなかった。
(この人は、クレアさんじゃない)
クレアはもう牧場主ではない。夏だけ来る青年と一緒に都会に行き、彼のお嫁さんになった。クレアに最後に会ったのは、もう何年も前の話だ。
(あなたがいたから)(二次創作)
大きく膨らんだ腹の中で、赤子が優しく壁を蹴る。月日が流れ、随分大きくなった我が子に、オワパーはたまらず微笑みかけた。アヤタユ王宮の離れは相変わらず人の気配がなく、しんと静まり返っている。しかし潤沢な水を取り戻た地は緑の命がそこここに芽生えており、湿気を含んだ風はどこか甘い。
「あなたがいるから、わたくし、寂しくはないのよ」
そっと腹の子に話し掛けると、また、とん、と蹴られた。まるで言葉が判るようで、再びオワパーは微笑む。そんな静かな時間に、割り込むことを唯一許されている人物がふらりと姿を現した。
「おや、その言い方だと、私はもう用済みですか」
「アレクス」
棘のある言い草なのに、どこか拗ねているような、揶揄っているような響きがあり、オワパーは吹き出した。とあるきっかけで王宮の離れに現れるようになったこの男は、水のエナジストであり、この地に水と潤いを取り戻した英雄であった。尤も、男の存在は秘されており、すべてはオワパーの偉業として知れ渡っているのだが。
隣に腰を下ろしたアレクスに、オワパーはそっともたれかかる。
「あなたがいたから、わたくしはこうして今、幸せなのに」
「それはそれは。アヤタユの姫君にそう言われるのは、望外の幸せですね」
「本当にそう思っていて?」
「嘘ではありませんよ。多少、誇張はしていますが」
腹の子は静まり返っている。新たな人物の登場に警戒しているのだろうか。そういえば、弟が腹に触れた時も、この子は同じように静かになる。母親以外はすべからく怖いのかもしれない。
「あなたが怖がる相手ではないのに」
「何か言いましたか?」
「ふふ。この子に話し掛けていたの。この人は悪い人じゃありませんよって」
「ふむ、本当は悪い人かもしれませんよ?」
本当かもしれないし、揶揄われているだけかもしれないけれど、どっちだっていいとオワパーは思う。そっと触れた手が確かに握り返されて、それだけでもう十分幸せだったのだ。
(相合傘)(二次創作)
ぽつりぽつりと降り出した雨は、あっという間に篠突く雨へと様相を変える。年中雪しか降らないナッペ山で暮らしていると、雨への対策はおざなりになりがちで、結果、グルーシャは立往生を強いられていた。思い返せばこの街に着いた時点で、既にどんよりとした曇り空であった。雨のハッコウシティは、どこか静かに雨音を響かせている。
(参ったな……)
悪天候時、タクシーも呼べず、打つ手が無くなってしまった。ちょうど休業中のお店の軒先で雨宿りが出来たはいいものの、これ以上何をしようにも動けない。もし今いるのがテーブルシティであれば、たとえば通りがかった知り合いの傘に入れてもらうのも一案だが。
(知り合いなんて、チリさんなんだけど)
「呼んだ?」
「!!」
心臓が止まったかと思った。声に出していないのに、まさに目の前にチリがいる。だが、どうやら傘は持っていないらしい。なあんだ、とグルーシャは息を吐く。
「傘、持ってたら入れてもらおうと思ったのに」
「えー、相合傘ってやつ?自分、意外と乙女チックなこと言うんやな」
「乙女チックって……下心がないとは、言わないけど」
雨はまだ降り続いている。結局、ただ軒下の雨宿りが二人に増えただけだ。チリはジムリーダーと打合せがあり、昨日からハッコウ入りしていたと話す。イッシュ地方の学校への特別講師派遣の件だとか。そういえば、グルーシャにも同じ話が来ていたのを思い出す。チリではなく、リーグ職員がナッペ山に打診に訪れていた。
チリは引き続き、仕事のことからバトル、他愛ないことまでべらべらと喋っている。傘を口実に触れ合うことは出来なかったが、退屈を凌ぐのには十分な成果だろう。知らず知らず、グルーシャは小さく微笑んでいた。
(落下)(二次創作)
シバは落ちていた。地の灯台の頂上から、麓の地面に向かって真っ逆さまに、落下していた。ずっとへりを掴んでいた右手は、もう感覚がない。このままきっと助からないだろうことは、火を見るより明らかだ。だが、シバの心中は静まり返っていた。
だってこれは、夢なのだから。
何度か繰り返した、馴染みのある夢だ。そして、これは実際にシバの身に起きた事実の記憶でもあった。恐怖を感じる隙もなく、ただただ落ちていく。ほどなく、誰かが後を追って飛び込んできた気配を感じて、シバは微笑んだ。その人は、愚直にも、真っ直ぐシバとの距離を縮めると、シバの手をぐっと掴んだ――。
(なんだ、まだ暗いじゃないの)
ちょうど夢が途切れ、シバは目を覚ました。見つけた洞窟で野宿中で、他のメンバーは眠っている。唯一、今日の火の番を買って出たガルシアだけが起きているようだが、よく見ると船をこいでいる。あれでいて、獣や魔物、不届き者の気配を感じればすぐに飛び起きるのだ。本来、周囲の感知力は風のエナジストたるシバの得意分野だが、剣士として鍛えられた彼の感覚はシバを優位に上回る。だが、ひとたび味方であれば。
シバはつんつんとガルシアの頬を突つく。うたた寝が醒める気配はない。
(やっぱり起きないのね)
これでも旅を始めた当初は、シバのちょっかいでは起きることがあった。次いで仲間に入ったピカードにも同じことを試してもらったら、やはり起きた。それから長い時間が経った今は、シバもピカードも彼を起こさない。根っこの部分で仲間として迎えられた気がして、密かに嬉しい。
(なんて、これだけあちこち旅をしていて、未だ警戒されるのも嫌だけど)
夜が明けるまでまだもう少しありそうだ。寝直しても夢の続きは見ないだろう。万一見たとしても、ガルシアに助けられたあの記憶は、決して怖いものではないのだ。