(あなたがいたから)(二次創作)
大きく膨らんだ腹の中で、赤子が優しく壁を蹴る。月日が流れ、随分大きくなった我が子に、オワパーはたまらず微笑みかけた。アヤタユ王宮の離れは相変わらず人の気配がなく、しんと静まり返っている。しかし潤沢な水を取り戻た地は緑の命がそこここに芽生えており、湿気を含んだ風はどこか甘い。
「あなたがいるから、わたくし、寂しくはないのよ」
そっと腹の子に話し掛けると、また、とん、と蹴られた。まるで言葉が判るようで、再びオワパーは微笑む。そんな静かな時間に、割り込むことを唯一許されている人物がふらりと姿を現した。
「おや、その言い方だと、私はもう用済みですか」
「アレクス」
棘のある言い草なのに、どこか拗ねているような、揶揄っているような響きがあり、オワパーは吹き出した。とあるきっかけで王宮の離れに現れるようになったこの男は、水のエナジストであり、この地に水と潤いを取り戻した英雄であった。尤も、男の存在は秘されており、すべてはオワパーの偉業として知れ渡っているのだが。
隣に腰を下ろしたアレクスに、オワパーはそっともたれかかる。
「あなたがいたから、わたくしはこうして今、幸せなのに」
「それはそれは。アヤタユの姫君にそう言われるのは、望外の幸せですね」
「本当にそう思っていて?」
「嘘ではありませんよ。多少、誇張はしていますが」
腹の子は静まり返っている。新たな人物の登場に警戒しているのだろうか。そういえば、弟が腹に触れた時も、この子は同じように静かになる。母親以外はすべからく怖いのかもしれない。
「あなたが怖がる相手ではないのに」
「何か言いましたか?」
「ふふ。この子に話し掛けていたの。この人は悪い人じゃありませんよって」
「ふむ、本当は悪い人かもしれませんよ?」
本当かもしれないし、揶揄われているだけかもしれないけれど、どっちだっていいとオワパーは思う。そっと触れた手が確かに握り返されて、それだけでもう十分幸せだったのだ。
6/21/2024, 5:52:29 AM