(吹き抜ける風)(二次創作)
吹き抜ける風は心地よく、若葉の香りを含んで清々しい。空を見上げれば抜けるような青空で、頭を悩ませる千々の物事が静かに霧散していくようだ。ジプソは、しかし、大きく大きく息を吐いた。ボスたるカラスバを探しに街を回っていた矢先、見つけたのはデウロだ。エムゼット団の一員にして、ダンサーを目指す少女である。
「なんやジプソ、こんなところにおったんか」
それはこちらのセリフだ、と言いたくなる言葉と一緒に現れたのは、探していたはずのカラスバである。肩にじたばたと暴れる女性を背負っている。
「オレは今からこいつにありがた~いお説教をせなあかん。ということで、そのお嬢ちゃんは頼んだで!」
「そのうち起きると思うんで、私からも、よろしくお願いしまーす」
カラスバの荷物改めセイカにまでそう言われ、ジプソはデウロの警護をすることになったのだ。そう、デウロは、この過ごしやすいミアレの外で、ぐっすりと熟睡していた。
真昼間で、公園。そうそう危ないことは起きない、と思いたいが、残念ながらここは人出の少ないスポットでもある。本来ならば起こすべきだろうが、デウロはあまりにも幸せそうな寝顔を見せている。そういえば、彼女が外で無防備にも寝こけているのは珍しい。というより、初めてではないだろうか。
「…………」
結局、ジプソは彼女の隣にどっかと腰を下ろした。
(カラスバ様の気持ちがちょっと判る気がする……)
放っておけない、庇護欲のようなもの。このような気持ちを他者に抱いたのは初めてに近い。ジプソは、何となく、デウロの顔の前でひらひらと手を振ってみる。はたから見れば滑稽な図だろうなと思う。
と、何も知らないデウロが、眠ったまま、へにゃり、と笑った。
「!!」
不意打ちだ。ジプソは思わず飛びのいてしまい、そんな自分が可笑しくて吹き出した。水もしくはきゅうりに驚く猫のようだった。
(木漏れ日の跡)(二次創作)
カラスバがセイカを見かけたのは完全に偶然だった。
断っておくと、彼女の動向は常に判るようにしている。スマホロトムにはセイカの位置情報が絶えず送られてくるし、その気になれば盗聴も可能だ。だがカラスバはそれを、必要な時以外は閲覧・取得しないようにしているだけだ。そういう理由で、今日彼女と会えたのは純粋に幸運だった。
「こらよう寝てはるわ」
連れていたロズレイドが、起こすか?と言いたげな目でこちらを見る。セイカはベンチに深く身体を預けたまま、くうくうと熟睡していた。木漏れ日の跡が優しく揺れている。足元には彼女の相棒のオーダイルが眠っている。片目は空いているため、緊急事態にもすぐ対応できるだろう。どのみち、この街で彼女のポケモンを下してなお、彼女に危害を与えられる人間など存在しないのだ。
「……まあ、ええか」
次の予定まではまだ時間がある。カラスバはセイカの隣にすっと腰を下ろした。ビルとビルの間にあるこのスペースは、セイカ曰く、イーブイがよく出没するポイントだ。イーブイの進化系を全種類鍛えたいと話していた。もしかしたら数匹既に育成中かもしれない。
人気は殆どなく、静かな時間が流れている。
昼はポケモンの育成・捕獲や人々からの頼まれごと、夜はロワイヤルと忙しくしているセイカを思う。せめてホテルで寝てくれと思うが、外泊が長く続くようなら直接セイカを捕まえホテルに送り返せば済む話だ。
「こんなところにおいででしたか」
ジプソがやってくる。セイカの姿を認め、声量を落とした。
「次の予定がございますが」
「固いこと言うなや。まだええやろ?」
「少しぐらいなら……」
住む世界の異なるこの娘と、かりそめとはいえ隣に並ぶ時間は貴重なものだ。更に10分ほど過ごしてから、カラスバはゆっくりと立ち上がった。
「オマエから飛び込んでくるんは歓迎や。……待っとるからな」
相変わらず寝こけている主と対照的に、両目開いたオーダイルは静かにカラスバを睨み付けた。
(ささやかな約束)(二次創作)
お母さん、とノーブルが言った。
「見てみて!キラキラしてるの、すごくキレイ!」
メアリィは娘の表情こそキラキラしていると笑った。今日はイミルに行商人が来る日だ。ビリビノの支配下に入ったことで、ビリビノを訪れる商人たちの何人かがイミルまで足を伸ばすようになった。中にはマーキュリー灯台から湧き出るヘルメスの水が目的の輩もいるが、灯台にはビリビノ兵が配置されメアリィの許可無く立ち入ることは出来ない。今日の行商人はガラス細工を扱っているようだった。
「ねえ、これ、買ってもいい?」
ノーブルは期待に満ちた目でこちらを見上げている。
「そうだね、いいんじゃないかな」
答えたのはメアリィではなく夫で、とかく娘には甘いこの人は、喜ぶノーブルの様子に目を細めていた。一方、メアリィは昔のことを思い出していた。まだ父が生きていた頃、村に来た行商人が同じようにガラス細工を並べていたことがあった。
(わたくしも欲しくて、お父さんにねだったのでしたわ)
どうせ壊れるからと買ってもらえず、ではと一緒に暮らしていた父の弟子アレクスにねだったのだ。
(あなたが大きくなったら買ってあげましょう――なんて)
ささやかな約束は果たされないままだ。今の今まで忘れていたけれど、思い出したら思い出したで少し腹立たしくなる。約束はおろか、生死すら定かではない人。いま彼はマーキュリー一族の裏切り者ということになっている。灯台を守るという使命に反したのだから、間違いではない。心配だけさせて帰ってこない人を、待つのも案じるのも随分前に辞めた。思えばアレクスを思い出すのも久しぶりのこと。
「お母さん?お母さんってば」
「はい?ごめんなさい、聞いてませんでしたわ」
「もーう!」
何か話しかけていたらしいノーブルはぷりぷりと怒っていて、夫が宥めている。その光景を幸せと呼ぶのだろうと、メアリィは一人微笑んだ。
(祈りの果て)(二次創作)
黄金の太陽現象が起こり、旅は終わった。イミル村に帰ってきたメアリィの暮らしは、旅に出る前と変わらない穏やかなものに戻った。マーキュリー灯台に火が入ったことで、ヘルメスの水が汲めるようになり、村の人々は皆健康になった。プライの力を求められる機会もぐんと減ったけれど、ハイディア戦士の一人として、マーキュリー一族の当主として、人々から寄せられる信頼は減るどころか募る一方だった。
「…………」
朝起きて、身支度と朝食を終えたら祈りの時間だ。神官として、マーキュリーの灯に祈りを捧げる。村のこと。世界のこと。そして――マーキュリー灯台で再会したまま、行方知れずのアレクスのこと。
(世界は、少しずつ、変わっていこうとしている)
イミル村だけで見れば変わらない暮らしも、もっと大きな目で見れば新しい流れの中に組み込まれようとしている。村は穏やかで、かつての仲間が訪れるほかは大して変化もないけれど、ある時ビリビノの領主マッコイが訪ねてきて隷属を要求した。
マッコイ曰く、マーキュリー灯台を擁するこの地を、自らの管理下に置いておきたいとのこと。イミル村の暮らし自体に過度な干渉はしないことを約束に、メアリィはそれを受け入れ、村人たちもメアリィの決定に従った。
(そうして、わたくしの結婚……)
村に昔から住む青年に、求婚された。メアリィが旅に出る前からずっと、慕っていたのだという。エナジストや戦士としての力は無いが、優しく誠実な彼の求婚を、メアリィは受けるつもりである。一族の力を次代に受け継ぎたい想いがあるからだ。
今朝も、メアリィは祈りを捧げる。村のこと、世界のこと、ビリビノの街のこと、そして――アレクスのことを祈るのは、今日で最後にしようと思う。
(きっとアレクスは……)
ワイズマンは、アレクスは助からないと話していた。祈りの果てに、その言葉を受け入れよう。メアリィは目を開くと、ゆっくりと立ち上がった。今日は青年に、求婚の返事をする日だった。
(心の迷路)(二次創作)
あとでかく