美佐野

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7/30/2024, 6:28:36 AM

(二次創作)(嵐が来ようとも)

 オリーブタウンの南の大地で牧場を営むシャリザーンは、今やいっぱしの牧場主となっていた。たとえば花畑や休憩できる机&椅子、数々のオブジェが並んだ第一エリアは観光農場になっており、かたや第二エリアには広々とした牧草地に家畜たちがゆったりと過ごしている。最奥の第三エリアには馬鹿みたいに広い畑と各種メーカーが並んでいた。
「で、いつ家を建てるんだい?」
 雑貨屋のジャックに尋ねられ、シャリザーンは何度か繰り返した答えを提示する。
「いやあ、もう少し牧場が軌道に乗ったら、かな?」
「もう十分だろ!」
 ジャックが怒ったような呆れたような声で天井を仰ぐ。先に述べた通りの規模まで作り上げておきながら、シャリザーンの家はまだテントのままだった。もちろん、ジャックに伝えた答えは嘘ではないのだ。駆け出しの頃、資金が少しでも溜まれば種を買い、家畜を買い、自分のことは後回しだった。そのうちに、テントで寝泊まりするのに慣れてしまい、今更家を建てるのも、となり今に至る。
 それに――。
「家建てたら、今度は結婚しろとか言われそうでさあ」
 ぽつりと零したこちらが本音だった。
 シャリザーンはとかくモテる男だった。男女問わずとてもよくモテた。ペンダントだってたくさんの人から貰っている。目の前のジャックもその一人。家を建てれば誰かと住めるようになるわけで、これを機に誰かを選ぶような流れになるのが、もう今から面倒なのだ。
「そんなん、俺と大親友になれば済む話だろ」
 ジャックはこともなげにそう言うし、そう悪い提案ではないのだが、他の15人を切り捨てるのも忍びない。そもそも、誰かに嫌われるのが嫌で、角が立たないように振舞っていたらこうなったのだ。結局、嵐が来ようと槍が降ろうと、当分の間はテント生活をズルズルと続けるしかないのだ。それが、芯を持たぬままにモテるだけモテた、ある働き者の末路なのだ。

7/22/2024, 6:25:05 AM

(二次創作)(私の名前)

 陽光届かぬ湖の底、それでも僅かに発光する物質の存在で前後が判る程度の明るさを保持するその場所で、かっぱはいつものように揺蕩っていた。この世界はかっぱの支配領域であり、何者たりともかっぱの意にそぐわぬ行為は行わない。かっぱの想定しない事象も起きない。そんな中、思い返すのは今しがた人間に尋ねられた問いであった。
――ねえ、かっぱくんは、お名前は何というの?
 かっぱは答えるべき名を持たない。そもそもかっぱに名など必要はない。かっぱはかっぱであり、その存在は唯一無二のものだ。そのまま答えたのに、あの人間は首を傾げる。それは人間を人間と呼ぶのと一緒ではないかと。その人間によれば、名は権利であり、最も尊重されるべきものだという。罪を犯し今まさに殺されようとする人間ですら、名はそのまま呼ばれる。
――そりゃあ、呼びたくないって理由で呼ばないことはあるし、何にでも例外はあるけど。
 ちなみにその人間は、誇らしげに、自身の名の由来を話していた。というか、話しているところを聞くのが面倒になって無言で湖の中に戻り今に至るのだ。湖の底は静かで、何の波も立たず、等しく安寧の時間が流れている。毎日のようにきゅうりを落とすからこそ相手もしてやるが、本当にあの人間と共にいると疲れるのだ。たとえこちらが一歩も湖から出ないとしても、あの人間の勢いは止まらない。
(名など、知って、どうする)
 かっぱはかっぱだ。それ以上でもそれ以下でもない。かっぱはそれ以上、考えるのをやめた。また時間が流れ、きゅうりが落ちてきたら水面に上がるだけだ。それを待ちながら、今までのようにこの世界に在り続ける。名が、どうした。この場所にはあの忌々しい女神の声も届かない。それでなお、かっぱの心の中であの人間は何度も同じ話を繰り返す。
「名が、どうした」
 声に出して呟いても、人間の声はやはり消えなかった。

7/2/2024, 9:05:02 AM

(入道雲)(二次創作)

 絵具をそのまま零したかのような青空に、真綿のように真っ白な雲が浮かんでいる。木陰の涼しい場所を陣取って仰向けに寝っ転がっていた牧場主シャリザーンは、一言、呟いた。
「パンティーしたい」
「頭沸いてるのか」
 冷ややかな声が耳に届くが、肝心な姿は見えない。とはいえ、どうせ近くにはいるだろうと踏んで、シャリザーンは続ける。
「つれないな。マイスイートハニーなら、『はっはっは!良き哉良き哉』と褒めてくれるのに」
「おお、そなたこんなところにいたのか」
 イオリがやってきて、シャリザーンの隣に腰を下ろす。冷ややかな声の持ち主は、そのまま音も立てずに気配を消した。近くにいるかもしれないし、いないかもしれない。後者だな、とシャリザーンは判断した。何故ならば、今からイオリと甘々な時間を過ごすからである。
「え、てかハニー、僕を探していたの?」
「うむ。書の整理もひと段落ついたゆえ」
 イオリの顔を下から見るのも乙なものだ。真正面から見ることが多く、次点が横。どの角度から見ても整った凛々しい若君の魅力を余すところなく味わえる。最高だ、と声に出さずに呟く。青い空、真っ白な入道雲、涼しい木陰、愛しい伴侶。大親友の儀を交わして正解だった。
「やっぱこんな晴れた日はパン(のパー)ティーしたいな」
「そういえば、ドウセツから米粉を譲り受けておった」
「コメコ?」
 小麦粉でなくてもパンが焼けるとは初耳だ。降ってわいた有益情報に、シャリザーンは思わず跳ね起きた。イオリによれば、作り方自体もドウセツが教えられるとのこと。
「へぇ!お米パンティー、いいかもね!」
 そうと決まれば善は急げだ。牧場主は、一路、庵を目指して駆け出す。やや遅れてイオリも立ち上がり、後を追った。
「…………」
 あとは、意味のわからない会話をただ聞かされたマツユキが残るのみであった。


6/28/2024, 2:39:43 AM

(ここではないどこか)(二次創作)

カンショとヒモ

 牧場主シャリザーンが死んで季節が二つ過ぎた。
 ロックは動物小屋の入口にあるノートをぺらぺら捲りながら、今日新しく植え付ける作物の種を確認していた。アンバーの月と言えばカンショの種は当然候補に挙がるが、それだけというのも芸がない。確か珍種の種も幾つか残っていたはずだ。中にはアンバーに種まきをするものもあるだろう。
(お館様は、ツルタンのことも苦手だったっけ)
 ツルタンとは、敷地内に暮らすタカクラの家に居候している、喋る植物である。2種類の種を渡すと、それらを掛け合わせた作物の種を出してくれる、生きる品種改良機だった。そういう不思議なもの全般を敬遠していた牧場主に代わり、様々な種を食べさせていたのはロックだった。
「お、ヒモやないか」
 たまにはお喋りするのもいいだろうと、ロックはツルタンに会いに行った。畑仕事は後回しだ。挨拶代わりに、昨日摘んできたハッピーランプの花と、カンショの種をツルタンに食べさせる。吐き出された新しいカンショの種は、季節を問わず育つよう品種改良されていた。
「え、てかこれあれば、冬でもカンショ育てられるじゃん」
 ロックは拍子抜けだ。アンバーの月しか育てられないカンショで作った料理は、シャリザーンの大好物であり、常々、
――アンバーでしか育たないからこそ、余計に価値があるんだよ。
と大真面目で語っていた。殆どの作物は複数の季節に跨って育つわすれ谷において、確かに希少価値があるように思えたのに、まさかいつでも育てられる方法があるなんて。しかも、こんな身近にだ。他方、ツルタンは大笑いしている。
「なんや、そんなことも知らんでハッピーランプくれたんか。さすがヒモやな」
「昨日摘んだんだよ。お館様に見せようと思って」
「えー、じゃあワイが貰ったんはあまりかいな。あんたんとこの主人もアレやけど、ヒモもヒモやなあ」
 時に、とツルタンが切り出す。
「ご主人、元気しとるかい?最近見な……いのはもともとやけど、タカクラはんからも話聞かんし、自分がここ来たんこないだの冬以来やないか」
「あれ」
 ロックは再び、肩透かしを食らう。
「言ってなかったっけ?お館様、死んだよ」
「な、なんやてえええ!!!」
 びっくりした。ロックはもう、とてもびっくりした。もともとツルタンはよく喋るしうるさいが、音量的にもつんざくような声が出るとは、知らなかった。ツルタンは、どうやら大きなショックを受けているらしい。ロックはそれを、不思議に思う。シャリザーンとツルタンは、直接話したのは1回だけだったはず。それこそ、タカクラが買ってきたツルタンを紹介した日だけだ。
「なんや、あいつ、死んだんかいな……」
 目に見えて、蔓がしょんぼり垂れ下がっている。なおもぶつぶつ呟くツルタンに掛ける言葉が見つからず、ロックはそっとタカクラの家を後にした。
(なんか、新鮮な反応だったな)
 ロックは今度こそ、畑に向かって歩き出す。牧場主が亡くなった時のことを思い出した。あの時はすごい騒ぎだったのだ。もっと高齢な人がごまんといるこのわすれ谷で、老年期に足を掛けていたとはいえ、まだ若かったシャリザーンが突然亡くなったのだ。誰もが彼の死を悼み、忍び、ただでさえ静かだった谷が余計に静まり返った。季節が一つ過ぎ、二つ過ぎ、その間に追うように亡くなった何人かを見送るうちに、谷はまた、元の平穏な日々を取り戻しつつあるのだけども。
 牧場主が亡くなったのは周知の事実で、それを知らない存在がいるとは思わなかった。
(そういえば、コロボックルたちも、知らないかな)
 森の大きな木に住む陽気な奴らだ。
(女神さまも……)
 そこまで考えて、ロックはかぶりを振った。少なくとも女神さまは、女神というぐらいだから、知っているだろう。彼女に近しい存在らしいコロボックルも同じだ。つまり、ツルタンが最後だった。
「や、インディゴに出てくるムクムクも知らないか」
 ペッパーの月のうちに奇麗にしておいた畑に鍬を入れ、ツルタンから貰った特別なカンショの種と、元々持っていた普通の種、名前は知らないが何かの珍種の種を植える。今、ロックが手を入れている畑は1枚だ。牧場主が生きていた頃は、3枚もの畑を持っていた。ロックは殆ど手伝わなかったのだから、一人でよくやっていたと思う。そして、家畜も、今よりもっとたくさんいた。今は、シャリザーンがここに来る前からいたというハナコ1頭だけだ。年老いていたから、手放さなかった。彼女が亡くなっても、次の家畜は飼わないつもりだ。
「いいだろ、お館様。ボクだって、年なんだからさ」
 答える声はないけれど、気にならなかった。
 そうして畑の手入れを終えて、畑の隅にある小さな墓石の前に赴く。牧場主から勝手に貰ったリュックの中から、昨日摘んだハッピーランプを出すと、墓石の前に置いた。そして、ここではないどこかの世界に旅立ってしまった人に、語り掛けるのだ。
「てかさ、これとかけ合わせれば、年中カンショ、食べれたじゃん」
 早く言ってよね、という軽口は、秋の風に掬われ消えていった。

6/27/2024, 11:28:28 AM

(君と最後に会った日)(二次創作)


 とうとうグレイは一人前の鍛治師と認められ、正式に祖父の跡を継いだ。修行がひと段落ついたこともあり、たまには両親の元へ顔を出せと言われた。しかしそこに待っていたのは両親だけでなく、子供の頃からの友人たちの姿もあった。久しぶりの再会に、就職祝いも兼ねた食事会が開かれ、酔っ払った知己たちの悪ノリが炸裂、親に遠慮して借りていたホテルの部屋に、彼女と二人きりになったのだ。
 薄暗い照明の下で、その金の髪は黄金のようにさらりと煌めいていた。
 彼女はいわゆるコールガールだ。お祝いなんだから夜も楽しめよ、と友人の笑い声が脳裏に浮かぶ。余計なお節介すぎて、グレイは頭が痛くなった。不幸中の幸いは、彼女は部屋に着くなりベビードール姿にこそなったものの、それ以上は何もしてこない。のんびりと、部屋に置かれた雑誌をぺらぺらとめくっている。その些細な動きにさえ、金の髪は静かに揺れる。
(クレアさん……)
 ふと、脳裏に数年前の日々が蘇った。
 乗っていた船が難破して、ミネラルビーチに漂着したのがクレアだった。行く宛のなかった彼女は、町長の厚意で荒れ果てた牧場の家に住むことになった。誰もがか弱い女の子に牧場主は務まらないし、無理に働かなくてもよいと思っていた。それだけ、彼女は儚げで、放っておけない一面があった。
 一方で、田舎に不釣り合いな美貌はグレイには眩しすぎて、なかなか彼女を直視できなかった。そんなグレイにとって、視界に入る彼女の髪はとても綺麗で、もし天使がいるならまさに彼女のような容貌なのだろうと思った。
 目の前のコールガールは、彼女と同じ髪をしていた。
「触ってみる?」
「!!」
 くるりと振り返って、いたずらっぽい笑みを浮かべられた。顔より下の方、鎖骨や胸元には視線をやらないようにしながら、グレイはその髪をそっと手に取る。とても手触りがよく、きっと丁寧に手入れをしているのだろうと思った。
(クレアさんも、そうだった)
 慣れない牧場仕事に、生傷や泥汚れをいっぱいこさえても、髪だけはいつも綺麗だった。他の人からも、彼女の髪を褒める声はよく上がっていた。いつか、触れてみたいと思っていたが、これがこうして叶うとは、思わなかった。
 どれだけでも触っていられる。だが、グレイは、そっと手を離した。
「……やめよう」
「あら、いいの?それとも、髪じゃなくてもっと別のところも、触ってみたい?」
 あくまで軽く、負担を感じさせない明るさで、コールガールが問い掛ける。グレイがこの手のことに不慣れで、グレイ自身が呼んだわけではないことを、きちんと弁えている。プロだな、とグレイは思った。だからこそ、目の前の彼女にクレアを重ねるのは失礼だ。
「ありがとう。でも、いいんだ」
 眠くなってきた、と嘘を付くと、ベッドを整えてくれた。そういうことをしないでいいのかと尋ねれば、してもしなくても一晩いくらだから気にしないでと微笑まれた。
「あ、でも、ベッド1つしかないから、一緒に寝ていいかな」
「それ、は、もちろん」
 クロゼットにあったガウンを着込んで、セクシーさがなりを潜めると、いよいよ彼女は普通の女の子と変わらなくなった。こちらに背を向けて寝転がっているから、くだんの髪を好きなだけ手を伸ばすことができる。だが、グレイは指ひとつ触れなかった。
(この人は、クレアさんじゃない)
 クレアはもう牧場主ではない。夏だけ来る青年と一緒に都会に行き、彼のお嫁さんになった。クレアに最後に会ったのは、もう何年も前の話だ。


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