美佐野

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6/21/2024, 5:52:29 AM

(あなたがいたから)(二次創作)

 大きく膨らんだ腹の中で、赤子が優しく壁を蹴る。月日が流れ、随分大きくなった我が子に、オワパーはたまらず微笑みかけた。アヤタユ王宮の離れは相変わらず人の気配がなく、しんと静まり返っている。しかし潤沢な水を取り戻た地は緑の命がそこここに芽生えており、湿気を含んだ風はどこか甘い。
「あなたがいるから、わたくし、寂しくはないのよ」
 そっと腹の子に話し掛けると、また、とん、と蹴られた。まるで言葉が判るようで、再びオワパーは微笑む。そんな静かな時間に、割り込むことを唯一許されている人物がふらりと姿を現した。
「おや、その言い方だと、私はもう用済みですか」
「アレクス」
 棘のある言い草なのに、どこか拗ねているような、揶揄っているような響きがあり、オワパーは吹き出した。とあるきっかけで王宮の離れに現れるようになったこの男は、水のエナジストであり、この地に水と潤いを取り戻した英雄であった。尤も、男の存在は秘されており、すべてはオワパーの偉業として知れ渡っているのだが。
 隣に腰を下ろしたアレクスに、オワパーはそっともたれかかる。
「あなたがいたから、わたくしはこうして今、幸せなのに」
「それはそれは。アヤタユの姫君にそう言われるのは、望外の幸せですね」
「本当にそう思っていて?」
「嘘ではありませんよ。多少、誇張はしていますが」
 腹の子は静まり返っている。新たな人物の登場に警戒しているのだろうか。そういえば、弟が腹に触れた時も、この子は同じように静かになる。母親以外はすべからく怖いのかもしれない。
「あなたが怖がる相手ではないのに」
「何か言いましたか?」
「ふふ。この子に話し掛けていたの。この人は悪い人じゃありませんよって」
「ふむ、本当は悪い人かもしれませんよ?」
 本当かもしれないし、揶揄われているだけかもしれないけれど、どっちだっていいとオワパーは思う。そっと触れた手が確かに握り返されて、それだけでもう十分幸せだったのだ。

6/20/2024, 11:24:10 AM

(相合傘)(二次創作)

 ぽつりぽつりと降り出した雨は、あっという間に篠突く雨へと様相を変える。年中雪しか降らないナッペ山で暮らしていると、雨への対策はおざなりになりがちで、結果、グルーシャは立往生を強いられていた。思い返せばこの街に着いた時点で、既にどんよりとした曇り空であった。雨のハッコウシティは、どこか静かに雨音を響かせている。
(参ったな……)
 悪天候時、タクシーも呼べず、打つ手が無くなってしまった。ちょうど休業中のお店の軒先で雨宿りが出来たはいいものの、これ以上何をしようにも動けない。もし今いるのがテーブルシティであれば、たとえば通りがかった知り合いの傘に入れてもらうのも一案だが。
(知り合いなんて、チリさんなんだけど)
「呼んだ?」
「!!」
 心臓が止まったかと思った。声に出していないのに、まさに目の前にチリがいる。だが、どうやら傘は持っていないらしい。なあんだ、とグルーシャは息を吐く。
「傘、持ってたら入れてもらおうと思ったのに」
「えー、相合傘ってやつ?自分、意外と乙女チックなこと言うんやな」
「乙女チックって……下心がないとは、言わないけど」
 雨はまだ降り続いている。結局、ただ軒下の雨宿りが二人に増えただけだ。チリはジムリーダーと打合せがあり、昨日からハッコウ入りしていたと話す。イッシュ地方の学校への特別講師派遣の件だとか。そういえば、グルーシャにも同じ話が来ていたのを思い出す。チリではなく、リーグ職員がナッペ山に打診に訪れていた。
 チリは引き続き、仕事のことからバトル、他愛ないことまでべらべらと喋っている。傘を口実に触れ合うことは出来なかったが、退屈を凌ぐのには十分な成果だろう。知らず知らず、グルーシャは小さく微笑んでいた。

6/19/2024, 9:49:00 AM

(落下)(二次創作)

 シバは落ちていた。地の灯台の頂上から、麓の地面に向かって真っ逆さまに、落下していた。ずっとへりを掴んでいた右手は、もう感覚がない。このままきっと助からないだろうことは、火を見るより明らかだ。だが、シバの心中は静まり返っていた。
 だってこれは、夢なのだから。
 何度か繰り返した、馴染みのある夢だ。そして、これは実際にシバの身に起きた事実の記憶でもあった。恐怖を感じる隙もなく、ただただ落ちていく。ほどなく、誰かが後を追って飛び込んできた気配を感じて、シバは微笑んだ。その人は、愚直にも、真っ直ぐシバとの距離を縮めると、シバの手をぐっと掴んだ――。
(なんだ、まだ暗いじゃないの)
 ちょうど夢が途切れ、シバは目を覚ました。見つけた洞窟で野宿中で、他のメンバーは眠っている。唯一、今日の火の番を買って出たガルシアだけが起きているようだが、よく見ると船をこいでいる。あれでいて、獣や魔物、不届き者の気配を感じればすぐに飛び起きるのだ。本来、周囲の感知力は風のエナジストたるシバの得意分野だが、剣士として鍛えられた彼の感覚はシバを優位に上回る。だが、ひとたび味方であれば。
 シバはつんつんとガルシアの頬を突つく。うたた寝が醒める気配はない。
(やっぱり起きないのね)
 これでも旅を始めた当初は、シバのちょっかいでは起きることがあった。次いで仲間に入ったピカードにも同じことを試してもらったら、やはり起きた。それから長い時間が経った今は、シバもピカードも彼を起こさない。根っこの部分で仲間として迎えられた気がして、密かに嬉しい。
(なんて、これだけあちこち旅をしていて、未だ警戒されるのも嫌だけど)
 夜が明けるまでまだもう少しありそうだ。寝直しても夢の続きは見ないだろう。万一見たとしても、ガルシアに助けられたあの記憶は、決して怖いものではないのだ。

6/18/2024, 7:36:02 AM

(未来)(二次創作)

 ジュピター灯台に火が入り、黄金の太陽現象が起きてしばらくして、世界は様相を大きく変えつつある。過渡期において人々の多くがそうであるように、不安に思い、少しでも先の未来を知りたいと感じる人間は後を絶たない。予知の能力を持つと言われたアステカの民の血を引くハモは、そうした人々の悩みを受け入れる側であった。
 今日もまた、多くの人々がハモの家の前に列を為している。三日に一度と制限を設けているが、その日は相談者目当ての露店も並んだりして、それなりにギアナ村の賑わいに貢献しているのも事実だった。
 相談の内容は他愛ないものだ。今いる家に残るか引っ越しをするか。旅行の予定があるので向こう一か月の天候を知りたい。恋する相手に振り向いてもらうためには。ハモはその一つ一つに丁寧に答えていく。そして少しだけ、予知の結果を添えるのだ。今日の相談者は10名ほどだが、最後尾に並んでいる人物を見て、あら、とハモは相好を崩した。
「ガルシア」
「お久しぶりです、ハモさま」
 何でも、近くまで寄ったのでハモに顔を出そうとしたところ、相談者と間違われ、列に並ぶように言われたのだとか。
「それにしても、すごいですね。ハモさまの予知の力が、こんなにたくさんの人を助けている」
「ふふ。そんな大したものでもないのよ」
 ハモは微笑む。未来は一つではない。ある時点での未来を予知することは出来るが、それはその人の行動一つでいかようにも変わるのだ。たとえば雨に降られると予知して、その日の外出を控えれば、その人は雨に濡れずに済むように。
「そうね、せっかくだし、お茶でもいかが?あなたの話も聞きたいわ」
「俺の話は、面白くないです」
「あら、面白いかどうかは私が決めるわ。あなたはただ、あなたが見て来た今のウェイアードについて、話してくれればいいの」
 ちょうど、二人目の相談者から珍しい茶葉を貰ったところだ。歩き出したハモに、ガルシアは静かについていった。

6/17/2024, 9:46:33 AM

(1年前)(二次創作)

 牧場主クレアは朝から浮足立っていた。
 よく晴れた秋の日、今日はクレアの誕生日である。昨日の夜中から降り続く雨も、クレアにとっては福音だ。何せ広げに広げた畑に水を遣らなくていいなんて、もはや世界が祝福したと言っても過言ではない。降ってわいた空き時間は、部屋の片づけをするのに適していた。とはいえいつもは気兼ねない一人暮らし、とくべつ散らかっているわけでもなし。都合、普段あまり触らない戸棚の整理を始めた途端、それがゴトリと床に落ちてきたのだ。
 古びた腕時計だった。手に取った瞬間、これをクレアに贈った人の顔が思い出された。クレアは、ニヤリと微笑む。これは面白い物を見つけた――。
 背後に何者かの気配を感じる。想定より随分早い到着だ。クレアはとっておきの笑顔を以て振り返る。
「おはよう、かっぱくん」
 クレアは早速、その時計を見せた。
「いいでしょ。他のオトコから貰ったものなの」
「興味がない」
 かっぱの返事はつれない。何事もなかったかのようにすたすたと歩くと、食卓の前に立ち、不思議な力で小さな箱を出す。
「ちぇ」
 かっぱはクレアの夫だった。人ならざる者と結婚し、もう少しで半年。一年前、まだ独身だったクレアはモテにモテた。先程の腕時計も養鶏場の息子からの贈り物だった。クレア自身は、初めてかっぱを釣り上げた日から、彼の虜だった。同じく人ならざる者たる泉の女神が心配するほどに、ぞっこんだった。今日も、自身の誕生日の祝いに来るだろう彼に、ひとつヤキモチを焼かせてやろうと目論んだのに、敢なく失敗。かっぱはいつの間にか姿を消していて(おそらく裏山の湖に帰った)、また一人きりの暮らしに戻ったクレアは、しかしてその小箱の中身に目を見張った。
「わお!」
 よく磨かれたアレキサンドライトの赤い球が嵌まった指輪だ。早速クレアは指輪をはめるといそいそと外に出た。太陽光の下で、それは確かにかっぱの肌の色に輝いていた。

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