美佐野

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(落下)(二次創作)

 シバは落ちていた。地の灯台の頂上から、麓の地面に向かって真っ逆さまに、落下していた。ずっとへりを掴んでいた右手は、もう感覚がない。このままきっと助からないだろうことは、火を見るより明らかだ。だが、シバの心中は静まり返っていた。
 だってこれは、夢なのだから。
 何度か繰り返した、馴染みのある夢だ。そして、これは実際にシバの身に起きた事実の記憶でもあった。恐怖を感じる隙もなく、ただただ落ちていく。ほどなく、誰かが後を追って飛び込んできた気配を感じて、シバは微笑んだ。その人は、愚直にも、真っ直ぐシバとの距離を縮めると、シバの手をぐっと掴んだ――。
(なんだ、まだ暗いじゃないの)
 ちょうど夢が途切れ、シバは目を覚ました。見つけた洞窟で野宿中で、他のメンバーは眠っている。唯一、今日の火の番を買って出たガルシアだけが起きているようだが、よく見ると船をこいでいる。あれでいて、獣や魔物、不届き者の気配を感じればすぐに飛び起きるのだ。本来、周囲の感知力は風のエナジストたるシバの得意分野だが、剣士として鍛えられた彼の感覚はシバを優位に上回る。だが、ひとたび味方であれば。
 シバはつんつんとガルシアの頬を突つく。うたた寝が醒める気配はない。
(やっぱり起きないのね)
 これでも旅を始めた当初は、シバのちょっかいでは起きることがあった。次いで仲間に入ったピカードにも同じことを試してもらったら、やはり起きた。それから長い時間が経った今は、シバもピカードも彼を起こさない。根っこの部分で仲間として迎えられた気がして、密かに嬉しい。
(なんて、これだけあちこち旅をしていて、未だ警戒されるのも嫌だけど)
 夜が明けるまでまだもう少しありそうだ。寝直しても夢の続きは見ないだろう。万一見たとしても、ガルシアに助けられたあの記憶は、決して怖いものではないのだ。

6/19/2024, 9:49:00 AM