(1年前)(二次創作)
牧場主クレアは朝から浮足立っていた。
よく晴れた秋の日、今日はクレアの誕生日である。昨日の夜中から降り続く雨も、クレアにとっては福音だ。何せ広げに広げた畑に水を遣らなくていいなんて、もはや世界が祝福したと言っても過言ではない。降ってわいた空き時間は、部屋の片づけをするのに適していた。とはいえいつもは気兼ねない一人暮らし、とくべつ散らかっているわけでもなし。都合、普段あまり触らない戸棚の整理を始めた途端、それがゴトリと床に落ちてきたのだ。
古びた腕時計だった。手に取った瞬間、これをクレアに贈った人の顔が思い出された。クレアは、ニヤリと微笑む。これは面白い物を見つけた――。
背後に何者かの気配を感じる。想定より随分早い到着だ。クレアはとっておきの笑顔を以て振り返る。
「おはよう、かっぱくん」
クレアは早速、その時計を見せた。
「いいでしょ。他のオトコから貰ったものなの」
「興味がない」
かっぱの返事はつれない。何事もなかったかのようにすたすたと歩くと、食卓の前に立ち、不思議な力で小さな箱を出す。
「ちぇ」
かっぱはクレアの夫だった。人ならざる者と結婚し、もう少しで半年。一年前、まだ独身だったクレアはモテにモテた。先程の腕時計も養鶏場の息子からの贈り物だった。クレア自身は、初めてかっぱを釣り上げた日から、彼の虜だった。同じく人ならざる者たる泉の女神が心配するほどに、ぞっこんだった。今日も、自身の誕生日の祝いに来るだろう彼に、ひとつヤキモチを焼かせてやろうと目論んだのに、敢なく失敗。かっぱはいつの間にか姿を消していて(おそらく裏山の湖に帰った)、また一人きりの暮らしに戻ったクレアは、しかしてその小箱の中身に目を見張った。
「わお!」
よく磨かれたアレキサンドライトの赤い球が嵌まった指輪だ。早速クレアは指輪をはめるといそいそと外に出た。太陽光の下で、それは確かにかっぱの肌の色に輝いていた。
6/17/2024, 9:46:33 AM