(君と最後に会った日)(二次創作)
とうとうグレイは一人前の鍛治師と認められ、正式に祖父の跡を継いだ。修行がひと段落ついたこともあり、たまには両親の元へ顔を出せと言われた。しかしそこに待っていたのは両親だけでなく、子供の頃からの友人たちの姿もあった。久しぶりの再会に、就職祝いも兼ねた食事会が開かれ、酔っ払った知己たちの悪ノリが炸裂、親に遠慮して借りていたホテルの部屋に、彼女と二人きりになったのだ。
薄暗い照明の下で、その金の髪は黄金のようにさらりと煌めいていた。
彼女はいわゆるコールガールだ。お祝いなんだから夜も楽しめよ、と友人の笑い声が脳裏に浮かぶ。余計なお節介すぎて、グレイは頭が痛くなった。不幸中の幸いは、彼女は部屋に着くなりベビードール姿にこそなったものの、それ以上は何もしてこない。のんびりと、部屋に置かれた雑誌をぺらぺらとめくっている。その些細な動きにさえ、金の髪は静かに揺れる。
(クレアさん……)
ふと、脳裏に数年前の日々が蘇った。
乗っていた船が難破して、ミネラルビーチに漂着したのがクレアだった。行く宛のなかった彼女は、町長の厚意で荒れ果てた牧場の家に住むことになった。誰もがか弱い女の子に牧場主は務まらないし、無理に働かなくてもよいと思っていた。それだけ、彼女は儚げで、放っておけない一面があった。
一方で、田舎に不釣り合いな美貌はグレイには眩しすぎて、なかなか彼女を直視できなかった。そんなグレイにとって、視界に入る彼女の髪はとても綺麗で、もし天使がいるならまさに彼女のような容貌なのだろうと思った。
目の前のコールガールは、彼女と同じ髪をしていた。
「触ってみる?」
「!!」
くるりと振り返って、いたずらっぽい笑みを浮かべられた。顔より下の方、鎖骨や胸元には視線をやらないようにしながら、グレイはその髪をそっと手に取る。とても手触りがよく、きっと丁寧に手入れをしているのだろうと思った。
(クレアさんも、そうだった)
慣れない牧場仕事に、生傷や泥汚れをいっぱいこさえても、髪だけはいつも綺麗だった。他の人からも、彼女の髪を褒める声はよく上がっていた。いつか、触れてみたいと思っていたが、これがこうして叶うとは、思わなかった。
どれだけでも触っていられる。だが、グレイは、そっと手を離した。
「……やめよう」
「あら、いいの?それとも、髪じゃなくてもっと別のところも、触ってみたい?」
あくまで軽く、負担を感じさせない明るさで、コールガールが問い掛ける。グレイがこの手のことに不慣れで、グレイ自身が呼んだわけではないことを、きちんと弁えている。プロだな、とグレイは思った。だからこそ、目の前の彼女にクレアを重ねるのは失礼だ。
「ありがとう。でも、いいんだ」
眠くなってきた、と嘘を付くと、ベッドを整えてくれた。そういうことをしないでいいのかと尋ねれば、してもしなくても一晩いくらだから気にしないでと微笑まれた。
「あ、でも、ベッド1つしかないから、一緒に寝ていいかな」
「それ、は、もちろん」
クロゼットにあったガウンを着込んで、セクシーさがなりを潜めると、いよいよ彼女は普通の女の子と変わらなくなった。こちらに背を向けて寝転がっているから、くだんの髪を好きなだけ手を伸ばすことができる。だが、グレイは指ひとつ触れなかった。
(この人は、クレアさんじゃない)
クレアはもう牧場主ではない。夏だけ来る青年と一緒に都会に行き、彼のお嫁さんになった。クレアに最後に会ったのは、もう何年も前の話だ。
6/27/2024, 11:28:28 AM