美佐野

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6/7/2024, 6:44:30 AM

(二次創作)(最悪)

 最悪だ。起きたら8時だった。6時に起きるつもりだったのに。畑に出たら昨日芽が出ていたはずの作物が全滅していた。今日からインディゴの月であることを忘れていた。垂らしていた釣り糸が途切れて勢いのまま川に落ちた。大きな魚が掛かっていたのに。どうにか自力で這い出したところをセピリアに声を掛けられたまではよかった。彼女の厚意に甘え農場にお邪魔したタイミングで社会の窓が全開であることに気付いた。
 最悪だ、最悪だ、最悪だ。
 僕のドジは今に始まったことではないが、ここまで連続になるのは流石に初めてだ。
「あーはっはっは!アンタ、ホントにドジなんだねええ!」
 挙句、ベスタがもう堪えきれないとばかりに大笑いしている。セピリアは乾いたタオルを渡してくれたがちょっと動きがぎこちない。そしてマッシュ、先ほどから僕をしきりに睨んでくる。恥ずかしいやら申し訳ないやら居た堪れないやらで、僕の感情は先ほどからフル回転だ。
「話には聞いてたけど、どうせホラだろうと話半分だったんだよ。でも今日のアンタを見ると、あながち嘘でもなかったね!」
「それはまあ、僕がどんくさいタイプなのは認めるけ……いやちょっと待って、誰から聞いたんですか」
「ロック」
「やっぱり!」
 僕は天を仰いだ。ロックというのは宿屋の放蕩息子なのだが、一日中遊び歩いているせいか、僕のやらかしに出くわす頻度も高い。まあ、あいつに助けられた場面もあるから大手を振って否定はしないが……だからと言って言いふらすなよドラ息子。
 ベスタが淹れてくれたコーヒーを啜って身体を温める。砂糖とミルクが入っていて、仄かに甘いのが心に優しい気がする。それにしても、どうして今日からインディゴだってのを忘れてたんだろう、僕。季節が変わったら、その季節に合わない作物は枯れるのは牧場主としての常識なのに。
 ああ――最悪だ。

6/6/2024, 11:52:36 AM

(二次創作)(誰にも言えない秘密)

 父の友人であるタカクラが管理する牧場用地にやってきたシオンは、いわゆる新米の牧場主だ。
 インディゴの月10日、ようやくわすれ谷に到着したシオンは、早速、タカクラに連れられて谷中を回った。年末で、かつ雪が降っていたこともあり、皆家にいてくれた。お陰様でシオンはスムーズに自己紹介を終えることが出来たのだが、その胸に去来するのは、言葉に出来ない懐かしさであった。
(セピリア、マッシュ、ベスタさん)
(ロマナさん、ルミナちゃん、セバスチャンさん)
(ガリさんに……ニーナさん!)
 とうの昔に亡くなったはずの彼女が元気に歩いている姿を見られて、ひととき胸がじんとするシオンである。同時に、あと一年と少しで彼女とまたお別れしなければならないのだと思うと、今から寂しくなってくる。今度は、もっと、彼女を気に掛けて、お話をして、親切にしてやろうと心に決めた。
 牧場用地に戻って来て、それまで最低限の会話しかしなかったタカクラがシオンを振り返る。
「どうだったか、わすれ谷は」
「いい人ばかりで、仲良くなれそうです」
 シオンの素直な答えに、タカクラは満足そうに頷いた。
 明日になれば春になる。パーモットの月、ほぼ未開拓の敷地に、何を植えようか。シオンは考えを巡らせる。最初からいる牛を可愛がりつつ、ミルクが多く産出されるうちにある程度の資金をためて――そうだ、今回は誰を選ぼうか、とシオンは微笑んだ。
 シオンには、前世の記憶がある。右も左も判らぬまま、父の古い友人を頼ってわすれ谷に来て、がむしゃらに牧場仕事に打ち込んだ。遊びも恋愛も後回しだったが、何故か結婚を強く望むタカクラの根回しもあり、セピリアを花嫁に迎えた。子供もでき、それなりに充実した人生だったが、彼女には悪いことをしたという罪悪感は残り続けた。そんな折、何の因果か記憶を持ったまま生まれ変わり、今に至るのだ。
(このことは誰にも話すつもりはないけれど)
 明日からのリスタート人生が楽しみなシオンであった。

6/4/2024, 5:27:25 AM

(二次創作)(正直)

「まず起きたのがお昼前だったでしょー。シオンいなかったから冷蔵庫にあったものを適当に食べてー、腹ごなしの散歩してたらバァンさんが露店開いてたから冷やかしてー、ちょうど通りがかったルミナちゃんからお茶に誘われたからお屋敷行ってー、次はケセランさんのところで遊んで、お腹空いたからいったん帰って来たところだよ」
「ダウト」
 シオンはロックの陳述を一刀両断した。
「ダウトって、別にボク嘘言ってないけど」
 ロックはあどけなく首を傾げている。シオンはそれをスルーして、事件の本質を突くことにした。
「僕は、君が、パウンドケーキを食べたんだと睨んでいる。正直に、白状しろ」
 それは昨日の出来事。不甲斐ない息子を貰ってくれてありがとうと、直々にテイとルウ夫妻が牧場を訪ねてきた。当然ロックはその時間帯は家で寝ていたわけで、仕事の手を止めて応対したのはシオンである。お礼に、とルウが差し出したのは、彼女お手製のパウンドケーキだ。妙にオレンジがかっていると思えば、何とカボチャをふんだんに使っているらしい。わすれ谷ではなかなか手に入らない野菜の名前に、俄然嬉しくなったシオンは、間違ってもロックに食べられないようにとそれを冷蔵庫に仕舞ってから、仕事を再開した。
 思いのほか仕事が忙しく、お昼ご飯がやや後ろにずれこんだシオンは、それでもわくわくした気持ちで冷蔵庫を開けた。そうしたら、まあ見事に、パウンドケーキだけ無くなっている!
「だってシオンのだって思わないじゃん」
 ロックは口を尖らせている。
「ちょうど美味しそうな料理があったら、そりゃ食べるよね。大体ケーキだなんて判らなかったし」
 微塵も反省の色はない。確かに名前を書いていなかったが、ここはシオンの家なのだ。なんじょう自宅の冷蔵庫の中身にいちいち記名するものか。とはいえ、ロックを責めても結果は変わらず、今はただ幻となったパウンドケーキの味を夢想するだけであった。

6/3/2024, 6:01:45 AM

(二次創作)(梅雨)

 この村は今日も雨だった――なんて言うと多少はサマになるかもしれないが、残念なことに、昨日も一昨日もその前も雨で、空模様を見るに明日も明後日もその次もきっと雨だ。何故ならば、今は6月だからである。
 畑の水やりは要らないし、田んぼの稲たちは嬉しそうだ。犬は暇に耐えかねて外に遊びに出ている。この季節の雨は生ぬるいとはいえ、長らく当たっていれば風邪の一つ引きそうだが、今のところ元気だった。猫?あいつは家の中を飛んだり跳ねたり走ったりしているね。
 で、犬や猫と同じぐらい暇だった僕はというと、傘作りにチャレンジしていた。しばらく前に材料を買ったきり、手を出せずじまいだったのだ。
「よし、出来た」
 挑戦してみると拍子抜けするほど簡単に出来上がってしまった。
 番傘、もしくは和傘と呼ばれるジャンルの傘だが、蝋がたっぷり塗ってあるので今日ぐらいの雨なら簡単に弾いてしまう。ただ、やや大きすぎて、たとえば作業のおともに使うには少し邪魔になりそうでもある。
 そうだ、行商のおばあさんにプレゼントしたらどうだろう。
 いったん思いついてしまうと、何故今までそれを考えなかったのか不思議になるぐらいだ。農作に必要不可欠な種、苗はもちろん、苗木、紙、果ては海水まで仕入れて売ってくれる、僕の生活に欠かせない大事な人だ。そしておばあさんは、いつも、雨でも雪でも傘もささずに僕の家に通ってくれている……。
 本当は、おばあさんが座っているベンチに、上手い具合に屋根が付けられればよかったんだけど、僕は流石に大工ではないからなあ。うっかり弱い組み方で、台風の日に倒れておばあさんに覆いかぶさってきたら大惨事だ。でもこの傘ならば、範囲は広いし、軽いし、扱いも簡単だ。
「おばあさん、喜んでくれるといいけど」
 傍らに潜り込んでいた猫が、にゃあと鳴く。

5/31/2024, 7:55:08 AM

(二次創作)(「ごめんね」)

 かくして牧場はかつての姿を取り戻す寸前まで立て直された。誰もが、たった一人でこれだけの仕事を成し遂げた青年を褒め称えた。実際、よくやったと思う。建物だけはどうにか維持してあったが、大地は荒れ放題で、長らく手入れされていなかった農具はボロボロだ。足の踏み場もないほど散らかったその荒れ地に、青年は根気よく鍬を入れ、種を蒔き、作物を育てて収穫した。ある程度資金が溜まれば牛や羊たちを飼うための牧草地を作り、実際に数々の家畜を迎え入れた。世代交代も順調で、愛情深く育てられた彼女たちは質の高いミルクや羊毛を産出するようになった。
 青年の名は、ピートといった。
「誰がどう見ても、立派な牧場だ」
 ピートは一人、そう呟いた。本当に、自分ひとりでよくやったと思う。ちょうどすり寄ってきたアンゴラウサギの頭を撫でた。もふもふの手触りは最高だが、アンゴラウサギが暮らしている小屋を考えると、いつも、あの鶏のことを思い出すのだ。
牧場主になりたての頃、右も左も判らなかったピートは、それでもようやく貯めた資金で鶏を買った。初めての家畜に舞い上がり過ぎたのか、餌やりを忘れてしまい、結果、病気になって死んでしまった。あれ以来、鶏だけは飼う気になれず、今に至っている。
(ごめんね、なんて、謝って済む問題じゃないよな)
 誰もピートを責めなかったが、だからこそ余計に心にずんと沈んだまま、今も変わらない。きっとこの先、鶏を飼うことは二度とないんだろうなと思いながら、ピートは目についた雑草を引き抜いた。
 感傷に浸っている場合ではない。 たとえば家畜一匹一頭ずつ、期限が悪くないか、体調を崩していないか声掛けをしていく。ついでにブラシもかけて、ミルクやウールがとれる個体からは収穫も。次は育った牧草を刈り取って飼い葉にして、一方では畑の水やりと種撒きもしたい。そう、今日の仕事はまだまだたくさん残っているのだ。

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