美佐野

Open App

(二次創作)(誰にも言えない秘密)

 父の友人であるタカクラが管理する牧場用地にやってきたシオンは、いわゆる新米の牧場主だ。
 インディゴの月10日、ようやくわすれ谷に到着したシオンは、早速、タカクラに連れられて谷中を回った。年末で、かつ雪が降っていたこともあり、皆家にいてくれた。お陰様でシオンはスムーズに自己紹介を終えることが出来たのだが、その胸に去来するのは、言葉に出来ない懐かしさであった。
(セピリア、マッシュ、ベスタさん)
(ロマナさん、ルミナちゃん、セバスチャンさん)
(ガリさんに……ニーナさん!)
 とうの昔に亡くなったはずの彼女が元気に歩いている姿を見られて、ひととき胸がじんとするシオンである。同時に、あと一年と少しで彼女とまたお別れしなければならないのだと思うと、今から寂しくなってくる。今度は、もっと、彼女を気に掛けて、お話をして、親切にしてやろうと心に決めた。
 牧場用地に戻って来て、それまで最低限の会話しかしなかったタカクラがシオンを振り返る。
「どうだったか、わすれ谷は」
「いい人ばかりで、仲良くなれそうです」
 シオンの素直な答えに、タカクラは満足そうに頷いた。
 明日になれば春になる。パーモットの月、ほぼ未開拓の敷地に、何を植えようか。シオンは考えを巡らせる。最初からいる牛を可愛がりつつ、ミルクが多く産出されるうちにある程度の資金をためて――そうだ、今回は誰を選ぼうか、とシオンは微笑んだ。
 シオンには、前世の記憶がある。右も左も判らぬまま、父の古い友人を頼ってわすれ谷に来て、がむしゃらに牧場仕事に打ち込んだ。遊びも恋愛も後回しだったが、何故か結婚を強く望むタカクラの根回しもあり、セピリアを花嫁に迎えた。子供もでき、それなりに充実した人生だったが、彼女には悪いことをしたという罪悪感は残り続けた。そんな折、何の因果か記憶を持ったまま生まれ変わり、今に至るのだ。
(このことは誰にも話すつもりはないけれど)
 明日からのリスタート人生が楽しみなシオンであった。

6/6/2024, 11:52:36 AM