美佐野

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5/29/2024, 6:56:55 AM

(二次創作)(半袖)

 牧場主エイジは蕩けていた。
「あーつーいーーーー」
「そうだろうね」
 道具屋のクレメンスが苦笑いをしている。
 珍しくも三日間絶えず振り続けた雨は、今朝ようやくやみ、久しぶりの陽光が差し込む。しかし湿った大地と空気は重く、太陽に温められたせいで却って肌にまとわりつく。確かに夏の月まであと数日と言ったところだが、この湿度と温度はヤバいのだ。
「もう半袖にしちゃえばよかったああぁぁ」
「急に暑くなったもんな」
「というか、クレメンスさんは暑くないんですかぁぁぁ」
 エイジの視線はクレメンスがいつも着ている作業着に注がれた。僅かに色味の違う作業着が何着かあって、それらを着回しているのは知っているが、そういえばそれ以外の服装を見たことがない、とエイジは気付いた。いつも似たような服を着ているのはエイジも同じだが、こちらは単に懐が寒いせいで服まで資金が回せないだけだ。この街で道具屋を営むクレメンスは、まさか貧乏ではないだろう。
「オレは雪国の出身だから……」
「出身だから?なに?クレメンスさん」
「下手に半袖になると、一日で日焼けしちゃうんだよ」
 夏にバイクの修理やメンテナンスをするとき以外は、特に困らないらしい。暑いのは確かだが、下手に半袖にして日焼けした方が後で熱が出たり腕がヒリヒリ痛んだり大変な目に遭う。
「僕の知らない世界だ……」
「そりゃあ、君がすぐ日焼けするタイプだったら、牧場主は無理だろ」
 クレメンスの言う通りだ。エイジは日焼けするまでもなく肌が黒い方で、特に困ったことはない。いや、あったな、とエイジは手をぽんと打つ。
「僕、半袖全く持ってないんだよね」
「さっき、半袖にしちゃえばって言ってなかったっけ?」
「あれは言葉の綾。実際は買うところからなんだよね」
 そうと決まれば、さっさと行動だ。ここに来る前に見た財布の中身は1,000Gしかなかったが、もしかしたらあと1,000Gぐらいあるかもしれない。儚い希望を胸に外に向かう牧場主を、クレメンスは静かに見送った。

5/18/2024, 12:40:26 PM

(二次創作)(恋物語)

 世界には必ず運命の人がいて、いつか出会うことができれば恋に落ち、結ばれ、幸せになれるなんて、一体誰が決めたのだろう。恋物語は千差万別で、作り物の世界ですらハッピーエンドとは限らないのに、なぜ幸せになると言い切れるのだろう。
(なんて、ちょっとヒロイックに考えすぎよね)
 クレアはぴょん、と勢いを付けてベッドから起き上がった。
 小さい頃、まだ元気だった祖父と共に過ごした牧場を忘れられなかったクレアは、一念発起して牧場主になった。幸いかな、大きな失敗もなく、いっぱしの牧場主と呼ばれる程にはなった。街の人々はみんないい人ばかりで、クレアと仲良くしてくれる。平穏で穏やかな日々がゆったりと重なっていく。
 それでも、皆それぞれの人生があり、次のステージに進むこともある。まさに今日がそうで、クレアの脳裏には幸せそうな花嫁の笑顔がこびりついていた。
(ドクター、ちょっといいなって、思ってたんだけどな)
 ドクターは、看護師のエリィと結婚した。クレアは彼とちょくちょく話していたし、思い切って冬の感謝祭にチョコを渡したこともあった。一度、星夜祭に呼ばれた時なんて、ガラにもなくドキドキしたものだ。
「ま、結婚とか恋愛とか?正直、私には縁遠いものだけど?」
 大きくなった自宅に独り言がこだまする。仕事は軌道に乗り、人付き合いも悪くないのに、クレアはひとりぼっちだ。もしかしたらドクターが運命の人かも?なんて思ってたのに、そのささやかな期待も完全に打ち砕かれた。
(何よりも、そんなにショックを受けてない私がいる)
 このまま恋の一つも知らず、独り身のまま生きていくのか。えも言われぬ寂しさを感じ、クレアは頭を横に振る。こんなセンチメンタルな気分を振り払うために、今日はもう寝てしまおう。何、明日になればまた、仕事がいっぱい待っているのだ。

5/13/2024, 5:44:22 AM

(忘れられない、いつまでも)(二次創作)

 今まで数多の牧場主がこの土地に来て、様々な人生を送り消えていったのを、女神はずっと見ていた。ミネラルタウンは彼女の箱庭であり、愛すべき小さな世界である。女神の姿を見、その声を耳にできる人間は牧場主を除き皆無だが、女神の愛は牧場主含め街の人間すべてに惜しみなく注がれていた。
 それは、昨日まで降り続いた雨がやみ、まだ雲の残る空に綺麗な虹の掛かった春の終わりのことだった。女神はその日、マザーズ・ヒル中腹の湖の中にいた。
「こんな日は、どうしても思い出しちゃうわねえ」
「…………」
 相対するはかっぱ、もう一人のこの地の神である。但し、女神と異なり、人間をはじめとした他者に一切の興味を抱かない存在でもあった。
「ねえ覚えてる?あなたと絶対結婚するんだって息巻いてた子がいたじゃない」
 かっぱはふい、とそっぽを向くと、泉の底の方に泳いでいった。つまんないの、と呟く女神の目は笑っている。そう、その牧場主は、今まで出会った牧場主の中で一番奇抜な人間だった。
 牧場に来た初日にかっぱを釣り上げ、かっぱに一目惚れをしたらしい彼は、毎日湖に通いながらもかっぱに認められるべく奔走していた。出荷できるものは全て出荷し、全種類の坂を釣り上げ、かっぱの秘宝だって手に入れた彼を、かっぱは全く気にしないままに年数が過ぎていく。そうして6年目になり、かっぱへの結婚が教会で許された日、その牧場主は、街の娘と結婚した。
 妥協なのかもしれない。娘の一途な想いに負けたのかもしれない。とにかく、その日から彼は、二度と湖の前に現れることはなかった。それどころか、泉にすら足を運ばない。別に、女神は彼の決断を非難するつもりはなかったのに。
(家畜を極めた牧場主、大農場を作り上げた牧場主、まったく何もせずに寝てばかり過ごしていた牧場主、街の若者全員と恋人になった牧場主、いろんな牧場主がいたけれど)
 女神は思い出して笑う。
(虹を見上げたまま寿命を終えたあなたが、一番面白かったわ。かっぱちゃんを振り回したあなたが、ね)

5/9/2024, 7:05:33 AM

(二次創作)(一年後)

 敷地の半分は見渡す限りの広々とした牧草地で、何頭もの牛、羊、アルパカたちがのびのびと歩き回っている。特に牛は、コーヒー乳牛、フルーツ乳牛、イチゴ乳牛と色もカラフルで、絶対数も多く賑やかだ。他方、敷地のもう半分はそれはそれは立派な畑で、季節の作物に花、刈り取り用の牧草が生き生きと育っていた。動物小屋も鶏小屋も、何なら自宅さえ大きく立派な建物に増築済みで、自宅を出てすぐのところには様々な果樹が植わっている。さて道具箱を開けばすべてがミスリル鉱石で鍛えられた農具たちが詰まっていた。
「これをたった一年で成し遂げるって、我ながら恐ろしい才能ね……」
「全くだ」
 牧場主クレアの呟きに、隣に立っていたブランドンは重々しく頷いた。
 クレアがミネラルタウンの牧場にやってきて1年と少しが経った、2年目春の月7日。
 この日、クレアはブランドンに牧場を案内していた。昨日挙式したばかりで、これから二人の生活が始まるので牧場のことを知ってもらうためだ。そうして一通り回って、今に至る。
「暇があれば俺に会いに来ていたような気がしたんだが……」
「落とすまではね」
 クレアはけろりとしている。彼女のブランドンへのアタックは凄まじく、それこそ毎日どこにいてもブランドンを見つけては彼の好きそうなものを貢ぎ続けた。そして秋が始まって間もなく、ブランドンが彼女に完全に惚れたところで、その訪問がぱたりと止んだ。一過性の遊びだったんだろうか、と訝しんだブランドンに、ある日いきなりやってきたクレアは、青い羽根を差し出した。
「キミ、本当に俺のこと、好きなのか?」
「興味が無ければ結婚なんてしないわよ」
 少なくともその言葉に嘘は無さそうだが、一般的な恋情があるかどうかはいまいち見抜けなかった。とはいえ、ブランドンは彼女に惚れてしまったし、一生を共にする約束は交わしたのだ、細かい点は目を瞑ることにする。極端な言動を時折見せるクレアが、刺激的かつ魅力的な女性であることは変わりがないのだ。

5/7/2024, 10:09:54 AM

(二次創作)(君と出逢って)

 幼い頃から医学、特に薬学に興味があった私は、まるで決められたレールを進むが如く医者になり、ウェスタウンに医院を開いた。幸いにも私を頼る患者は多く、医者として、的確な判断と医療行為、アドバイスを続けてきたつもりだ。合間に薬学の研究をしつつ、私の人生は十分に充実していたのだ。大きな不満もなく、大それた目標もなく、ただ静かに知識と経験の積み重なる日々を送っていた。
 そこに、君が現れたのだ。
 失礼ながら、はじめ、うら若い女性が一人であんな広大な荒れ地で牧場を経営するなど到底無理だと考えていた。だからこそ、君が怪我をすれば心配だったし、医者として出来る限りのサポートはしてきたつもりだ。
 まさか君が私を異性という意味で好きになるとは思っていなかった。
 私は恋愛には全く興味がなかったが、君のことは前々から気にしていた。君が望むなら、と私は君の求婚を受けたわけだが、今では、君と出会ったことで人生が変わったと思っている。君との間に生まれた息子は可愛いし、誰かと共に一生を歩むのは、存外悪くなかった。
 ただ一つ、デメリットがあるとすれば――別個の人間が人生を共にしたとして、高確率でどちらかは遺されてしまうということだ。あんなに元気で、怪我は頻繁だが病気一つしない君が、私より先に逝くとは思わなかった。君、まだ孫の顔だって見ていないではないか。
 君がいなくなってからの暮らしは、随分と静かだ。だが、思うに、遺していく方でなかったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。もし私が先に逝ってしまえば、君は私以上に私の不在を悲しむだろう。
 さて、君がいなくなってから今日でちょうど一年だ。君が楽しみにしていた初孫は、どこか君の面影を残した女の子だった。息子も、奥さんとうまくやっているようだ。彼らのこれからを見守りながら、私はいつか君と再会できる時を待つとしよう。
「また来るよ。……ナナミ」

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