美佐野

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5/5/2024, 12:03:14 PM

(二次創作)(耳を澄ますと)



 耳を澄ますと、規則正しい寝息が聞こえてくる。清潔なベッド、小さな机に飾られた可愛らしい花、風に揺れるカーテンは外からの光を和らげ、室内に確かな安らぎをもたらす。4人部屋が都合よく空いていたのも幸運だった。
「メアリィ」
 眠る少女の名を呼んで、アレクスは一息ついた。
 エレメンタルの灯台に火を灯す旅の途中、立ち寄ったトレビの街は、コロッセオ開催に沸き立っていた。共に旅をしているサテュロスたちは、既にゴンドワナ大陸に向かっている。アレクスも当然付いていく予定だったが、メナーディが仕留め損ねた魔物の一撃を凌いだ際に食らった毒が、身体から抜けきらない。もう一日、休を休めようと単身この街に戻ってきたところで、ちょっとした騒ぎに出くわした。
 どうやら、誰か往来で急に倒れたらしい。本来なら気にも留めない事件だが、たまたま、その倒れたのがアレクスの同郷の少女メアリィであった。あわあわと焦る住民の間をすり抜け、意識を失ったメアリィを抱き上げる。どこか彼女を休ませるところを、と群衆に尋ね、今の宿屋を紹介された。団体の止まり客が急遽旅立ったらしく、タイミングがよかった。メアリィには他に連れが三人おり、リーダー格の少年ロビンの名をあげて、見かけたらここにメアリィがいると伝えてもらうことになっている。
「というか、何故こんな大きな街でバラバラに行動してるんですか……」
 お陰様で、つい手を差し伸べてしまった。よりによってメアリィ相手に、と息を吐く。お人よしは自分の持ち味ではなく、むしろガルシアやジャスミン達の役目ではあるが、いずれにせよ関わってしまった以上今更である。と、部屋の扉が遠慮がちに叩かれる。ロビンが到着したのかもしれないと腰を浮かした瞬間、扉が開き、入ってきたのはこの宿の女将だった。手に、すりおろした林檎を持っている。
「その子、熱があるんだろう。もし目が覚めたら、食べさせてやってくれないかい?」
 擦りたてのようで、まだ色も変わっていない。少量の塩水を混ぜてあるので、しばらくはこのままのはずだと女将が教えてくれた。アレクスはそれをありがたく受け取る。メアリィもそろそろ目を覚ますだろうか。
 トレビに戻ってきて、そこここで耳にしたのはカラゴル海での航海の話だ。アレクスたちも、話題になっている便の一つ前に乗っていたが、たまに取るに足らない雑魚魔物が襲ってくる以外は問題はなかった。他方、メアリィたちも乗っていたらしいその便は、海の怪物クラーケンが直々に襲い掛かったり、度重なる魔物の襲撃でオール漕ぎたちが犠牲になったり、そのせいで素人がオール漕ぎを代わり進路が狂ったり、散々だったらしい。
「それは、さぞ疲れたでしょうね」
 眠るメアリィにそっと話しかける。他に、乗り合わせた年若い少年少女4人組の戦士が、不思議な力でクラーケンを倒したり、立ち寄った島の安全確認をしてくれたりと活躍したことも聞いている。間違いなく、それはロビンたちだった。
 メアリィが小さく身じろぎをした。姿を消すべきとは思うが、見知らぬ場所で一人では心細いだろう。なに、灯台でのことを訊かれたら姿を眩ませようと決めたところで、メアリィの目が開いた。状況が呑み込めないのか、視線があちこちに彷徨っているようだ。何も言えないでいる彼女に手を翳し、プライのエナジーを発動する。見慣れた蒼の光が彼女の身体に吸い込まれていった。
「ア、レクス……?」
「あなたは、倒れたんですよ、メアリィ。街中でいきなり」
 まだどこかきょとんとしている彼女の前髪を、そっと撫でる。そういえば昔、師と暮らしていた頃、幼いメアリィに対して同じことをよくしていた。本当は、彼女にこんなところで会うつもりはなかったのだが、倒れた彼女を拾い上げてしまったのも自分だ。視界に、先ほど女将から貰った林檎が見える。アレクスはメアリィの身体をゆっくりと起こすと、手ずから林檎を食べさせてやった。これも、昔、何度かやったことだ。幼子はちょっとしたことで熱を出す。置いてきた日々が、懐かしい。
「…………」
 メアリィが、こちらをじっと見ている。その目は僅かに潤んでいる。感情が泣かせようとしているのではなく、単に熱が残っているのだろうと判断した。彼女の額に触れれば、やはり熱を持っている。癒しの力はメアリィに比べればどうしても劣るとアレクスは自覚していた。水のエナジーの総量は、こちらの方が上ではあるが、何事にも向き不向きはある。追加でプライを唱えてから、彼女を再びベッドに押し倒す。
「アレ、クス、……」
 何度も、名前を呼ばれた。マーキュリー灯台でのことを訊きたいのかもしれない。アレクスは何も聞かなかったことにして、彼女の手を握ってやった。ベッドに腰掛けると、ゆっくりと、優しく、安心させるように、語り掛ける。もう少し眠るようにと。少なくともロビンたちが来るまでは傍にいてやるからと。
(どのみち、この街には休養のつもりで戻ったのだ)
 サテュロスたちは今頃ゴンドワナ大陸に着いただろうか。不思議な竜巻が発生したというスハーラ砂漠には挑んだだろうか。あの地は、風のエナジーをぶつけて竜巻を打ち消すか、水のエナジーで砂を洗い流して元凶の魔物をあぶりだすかしか突破する方法はない。それに、気付いた頃だろうか。
 メアリィから、再び規則正しい寝息が聞こえ始める。それを確認してからアレクスも目を閉じた。繋いだ手から熱が伝わる。取り敢えず状況が落ち着くと、それまでなりを潜めていた気分の悪さがぶり返してきた。原因はメアリィと異なり発熱でも疲労でもないが、明日までゆっくり時間を掛けて身体を癒す必要があるのはアレクスも同じだった。
 どれぐらい経っただろうか。部屋の扉がノックされ、アレクスは目を開く。食器を下げに来た女将か、もしくは伝言を受け取ったロビンのどちらかだろう。どうぞ、と声を掛けると、扉が開く。果たして、姿を現したのは、金髪で背の低い杖を持った少年戦士だった。
「おや、あなたはロビンの……」
「イワンです」
 より効率的に宿探しをするため、ロビンもジェラルドも別々に行動しており、最初に伝言を受け取ってここに来たのはイワンだけだったようだ。なるほどメアリィが一人だったのはそういう理由か。
「あなたは、アレクスでしたね」
「覚えていただき光栄ですよ」
 メアリィはまだ眠っているが、仲間が来たのなら自分の出番は終わりだ。メアリィにも、ロビンたちが来るまでは、と言った。アレクスは立ち上がる、瞬間、少しだけ身体がふらついた。イワンが、じっとこちらを見ている。
「私はこれで」
 何も無かったかのように部屋の扉まで歩いたところで、イワンに呼び止められた。
「待ってください」
 せっかくメアリィをやり過ごしたのに、とアレクスは思う。何故灯台を灯したのかは話すつもりはない。というより、エレメンタルの灯台を灯すこと自体が目的で、他に話すべき事柄はない。さてイワンは、持っていた荷物を探り、ややあって小さな紙を、アレクスに差し出した。乾いた薬草か何かが挟まっている。
「昔、ハメット様から貰った薬です。たいていの魔物の毒に、よく効くそうです」
「……?」
「目立った外傷はプライで治しているようですが、どこか動くのがきつそうに見えたので……でも動いてはいるので、麻痺ではなく毒であると考えました」
「…………」
 なるほど風のエナジストならではの慧眼、もしくは観察力ということか。エナジーを発動した気配は感じなかったから、リードは使っていないはず。その鋭さに興味はあるが、尋ねるのはまた別の機会でよい。それに、彼がいるならこの後も、ロビンたちはサテュロスたちを追ってこれるだろう。
(優れた戦闘力を持つジェラルド、状況の観察と把握の力に長けたイワン、癒しの力を持つメアリィ、そして――彼らを率いるロビン)
 メアリィがイミル村を出たのは意外だったが、彼らとならそう危険な目には遭うまい。あるいは旅の果てに、サテュロスとメナーディを圧倒する日も来るかもしれない。何より、
(彼らと一緒であれば、メアリィも大丈夫でしょう)
 アレクスはイワンから薬を受け取ると、今度こそ身体を休めるため、その場を後にした。

5/4/2024, 11:56:37 AM

(二次創作)(優しくしないで)



 イミル村とは全く違う人の多さに、視界がくらりと揺れた。
 イカの魔物に襲われたり、進路が傾き小さな島に上陸したりと、散々だったカラゴル海の航海をどうにか終えて、ようやく辿り着いたトレビの街は、コロッセオの真っ最中だった。ロビン、ジェラルド、イワンと一時別れ、メアリィは空いている宿屋を探しているところだった。
「っ……」
 身動き取れないほどではないにしろ、故郷とは比べようもない程賑やかだ。次から次に、目が滑る。早く宿を見つけてしまいたいのに、これではどれだけ時間が掛かることやら。コロッセオを見にきた人、参加しにきた人、そういった人々を相手に商売をしようと集まってきた人。年齢も性別も職業も違う多様な人々の塊。やや気温も高い気がする。メアリィは、一旦近くのベンチに腰を下ろした。息をゆっくりと吸って、吐いて、気持ちを落ち着かせてからもう一度、人々に視線を戻す。
 その中に、見覚えのある、水色の長い髪を見かけた。
「アレク、」
 そんなわけがないのに、メアリィは思わず立ち上がった。その人が消えた方向に、急いで向かう。その瞬間、踏み出したはずの足から急に力が抜けて、バランスを崩す。どうにか身体を捻って、石畳に顔をぶつける事態は防いだが、代わりに周りから悲鳴とどよめきが湧き上がる。
「おい、嬢ちゃん大丈夫か!?」
「アンタ、顔色が悪いよ!」
 大丈夫です、と答えたはずの口は何も発さず、まるで吸い込まれるように意識が薄れていく。急に倒れてしまった少女に、周りの人々はいよいよ色めき立った。

 次に目を覚ました時、メアリィはどこかのベッドに寝かされていた。ゆっくりと目を開いたはずなのに、視界がまだ揺れている気がする。
 覚束ない体と裏腹に、意識ははっきりしていた。
 あの時見た、あの水色の長い髪。あんな色の髪の人間なんて、マーキュリー一族以外にいない。そしてメアリィは、自身以外にあの色の髪の人物を、一人しか知らなかった。
(アレクス……)
 メアリィはマーキュリー灯台を守る使命を背負う代わりに水を自在に操る力と癒しの祈りの力を持つ、マーキュリー一族の少女だった。今や数えるほどしか残っていないこの一族であったアレクスは、かつてメアリィの父に師事していた。父が亡くなった後不意に姿を消した彼と、再開したのがマーキュリー灯台の頂上にて。
 彼が、一族の使命に反し、灯台に火を灯す手助けをしていたと知ったのも、その日だった。
(アレクスがトレビにいるはずがないのに)
 アレクスが与するサテュロス一行を追う旅をしているメアリィだが、彼らは自分たちより前の船便に乗っていたと知っている。
 目を閉じたまま、そんなことを考えているうちに、視界の揺れも落ち着いた気がする。とにかく、今自分の置かれている状況を確認するためにも、起き上がらなくては。メアリィは、ゆっくりと目を開き、身体を起こそうと力を込めた。
「おや、目が覚めましたか」
 まさか、と思った。
 自分よりは大きい手が、額の前に翳された。かと思えば、プライ、という声と共に、じんわりと優しい蒼の光がメアリィを包む。そんな、と声にならない言葉が胸に浮かぶ。おおよそここにいないはずの人なのに。
「ア、レクス……?」
「あなたは、倒れたんですよ、メアリィ。街中でいきなり」
 よく知った手が、前髪を優しく撫でる。幼い頃、何度か触れられたものと同じ手つきに、懐かしさが込み上げる。
「あなた方の船旅は、大変なものだったそうですね。クラーケン、素人のオール漕ぎ、宝島への意図せぬ上陸……色々と噂はお聞きしました」
「アレクス、どうして、ここに……」
「野暮用ですよ」
 仰向けのままの姿勢では、手が誰のものかはっきり視認できない。答えは十分に与えられていたが、それでも確かめたくて、メアリィはもう一度身体を起こそうと試みた。気が付いたのか、手が離れ、背中に回される。そっと起こすのを手伝ってくれる。濡れたように冷たい髪の一部がメアリィに触れた。
「アレクス」
「そんなに何度も呼ばなくても、私はここにいますよ」
 穏やかに微笑まれて、メアリィは胸が少しだけ締め付けられた。
 改めて周りを見れば、ここは宿屋の一室のようだ。個室ではなく、空のベッドが3つはある。ベッドサイドには小さな机があり、可愛らしい花が生けてあった。ロビン達を見かけたらこの宿屋にメアリィが運ばれたことを伝えるよう、人々に頼んであるとアレクスが話す。ついでに、彼は今単独行動中で、サテュロスたちは既にこの街を発ったとも。
「…………」
 何故、一族の使命を裏切ったのかと、尋ねたかった。何故、サテュロスたちと行動を共にしているのかと、訊きたかった。しかしメアリィに出来ることは、ただアレクスを見つめるだけだ。
 どうやって切り出せばいい?
 何と言えばいい?
 思考がぐるぐる、どろどろと、回り、混ざり、溶け合って掴めない。ただ、無言で見つめる視線に、アレクスが気付いた。
「そういえば、ここの女将から林檎を分けてもらいました。擦りおろしてありますが、食べますか?」
 アレクスに尋ねられ、メアリィは初めて喉の渇きを自覚した。反射的に頷くと、では、と立ち上がり、アレクスが手ずから林檎を食べさせてくれる。幼い頃のようだ、と感じて、思わず目尻に涙が滲む。アレクスの手が止まった。
「おや?」
 彼の手が、メアリィの額に触れる。
「やはり、まだ熱があるようです。私のプライでは、あなたのように病を癒す力は弱い」
 そのまま、もう少し眠るように促され、彼の手でそっと身体をベッドに押し倒された。再び、視界が知らぬ宿屋の天井になる。言いようのない寂しさに、胸がまた苦しくなって、彼の名が口から溢れた。
「アレ、クス、……」
「はい」
 ベッドがやや沈む。どうやらアレクスは、メアリィのそばに腰を下ろしたようだ。
「あまり効果は期待できませんが、もう一度プライをしましょうか?それとも、あなたが眠るまで、手を繋いでいましょうか」
 ややからかうような、それでいて慈しむようなアレクスの声が心を包み込む。なんと甘美で、温かくて、安心できるのか。
「大丈夫、ロビン達が来るまでは、私がそばにいますから……安心してお眠りなさい。目が覚めたら、今よりずっと楽になってますよ」
「…………」
 どうして、ここまでしてくれるのか。一族を裏切ったくせに。ああ、違う、そうじゃない、まずはお礼を伝えなければ。そして何を考えているのか、訊かなくては。焦る気持ちと裏腹に、思考がどんどん散らばっていく。熱があるせいだろう。そして、言葉通りアレクスは、メアリィの手を握って優しく撫でている。宥めるように、あらゆる不安を取り去るように。嬉しいのに、同じぐらい、胸が張り裂けそうな思いがする。
(どうか、優しくしないで)
 アレクスのことが、いよいよ判らなくなる。それは与えられた安らぎの中に新たに生まれる恐怖の芽であった。



5/2/2024, 12:01:21 PM

(二次創作)(カラフル)

 赤、橙、黄色、緑、青、紫、藍色。色とりどりのそれらからは、いずれも空腹を刺激するスパイシーな香りが立ち上る。艶々のご飯は炊き立てで、見ているだけで涎が出そうだ。その様子を一望して、シュタイナーは傍らの牧場主アヤを改めて見た。
「それにしても、随分カラフルな食卓だね」
「だって今日は、シュタイナーの誕生日だもの!」
 わすれ谷を騒がせる怪盗シュタイナーが、別の意味でわすれ谷を騒がせる牧場主と結婚したのは、今から少し前のことだ。妻帯者となったことを機に、シュタイナーは怪盗業から足を洗った、らしい。時折谷を離れてどこかに出掛けることはあるが、殆どは谷で、牧場の敷地すら出ずに過ごしている。
「私はシュタイナーが怪盗業やってても気にしないけどね」
「君は変わってるよ」
「そう?」
 何はともあれ、せっかく用意したカレーが冷めてしまう。二人の仲が深まったきっかけも、またカレーだった。アヤはカレーを作るのが好きで、シュタイナーはカレーを食べるのが好き。そしてアヤは手広い牧場主で、様々な食材を生産してはカレーに使うのを繰り返していた。
 食卓に着いたシュタイナーは、まず藍カレーに手を伸ばした。一口、二口咀嚼してから、おいしいよと言ってくれる。アヤはそれが、嬉しい。
 と、シュタイナーがしみじみと呟く
「そっか、僕の誕生日か」
「うん」
「誕生日って、ケーキでお祝いするものだと思ってたな」
 心配は要らないのだ。アヤは立ち上がると、シュタイナーの手を引いて冷蔵庫の前まで連れてくる。扉を開いたそこには、三段のデコレーションケーキが鎮座ましましていた。ご丁寧に、カレーにも使った色草たちをふんだんに散りばめ、蜂蜜やシロップをとろりと垂らした、世界で一番カラフルな誕生日ケーキ。
「やっぱり僕は怪盗を辞めて良かったのかも」
 シュタイナーは妻をぎゅっと抱きしめた。
「キミ以上に欲しいものなんて、もうこの世のどこにもないんだから」

 

5/1/2024, 10:25:53 AM

(二次創作)(楽園)

 澄み渡った青空に、柔らかく差し込む日差しは暖かい。馥郁たる花の香りに混ざり、瑞々しい風が頬を撫ぜる。ハルトは、両手を大空に向けて伸ばすと、思い切り息を吸い込む。何より、誰もいないのがいい。
 ここはエリアゼロ。ゼロの大穴の内部である。
 この地に初めて足を踏み入れてから、一年が経つだろうか。その後も、ネモに続き二人目のチャンピオンランクのアカデミー生になったハルトには、たくさんの冒険があった。たとえばキタカミでの合宿に呼ばれ、オーガポンと出会ったり。たとえば遥か離れたイッシュ地方のブルーベリー学園で学内リーグを制覇したり。友達も知り合いも増えて学校生活はますます楽しくなったが、たまに、こうして一人になりたい時はエリアゼロに足を運ぶようにしていた。
 連れているのはミライドン一匹だけ。
 オモダカから、自由に出入りする許可は貰っている。それはハルトにしか許されていない。人々の目からしばし離れ、羽を伸ばせるここは、ある意味で楽園だ。
「ミライドン、ピクニックでもする?」
「アギャ」
 肯定と受け取り、手慣れた様子でテーブルを広げる。野生のポケモンたちは人間に興味はないらしく、驚異にはならない。何者も邪魔しない至福の時間だ。
 だが、急に第三者の声がしたのだ。
「おや、サンドイッチかね」
 白衣を纏った長髪の女性が、こちらに寄ってくる。どうやらハルトより先にここに来ていたらしい。当然、無許可だろうが、ハルトはそれを咎める力がなく、代わりに名前を呼ぶだけだ。
「オーリムさん。来てたんですか」
「上層であれば、一人でも安全だからな」
 それは理由になってないのだが、オーリムはテーブルの上のサンドイッチに目をやっている。ハムだけを挟んだ単純なジャンポンプールを拵えたところだ。
「上のパンは?」
「弾け飛びました」
 半ば冗談、半ば真実だ。手から離した瞬間落ちたそれは、ミライドンの口の中で咀嚼されている。
「結構なことだ!」
 呵々と笑い出す彼女が、ハルトは少し苦手だった。

5/1/2024, 7:04:34 AM

(二次創作)(風に乗って)

 風に乗って地面を蹴れば、ぐるんぐるんと遠くに飛んで、目的地目掛けてくるりと着地。牧場主マールは、特に必要がなくても飛び跳ねて移動するのが好きだった。理由はシンプルで、その方が楽しいからというもの。他に、飼っている牛や羊たちの上をぴょんぴょん飛び跳ねるのも面白くて好きだ。皆マール一人が踏んだところで何も言わないし気にもしない、おおらかな子たちばかりというのもいい。
 ここ、そよ風タウンは、一年を通して風の吹く、風に愛された街だった。
「まるでたんぽぽになった気分」
 ついつい鼻歌も出てくるというもの!マールはついつい、気分の赴くままにまたジャンプしてしまうのだが。
「たんぽぽは自分から跳んだりしない」
 いつの間にいたのか、低い声が聞こえて振り返れば、行商人のロイドだった。
「やだ、聞いてたの」
「誰かに話すような声量で独り言を話していたのはマールだろう」
 誰かと仲良く話しているところなんてまず見ない、見た目はそれなりに整っているがゆえに却って怖いところもある、それがロイドに対する一般的な印象だ。フェリックスの縁でこの街に来て、衰退する風のバザールを一人で盛り上げている功績は誰もが評価するが、個人的にはやや近寄りがたいところがある。一方マールは彼を全く怖がらないどころか、人懐っこく関わっていた。
「それで、何か御用?」
 明るく朗らかに可愛らしく尋ねるが、ロイドは真顔のまま。
「別に。また能天気なことを言いながら飛び跳ねていたのが、目に入っただけだ」
「そう?」
 話しかけられたから思い出したのだが、こちらはロイドに用事があった。マールは彼の目前まで飛び跳ねると、いつも持っているバッグから、質の高いミスリル鉱石を出した。
「これ、すご」
「また素潜りしたのか」
 自慢したかったのに、咎めるような呆れるような物言いが返ってきて、マールはしゅんとする。確かに川に飛び込んで見つけたが、こんな宝物が見つかるかもしれない行為、そうそうやめる気はないのだ。

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