美佐野

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5/4/2024, 11:56:37 AM

(二次創作)(優しくしないで)



 イミル村とは全く違う人の多さに、視界がくらりと揺れた。
 イカの魔物に襲われたり、進路が傾き小さな島に上陸したりと、散々だったカラゴル海の航海をどうにか終えて、ようやく辿り着いたトレビの街は、コロッセオの真っ最中だった。ロビン、ジェラルド、イワンと一時別れ、メアリィは空いている宿屋を探しているところだった。
「っ……」
 身動き取れないほどではないにしろ、故郷とは比べようもない程賑やかだ。次から次に、目が滑る。早く宿を見つけてしまいたいのに、これではどれだけ時間が掛かることやら。コロッセオを見にきた人、参加しにきた人、そういった人々を相手に商売をしようと集まってきた人。年齢も性別も職業も違う多様な人々の塊。やや気温も高い気がする。メアリィは、一旦近くのベンチに腰を下ろした。息をゆっくりと吸って、吐いて、気持ちを落ち着かせてからもう一度、人々に視線を戻す。
 その中に、見覚えのある、水色の長い髪を見かけた。
「アレク、」
 そんなわけがないのに、メアリィは思わず立ち上がった。その人が消えた方向に、急いで向かう。その瞬間、踏み出したはずの足から急に力が抜けて、バランスを崩す。どうにか身体を捻って、石畳に顔をぶつける事態は防いだが、代わりに周りから悲鳴とどよめきが湧き上がる。
「おい、嬢ちゃん大丈夫か!?」
「アンタ、顔色が悪いよ!」
 大丈夫です、と答えたはずの口は何も発さず、まるで吸い込まれるように意識が薄れていく。急に倒れてしまった少女に、周りの人々はいよいよ色めき立った。

 次に目を覚ました時、メアリィはどこかのベッドに寝かされていた。ゆっくりと目を開いたはずなのに、視界がまだ揺れている気がする。
 覚束ない体と裏腹に、意識ははっきりしていた。
 あの時見た、あの水色の長い髪。あんな色の髪の人間なんて、マーキュリー一族以外にいない。そしてメアリィは、自身以外にあの色の髪の人物を、一人しか知らなかった。
(アレクス……)
 メアリィはマーキュリー灯台を守る使命を背負う代わりに水を自在に操る力と癒しの祈りの力を持つ、マーキュリー一族の少女だった。今や数えるほどしか残っていないこの一族であったアレクスは、かつてメアリィの父に師事していた。父が亡くなった後不意に姿を消した彼と、再開したのがマーキュリー灯台の頂上にて。
 彼が、一族の使命に反し、灯台に火を灯す手助けをしていたと知ったのも、その日だった。
(アレクスがトレビにいるはずがないのに)
 アレクスが与するサテュロス一行を追う旅をしているメアリィだが、彼らは自分たちより前の船便に乗っていたと知っている。
 目を閉じたまま、そんなことを考えているうちに、視界の揺れも落ち着いた気がする。とにかく、今自分の置かれている状況を確認するためにも、起き上がらなくては。メアリィは、ゆっくりと目を開き、身体を起こそうと力を込めた。
「おや、目が覚めましたか」
 まさか、と思った。
 自分よりは大きい手が、額の前に翳された。かと思えば、プライ、という声と共に、じんわりと優しい蒼の光がメアリィを包む。そんな、と声にならない言葉が胸に浮かぶ。おおよそここにいないはずの人なのに。
「ア、レクス……?」
「あなたは、倒れたんですよ、メアリィ。街中でいきなり」
 よく知った手が、前髪を優しく撫でる。幼い頃、何度か触れられたものと同じ手つきに、懐かしさが込み上げる。
「あなた方の船旅は、大変なものだったそうですね。クラーケン、素人のオール漕ぎ、宝島への意図せぬ上陸……色々と噂はお聞きしました」
「アレクス、どうして、ここに……」
「野暮用ですよ」
 仰向けのままの姿勢では、手が誰のものかはっきり視認できない。答えは十分に与えられていたが、それでも確かめたくて、メアリィはもう一度身体を起こそうと試みた。気が付いたのか、手が離れ、背中に回される。そっと起こすのを手伝ってくれる。濡れたように冷たい髪の一部がメアリィに触れた。
「アレクス」
「そんなに何度も呼ばなくても、私はここにいますよ」
 穏やかに微笑まれて、メアリィは胸が少しだけ締め付けられた。
 改めて周りを見れば、ここは宿屋の一室のようだ。個室ではなく、空のベッドが3つはある。ベッドサイドには小さな机があり、可愛らしい花が生けてあった。ロビン達を見かけたらこの宿屋にメアリィが運ばれたことを伝えるよう、人々に頼んであるとアレクスが話す。ついでに、彼は今単独行動中で、サテュロスたちは既にこの街を発ったとも。
「…………」
 何故、一族の使命を裏切ったのかと、尋ねたかった。何故、サテュロスたちと行動を共にしているのかと、訊きたかった。しかしメアリィに出来ることは、ただアレクスを見つめるだけだ。
 どうやって切り出せばいい?
 何と言えばいい?
 思考がぐるぐる、どろどろと、回り、混ざり、溶け合って掴めない。ただ、無言で見つめる視線に、アレクスが気付いた。
「そういえば、ここの女将から林檎を分けてもらいました。擦りおろしてありますが、食べますか?」
 アレクスに尋ねられ、メアリィは初めて喉の渇きを自覚した。反射的に頷くと、では、と立ち上がり、アレクスが手ずから林檎を食べさせてくれる。幼い頃のようだ、と感じて、思わず目尻に涙が滲む。アレクスの手が止まった。
「おや?」
 彼の手が、メアリィの額に触れる。
「やはり、まだ熱があるようです。私のプライでは、あなたのように病を癒す力は弱い」
 そのまま、もう少し眠るように促され、彼の手でそっと身体をベッドに押し倒された。再び、視界が知らぬ宿屋の天井になる。言いようのない寂しさに、胸がまた苦しくなって、彼の名が口から溢れた。
「アレ、クス、……」
「はい」
 ベッドがやや沈む。どうやらアレクスは、メアリィのそばに腰を下ろしたようだ。
「あまり効果は期待できませんが、もう一度プライをしましょうか?それとも、あなたが眠るまで、手を繋いでいましょうか」
 ややからかうような、それでいて慈しむようなアレクスの声が心を包み込む。なんと甘美で、温かくて、安心できるのか。
「大丈夫、ロビン達が来るまでは、私がそばにいますから……安心してお眠りなさい。目が覚めたら、今よりずっと楽になってますよ」
「…………」
 どうして、ここまでしてくれるのか。一族を裏切ったくせに。ああ、違う、そうじゃない、まずはお礼を伝えなければ。そして何を考えているのか、訊かなくては。焦る気持ちと裏腹に、思考がどんどん散らばっていく。熱があるせいだろう。そして、言葉通りアレクスは、メアリィの手を握って優しく撫でている。宥めるように、あらゆる不安を取り去るように。嬉しいのに、同じぐらい、胸が張り裂けそうな思いがする。
(どうか、優しくしないで)
 アレクスのことが、いよいよ判らなくなる。それは与えられた安らぎの中に新たに生まれる恐怖の芽であった。



5/2/2024, 12:01:21 PM

(二次創作)(カラフル)

 赤、橙、黄色、緑、青、紫、藍色。色とりどりのそれらからは、いずれも空腹を刺激するスパイシーな香りが立ち上る。艶々のご飯は炊き立てで、見ているだけで涎が出そうだ。その様子を一望して、シュタイナーは傍らの牧場主アヤを改めて見た。
「それにしても、随分カラフルな食卓だね」
「だって今日は、シュタイナーの誕生日だもの!」
 わすれ谷を騒がせる怪盗シュタイナーが、別の意味でわすれ谷を騒がせる牧場主と結婚したのは、今から少し前のことだ。妻帯者となったことを機に、シュタイナーは怪盗業から足を洗った、らしい。時折谷を離れてどこかに出掛けることはあるが、殆どは谷で、牧場の敷地すら出ずに過ごしている。
「私はシュタイナーが怪盗業やってても気にしないけどね」
「君は変わってるよ」
「そう?」
 何はともあれ、せっかく用意したカレーが冷めてしまう。二人の仲が深まったきっかけも、またカレーだった。アヤはカレーを作るのが好きで、シュタイナーはカレーを食べるのが好き。そしてアヤは手広い牧場主で、様々な食材を生産してはカレーに使うのを繰り返していた。
 食卓に着いたシュタイナーは、まず藍カレーに手を伸ばした。一口、二口咀嚼してから、おいしいよと言ってくれる。アヤはそれが、嬉しい。
 と、シュタイナーがしみじみと呟く
「そっか、僕の誕生日か」
「うん」
「誕生日って、ケーキでお祝いするものだと思ってたな」
 心配は要らないのだ。アヤは立ち上がると、シュタイナーの手を引いて冷蔵庫の前まで連れてくる。扉を開いたそこには、三段のデコレーションケーキが鎮座ましましていた。ご丁寧に、カレーにも使った色草たちをふんだんに散りばめ、蜂蜜やシロップをとろりと垂らした、世界で一番カラフルな誕生日ケーキ。
「やっぱり僕は怪盗を辞めて良かったのかも」
 シュタイナーは妻をぎゅっと抱きしめた。
「キミ以上に欲しいものなんて、もうこの世のどこにもないんだから」

 

5/1/2024, 10:25:53 AM

(二次創作)(楽園)

 澄み渡った青空に、柔らかく差し込む日差しは暖かい。馥郁たる花の香りに混ざり、瑞々しい風が頬を撫ぜる。ハルトは、両手を大空に向けて伸ばすと、思い切り息を吸い込む。何より、誰もいないのがいい。
 ここはエリアゼロ。ゼロの大穴の内部である。
 この地に初めて足を踏み入れてから、一年が経つだろうか。その後も、ネモに続き二人目のチャンピオンランクのアカデミー生になったハルトには、たくさんの冒険があった。たとえばキタカミでの合宿に呼ばれ、オーガポンと出会ったり。たとえば遥か離れたイッシュ地方のブルーベリー学園で学内リーグを制覇したり。友達も知り合いも増えて学校生活はますます楽しくなったが、たまに、こうして一人になりたい時はエリアゼロに足を運ぶようにしていた。
 連れているのはミライドン一匹だけ。
 オモダカから、自由に出入りする許可は貰っている。それはハルトにしか許されていない。人々の目からしばし離れ、羽を伸ばせるここは、ある意味で楽園だ。
「ミライドン、ピクニックでもする?」
「アギャ」
 肯定と受け取り、手慣れた様子でテーブルを広げる。野生のポケモンたちは人間に興味はないらしく、驚異にはならない。何者も邪魔しない至福の時間だ。
 だが、急に第三者の声がしたのだ。
「おや、サンドイッチかね」
 白衣を纏った長髪の女性が、こちらに寄ってくる。どうやらハルトより先にここに来ていたらしい。当然、無許可だろうが、ハルトはそれを咎める力がなく、代わりに名前を呼ぶだけだ。
「オーリムさん。来てたんですか」
「上層であれば、一人でも安全だからな」
 それは理由になってないのだが、オーリムはテーブルの上のサンドイッチに目をやっている。ハムだけを挟んだ単純なジャンポンプールを拵えたところだ。
「上のパンは?」
「弾け飛びました」
 半ば冗談、半ば真実だ。手から離した瞬間落ちたそれは、ミライドンの口の中で咀嚼されている。
「結構なことだ!」
 呵々と笑い出す彼女が、ハルトは少し苦手だった。

5/1/2024, 7:04:34 AM

(二次創作)(風に乗って)

 風に乗って地面を蹴れば、ぐるんぐるんと遠くに飛んで、目的地目掛けてくるりと着地。牧場主マールは、特に必要がなくても飛び跳ねて移動するのが好きだった。理由はシンプルで、その方が楽しいからというもの。他に、飼っている牛や羊たちの上をぴょんぴょん飛び跳ねるのも面白くて好きだ。皆マール一人が踏んだところで何も言わないし気にもしない、おおらかな子たちばかりというのもいい。
 ここ、そよ風タウンは、一年を通して風の吹く、風に愛された街だった。
「まるでたんぽぽになった気分」
 ついつい鼻歌も出てくるというもの!マールはついつい、気分の赴くままにまたジャンプしてしまうのだが。
「たんぽぽは自分から跳んだりしない」
 いつの間にいたのか、低い声が聞こえて振り返れば、行商人のロイドだった。
「やだ、聞いてたの」
「誰かに話すような声量で独り言を話していたのはマールだろう」
 誰かと仲良く話しているところなんてまず見ない、見た目はそれなりに整っているがゆえに却って怖いところもある、それがロイドに対する一般的な印象だ。フェリックスの縁でこの街に来て、衰退する風のバザールを一人で盛り上げている功績は誰もが評価するが、個人的にはやや近寄りがたいところがある。一方マールは彼を全く怖がらないどころか、人懐っこく関わっていた。
「それで、何か御用?」
 明るく朗らかに可愛らしく尋ねるが、ロイドは真顔のまま。
「別に。また能天気なことを言いながら飛び跳ねていたのが、目に入っただけだ」
「そう?」
 話しかけられたから思い出したのだが、こちらはロイドに用事があった。マールは彼の目前まで飛び跳ねると、いつも持っているバッグから、質の高いミスリル鉱石を出した。
「これ、すご」
「また素潜りしたのか」
 自慢したかったのに、咎めるような呆れるような物言いが返ってきて、マールはしゅんとする。確かに川に飛び込んで見つけたが、こんな宝物が見つかるかもしれない行為、そうそうやめる気はないのだ。

4/27/2024, 8:56:39 PM

(二次創作)(善悪)

「どうして鍋にドクツルタケを入れたらいけないの?」
 魔女さまは、心から不思議だと言わんばかりの澄んだ瞳で、牧場主ピートに問いかけた。
 わすれ谷には、人ならざる者も昔から住まう。それは泉の女神さまであったり、女神さまを助ける色とりどりのコロボックルたちだったりする。噂では採掘場の奥深くに封印されたお姫さまもいるという話で、
「ああ、それ、私がやったのよ。鉱石場で眠り姫なんて、面白いでしょう?」
 勝手にピートの考えていることを読み取った魔女さまが、うきうきと話してくれる。
「あのねぇ」
 ピートはがっくりと肩を落とした。
 魔女さまや女神さまは、普通、人間の目の前に姿を現さない。かといって人間に興味がないわけではなく、たとえばうっかり女神さまを異世界に飛ばした魔女さまは、救出するのにピートをこきつかったし、そればかりか思い立ったいたずらをピートに実行させようとする。収穫祭に、質の高いドクツルタケを入れろと言い出したのもその一環。何も知らない住民たちが食べたら、お腹を壊して大変なことになるのに。
「それが楽しいのに」
 魔女さまは頬を膨らませている。
 おおよそ、人間の善悪とは関係ないところに生きているのだと実感する。だがどこか、放っておけない部分もあるのだ、とピートは頭を抱える。何なら魔女さまと人生を共にしてもいいと思うぐらいには彼女のことが好きだが、悪意なく人々を困らせるのはいただけない。
(それに、魔女さまが生きて来た時間を思えば、僕なんかが多少文句言ったところで改善なんかしないよなあ)
「あら、よく判ってるじゃない♪」
 膨れ面から一転、今度は無邪気に微笑む。嬉しそうなその表情をつい可愛いと思ってしまい、ピートはもう駄目だ、とため息をついた。どのみちこの人――魔女さまからは、離れられないような気がしてならない。

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