(※二次創作)(ずっと隣で)
牧場主ユウトは養鶏場のリックと大親友の儀を交わした。
「さあ、今日からここがリックのおうちだからね!」
ユウトは家の扉を開けると新たに伴侶となった青年を案内する。今日この佳き日を迎えるために、大工のゴッツに建て増ししてもらった自慢の自宅だ。おかげで余剰資金と呼べるものはほぼほぼ失われてしまったが、それがどれだけの意味を持つ?
「リックの荷物はぜーんぶ、運び込んであるからね」
ユウトは寝室に案内すると、リックのベッドを見せた。
「いやぁ、でも嬉しいなあ。まさかリックと一緒に暮らせる日が来るなんてなあ!」
「…………」
上機嫌なユウトと対照的に、リックはずっと黙ったままだった。これは大親友の儀の最中からだ。幸い参列者は彼の母と妹ぐらいなもので、誰もそのことに気付かなかった。仕方ない、とユウトは心の中で呟く。この顛末は、恋破れて傷心していた隙に付け込んで、強引にもぎ取ったものだからだ。
そう、リックが長年片思いしていたカレンにフられたのが、つい2週間前のこと。この千載一遇のチャンスを、初対面でリックに一目惚れしていたユウトがどうして逃がすだろうか。しかも、カレンは単に結婚・恋愛をしたくないからフったわけで、リック本人には何の非もない。付け入らずにいられないだろう。
そっと寄り添い、慰めながら、僕なら絶対に幸せにできるからと吹き込んだ。毒のように、小さく、しかししつこく、何度も何度も甘い言葉を流し込んだ2週間だった。
「……ほんとに僕でよかったの?」
長い沈黙を経て、ぽつりとリックが呟く。
「悪いけど、同性相手にキスとかできないし、多分君の望むような伴侶にはなれないと思うけど……」
「ぜんっぜん!気にしないで!」
ユウトは、リックの手をそっと握った。
「僕はただ、リックに、ずっと僕の隣にいてほしいだけなんだ」
泣くのも、笑うのも、怒るのも、全部全部隣で見ていたい。それ以上のことは何も望まない。ただリックと一緒に生きられるだけで、望外の幸せなのだから。
(二次創作)(もっと知りたい)
例えるならばそれは、優れた絵画を目にし感銘の息を吐くようなもの。
あるいはそれは、出来の悪い脚本の物語に眉根を顰めるようなもの。
全ては受け身で、与えられたものを見て、楽しむ。それで十分であった。そもそもは意思も何もない身に偶発的に芽生えた自我において、先輩でもある人間たちの望みや欲望を見るだけでも満たされていたのだ。
ーー魔王に完膚なきまでに拒まれるまでは。
紆余曲折あって魔王への臣従を決めてからの日々は、存外悪くなかった。勇者の生き残りたるシャルムはからかい甲斐があるし、未熟な魔王種サティウスは秘めたる何かを抱えていそうだ。無機物に意思が宿るという点において自身と似通っているモーヴにも興味は尽きない。また、魔王に付き従う者以外、有象無象の人間たちは、アクオラに願いを託していなくても自在に動き回り様々な機微が垣間見える。
だが、最たるものはやはりーーキルザリークなのだ。
「これは我が主、今日は何処へおでかけですか」
「我が主、甘いものがお好きなのですか」
答えが与えられるかは気まぐれで、うるさいの一言で終わる時もある。それでもアクラオは気にしない。それよりも、もっと知りたいという気持ちが募ることが楽しくて、面白くて、果てがない。
刃の魔王キルザリークーーおおよその束縛から自由である御方。
「我が主、貴女はお酒は嗜まれないのでしたか」
「?」
なぜそれを尋ねたのかと、首を傾げるキルザリークは無邪気で、いとけない幼な子のようにも見える。かと思えば、魔王らしく凄惨な笑みを浮かべている日もある。そしてコンカツ導師の指摘する大いなる魂の飢え。
「ああ、我が主。どうぞ私めに、貴女のことをもっと教えてくださいませね?」
しかしキルザリークの姿はなく、どうやら先に行ったよう。置いていかれたアクラオは、わざとらしく肩をすくめた。
(※二次創作)(平穏な日常)
やたらあくびをしているとは思った。
先ほどから何も言葉を発しないと思った。
「まったく……自由な御方だ……」
アクラオは、自らの脚を枕に熟睡する魔王を見下ろす。
「――我が主」
偽りの聖者を力ずくで屈服させた魔王キルザリークは、真から自由な存在だった。最盛期の魔力を取り戻していないが、そんなの些細なことであるかのように、行きたい場所に行き、会いたい存在に会い、好きに振る舞う。何者にも囚われず、何物も必要としない、まるで猫のような魔王であった。
他方、願いを叶えながら人々の世で永らえていたアクラオの周りは、どろどろとした感情と思惑にまみれた沼のようなものだった。誰もがアクラオを求め、願いを叶えてもらいたがる。引く手数多で、それゆえに自在には動けなかった――翻って、キルザリークに従属する今は、なんと平穏な日常であろう。笑いたくもなるものだ。
迂闊にも近寄ってきた魔獣を無言で蹴散らし、アクラオは眠る主に問い掛ける。
「時に――星見の丘を、人々が何に使っているかご存知ですか」
当然答えはなく、ただ規則正しい寝息が聞こえるだけである。星見の丘は、街にも近く、魔獣が増える前は絶好のピクニックポイントであり、同時にデートスポットであった。若い恋人たちが愛を語らい、互いに溺れていくのを、アクラオは何度も見ていた――その手の願いもまた、多かったゆえ。
「折しも、貴女は女性だ――我が主」
なれば、コイビトの真似事をするのも一興。アクラオはニヤリと微笑む。さるところによれば、キルザリークは魂に大きな飢えがあるという。それを満たした時、奥底に潜む真なる願いは解き放たれ、魔王キルザリークにとって願いの指輪は欠かせぬ存在となろう。
「御身に触れる無礼を、お許しくださいね」
どうせ聞いていない相手に一言断り、アクラオは魔王の真紅の髪にそっと指を滑らせた。
(※二次創作)(月夜)
月の綺麗な夜に、随分無粋な輩がいたものだ。
アレクスは、いつもの通り、ひとり夜の街を歩いていた。気分が悪く、気晴らしにと外に出たらこれだ。
尾行されている。
とはいえ、大した脅威にはならない。有象無象、街のちんぴら、その程度の履いて捨てるほどいる取るに足らない屑ども――。
「っ……」
忌々しい不調がなければまだ、よかったのだが。
アレクスは足を止めた。ちょうど、筋道を入ってしばらく歩いた場所で、古い家に囲まれた空き地になっていた。
「よお、兄ちゃん、ちょっとばかし金を……」
ひゅう、と冷たい風が吹き付けたと思った瞬間、チンピラどもは氷の中に閉じ込められていた。きらきらと、月光に照らされ、美しくも見える。このまま、少し力を加えれば、この氷は粉々に砕け散るだろう――中身ごと。
「アレクス、やっと見つけたぞ」
メナーディが姿を現したのは、連中が完全に消え去った後だった。地面が濡れているのを見て、眉を顰める。
「また殺したのか?」
「追い剥ぎに、遭いかけました、ので」
立っていられなくなって、その場にずるずると崩れ落ちる。体調不良の原因は毒だった。ジャスミンたちに襲いかかった魔物の前に咄嗟に立ちはだかった際に、食らってしまった。
「相変わらず、毒には弱い奴だな」
「それで、なんの、用ですか……」
メナーディは鼻を鳴らす。傷は瞬時にプライで癒したアレクスだったが、その後の様子がおかしかった。夜、宿にいないのはよくあることだが、今日に限ってどうも気になって、探しに来たらこのザマだ。
肩を貸してたたせてから、メナーディは尋ねる。
「歩けるか?」
「あまり、この状態を、見られたくはなくて……」
「じゃあ、その辺の連れ込み宿でも探すか?」
「そう、ですね」
普段は喧々諤々、嫌味とデンジャラクトの応酬となるふたりが、静かにゆっくりと歩いていく。ただ月だけが、それを見ていた。
(※二次創作)(絆)
牧場を畳むことにした。
クレアが荒れ果てた牧場に暮らしていたのは、1年と半年の間に及んだ。
始めは、乗っていた船が難破し、この街の海岸に流れ着いたことだった。当然、牧場仕事なんてしたことがないし、するつもりもなかったのに、漂着のショックで過去のことを忘れていたクレアは行く宛てもなく、誰も住んでいなかった牧場の家を借り受けた。
(最初はカブから育てたんだっけ)
今は何もない畑跡地を見て、クレアは当時の日々を思い出す。右も左も判らないなりに、カブの種を蒔いて、収穫し、少しだけ増えた資金でジャガイモの種を買った。
(鶏を飼って、孵化させ過ぎて大変なことになったっけ)
養鶏場のリックに、育てきれない数を飼うんじゃないと当たり前のことを注意されたのもいい思い出だ。その教訓を胸に、牛と羊は一頭ずつしか飼わなかった。
夏も半ばを過ぎると少しだけ生活に余裕が出来てきたから、街に顔を出す日も多くなった。皆、どこの馬の骨とも判らないクレアに優しくしてくれた。中でもクレアは、海岸に行くのが好きだった。過去の自分との繋がりを感じさせてくれる場所だったからだ。
そうして季節は廻り、ここに来て2度目の夏――クレアは、カイのプロポーズを受け入れた。
海岸でよく会い、クレアのことを気に掛けてくれた。彼が都会に帰った秋から春の間も、こまめに電話は手紙をくれた。彼の自分への好意は疑いようがなく、クレアは彼についていくことにしたのだ。
たくさんの絆を築いた牧場を、畳むのはそのためだ。
(なんだか、ちょっと恥ずかしいな……)
これから先、彼と結婚して、どんな人と出会うか判らないけれど、クレアはこの街で存分に親切にしてもらった。その温かい絆が、これからの新生活の力になってくれるだろう。それに、とクレアは微笑む。来年の夏になれば、またこの街に帰ってくるのだ。今度はカイの奥さんとして。
「ありがとう。……大好きだよ、ミネラルタウン」