美佐野

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(※二次創作)(絆)

 
 牧場を畳むことにした。
 クレアが荒れ果てた牧場に暮らしていたのは、1年と半年の間に及んだ。
 始めは、乗っていた船が難破し、この街の海岸に流れ着いたことだった。当然、牧場仕事なんてしたことがないし、するつもりもなかったのに、漂着のショックで過去のことを忘れていたクレアは行く宛てもなく、誰も住んでいなかった牧場の家を借り受けた。
(最初はカブから育てたんだっけ)
 今は何もない畑跡地を見て、クレアは当時の日々を思い出す。右も左も判らないなりに、カブの種を蒔いて、収穫し、少しだけ増えた資金でジャガイモの種を買った。
(鶏を飼って、孵化させ過ぎて大変なことになったっけ)
 養鶏場のリックに、育てきれない数を飼うんじゃないと当たり前のことを注意されたのもいい思い出だ。その教訓を胸に、牛と羊は一頭ずつしか飼わなかった。
 夏も半ばを過ぎると少しだけ生活に余裕が出来てきたから、街に顔を出す日も多くなった。皆、どこの馬の骨とも判らないクレアに優しくしてくれた。中でもクレアは、海岸に行くのが好きだった。過去の自分との繋がりを感じさせてくれる場所だったからだ。
 そうして季節は廻り、ここに来て2度目の夏――クレアは、カイのプロポーズを受け入れた。
 海岸でよく会い、クレアのことを気に掛けてくれた。彼が都会に帰った秋から春の間も、こまめに電話は手紙をくれた。彼の自分への好意は疑いようがなく、クレアは彼についていくことにしたのだ。
 たくさんの絆を築いた牧場を、畳むのはそのためだ。
(なんだか、ちょっと恥ずかしいな……)
 これから先、彼と結婚して、どんな人と出会うか判らないけれど、クレアはこの街で存分に親切にしてもらった。その温かい絆が、これからの新生活の力になってくれるだろう。それに、とクレアは微笑む。来年の夏になれば、またこの街に帰ってくるのだ。今度はカイの奥さんとして。
「ありがとう。……大好きだよ、ミネラルタウン」

3/7/2024, 6:54:23 AM