(※二次創作)(平穏な日常)
やたらあくびをしているとは思った。
先ほどから何も言葉を発しないと思った。
「まったく……自由な御方だ……」
アクラオは、自らの脚を枕に熟睡する魔王を見下ろす。
「――我が主」
偽りの聖者を力ずくで屈服させた魔王キルザリークは、真から自由な存在だった。最盛期の魔力を取り戻していないが、そんなの些細なことであるかのように、行きたい場所に行き、会いたい存在に会い、好きに振る舞う。何者にも囚われず、何物も必要としない、まるで猫のような魔王であった。
他方、願いを叶えながら人々の世で永らえていたアクラオの周りは、どろどろとした感情と思惑にまみれた沼のようなものだった。誰もがアクラオを求め、願いを叶えてもらいたがる。引く手数多で、それゆえに自在には動けなかった――翻って、キルザリークに従属する今は、なんと平穏な日常であろう。笑いたくもなるものだ。
迂闊にも近寄ってきた魔獣を無言で蹴散らし、アクラオは眠る主に問い掛ける。
「時に――星見の丘を、人々が何に使っているかご存知ですか」
当然答えはなく、ただ規則正しい寝息が聞こえるだけである。星見の丘は、街にも近く、魔獣が増える前は絶好のピクニックポイントであり、同時にデートスポットであった。若い恋人たちが愛を語らい、互いに溺れていくのを、アクラオは何度も見ていた――その手の願いもまた、多かったゆえ。
「折しも、貴女は女性だ――我が主」
なれば、コイビトの真似事をするのも一興。アクラオはニヤリと微笑む。さるところによれば、キルザリークは魂に大きな飢えがあるという。それを満たした時、奥底に潜む真なる願いは解き放たれ、魔王キルザリークにとって願いの指輪は欠かせぬ存在となろう。
「御身に触れる無礼を、お許しくださいね」
どうせ聞いていない相手に一言断り、アクラオは魔王の真紅の髪にそっと指を滑らせた。
3/12/2024, 12:09:08 PM