街の明かりはあまりにも無機質で、その冷たさにわたしはなぜか泣きそうになってしまった。
けれど、その冷たさは、わたしにとってはとても心地よいものでもあるから不思議だ。
わたしは一体、なにを求めているのだろう。
わたしが自嘲をこぼしても、すれ違う人達はみんな小さな光に夢中で一瞥をくれることもない。
そういう世界で、わたしは生きている。そして、これからも生きていくのだ。
街の明かりは空が何色であろうとも消えないまま、眩しい光に慣れてしまったわたし達を照らしている。
強すぎる日差しから、わたしを守るようにカーテンを閉めた。
もう何日経ったのかも覚えていない。
強烈な日差しで目を覚まして、この家の中で怠惰に過ごして、知らぬ間に眠りにつく。
用意されたごはんを食べて、用意された服を着て、トイレは一日に二回行ったら多い方で、お風呂は三日に一回ほどしか入らない。
空腹を訴えるお腹も、悪臭に悲鳴を上げる鼻も、全部機能しなくなっている。
この家に連れてこられてから、もう何日が経っただろう。
最初は恐怖を感じながらも生き延びてやるつもりでいた。けれど、今はそんなことを考える気力すら見当たらない。
ずっと薄暗い部屋で過ごしているわたしにとって、太陽の日差しは眩しすぎるものになってしまった。
自分の意志とは関係なく指先がわずかに動いた。枷の金属が擦れた音がする。
用意された昼ごはんはテーブルの上。まだラップすら剥がしていない。
窓越しに見えるのは、眠りについた静かな町だった。
どうして、こんなところにいるんだろう。
気を抜くとすぐに我に返ってしまいそうで、わたしは窓の外に見惚れることにした。
夜だろうが昼だろうが、いつも光り続ける街から抜け出して、知らないこんなところまでやってきてしまった。
信号が赤色を灯した。一本道に通る車はわたしが乗るこのタクシーだけで、外に人影は一つも見当たらない。
運転手が缶コーヒーを一口飲んだ。彼とバックミラー越しに目が合う。けれど、お互い会釈も微笑みもせず、自然と目を逸らした。
やがて信号が青に変われば、車体は進み出す。
あの街から抜け出せばいいと思っていた。あの街から離れたら、なにかが変わると信じていた。
それなのに。
胸の中で虚無感が膨張していくことに、わたしはいつまで目を背けられるだろうか。
繊細な花の花弁を一枚ちぎって、乱暴なわたしになったつもりでいる。
もう一枚、もう一枚と繰り返すうちに、花弁はすべて床にはらりと舞い落ちて、手に持つ花に見えないそれは丸裸になっていた。
少し前のわたしには、こんなことできなかった。花の痛みを考えて、とかそこに至る前に、まず花弁をちぎる行為を思いついたことがなかった。
ねえ、こんなに図太くなっちゃったんだよ。
丸裸の花と今のわたしを、過去になったわたしに見せれば、彼女はきっと顔を歪めたい衝動を堪えた不器用な笑顔を見せるだろう。
今のわたしはそんな笑顔もしなくなった。
いつだって、わたしの笑顔は完璧だ。ネガティブな感情を堪えていることが一目で分かる笑顔なんて、もうわたしの顔に二度と浮かばない。
そう。そんな風になった。
これはわたしが図太くなったんだろうか。
それすらも分からない。
繊細とか繊細じゃないとか、敏感とか鈍感とか。もうなにも分からなくなった。
力を込めて立ち上がる。それだけで息が上がる。
ひとりでいる時は、ひとつため息を吐くことすら疲れるようになった。
白のカーペットで鮮明な色を失わないでいる花弁を踏みつけながら、目の先にあるゴミ箱へ歩いた。
一年後のわたしはいったい何をしているだろう。
まばたきを繰り返しても変わらない景色が、うまく言葉にできないこの思いを増幅させる。
はしゃぐ子どもの声。餌をばらまくおじさんに集る鳥たち。ふたり寄り添って一歩ずつ進む老夫婦の曲がった背中。炭酸を一気に流し込む二人組の男子高校生。
もうわたしはそれほど純粋でもないし、だからといって悟りを開くことができたわけでもない。大人数のところに入り込む勇気はないし、だれかと二人で並ぶ余裕もない。けれど、一人はとても怖い。
日が傾き始めた公園の中、彼らは光を放っている。
そんな彼らの目に、わたしはどう映っているのだろう。ちゃんと光れているだろうか。
一年前に買ってもらったリクルートスーツはとっくにくたびれた。今日も皺一つないスーツを着た人達に囲まれた。みんな、やっぱり輝いていた。
一年後、わたしはどうなっているだろう。きっと、わたしが望む光を手に入れることはできていないと思う。
だって、今のわたしは、一年前のわたしが望んだ姿をしていないから。