すべて物語のつもりです

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 窓越しに見えるのは、眠りについた静かな町だった。
 どうして、こんなところにいるんだろう。
 気を抜くとすぐに我に返ってしまいそうで、わたしは窓の外に見惚れることにした。
 夜だろうが昼だろうが、いつも光り続ける街から抜け出して、知らないこんなところまでやってきてしまった。
 信号が赤色を灯した。一本道に通る車はわたしが乗るこのタクシーだけで、外に人影は一つも見当たらない。
 運転手が缶コーヒーを一口飲んだ。彼とバックミラー越しに目が合う。けれど、お互い会釈も微笑みもせず、自然と目を逸らした。
 やがて信号が青に変われば、車体は進み出す。
 あの街から抜け出せばいいと思っていた。あの街から離れたら、なにかが変わると信じていた。
 それなのに。
 胸の中で虚無感が膨張していくことに、わたしはいつまで目を背けられるだろうか。

7/2/2023, 2:53:27 AM