妻がまた新しい鏡を買ってきた。すでに家には至るところに鏡があるというのに。妻は鏡を見て言う。
「この鏡、可愛いでしょう。ずっと見ていたいわ」
思えば妻とは交際当時からちゃんと正面から顔を見た記憶がない。結婚式のときでさえだ。妻が見ているのはいつも鏡だ。
あるとき僕は妻を問いただした。どうして鏡ばかり見て僕を見てくれないのか、と。妻は言った。
「見てるわよ。今だって」
「鏡の中の僕をね」
「違うわ。だって、大好きなあなたを直接見たら嬉しくって顔が赤くなっちゃうもの。恥ずかしいじゃない」
完
お題:視線の先には
三十連勤から帰ってきた朝、ベッドで目覚めると世界が一変してしまっていた。街中にゾンビが練り歩いているのだ。信じられないが映画の撮影などではない。あいつらは襲いかかってくるし、死にものぐるいで私を捕まえて喰らおうとする。
死んでたまるか。
私は包丁を手に街を走り、近づいてくるゾンビは片っ端から切り倒していった。だけどゾンビの数はどんどん増し、もはや人間は私しかいないようだ。
負けるものか。
私は群がるゾンビどもを切り倒し、会社に行くのだから!
「――本日明け方に都心に現れた通り魔は先ほど警察により逮捕されました。容疑者はゾンビが現れたなどと意味不明な発言を繰り返しており、錯乱している状態とのことです。続いては全国のお天気情報です」
完
お題:私だけ
ノスタルジーが嫌いだ。
幼き日の記憶、酸味の多い青春、故郷の何もない優しい空気、それら全てはとっくに通り過ぎてしまった話なのだ。もう二度と手に入れることのない物語なのだ。
ああ、思い出すだけでこんなにも胸を締め付ける。戻りたくて、戻りたくて、涙が出てくる。
だから私はノスタルジーが嫌いなのだ。
完
お題:遠い日の記憶
鏡に映るもう一人の私
ただの光の反射なんて人は言うけど
きっと彼女は私と同じ考えを持っているはず
ねえ、鏡の"外"の私
完
お題:鏡
何もかも上手くいくなんて、そんなのおとぎ話だ。
現実は真逆で、何もかもが上手くいかない。
だけどそれでいいんだ。何もかも上手くいったら、僕という存在はおとぎ話になってしまうから。
完
お題:上手くいかなくたっていい