こんな夢を見た。自転車に二人乗りしながら、すっかり桜が散った並木道を走る。
「桜散っちゃったね、もう葉桜ばっかり」
自転車を漕ぐ彼の背に話しかける。
「そうだね。でも今年はいつもより桜が長く見られたよ」
「そうだっけ?」
「うん。だって、今年はキミと桜を見た回数が去年よりも五回多かったからね」
「もしかして、数えてたの?」
「そうだよ」
「何それ」
笑いながら、彼の背を軽く叩く。彼は痛いよ、と軽口を叩き、ひたすら自転車を走らせた。
「桜って、咲いてから散るまでが全盛期みたいなものだよね」
「僕は、そうは思わないよ。桜が全て散っても、キミとこうやって葉桜の季節を楽しめるんだから」
彼は、葉桜が好きなのか。少し変わってるな。
「まだ、思い出してないんだね。そろそろ思い出してほしいから、少しアプローチ変えようかな」
彼は自転車を停めると、こちらに振り向く。
「僕の顔に見覚えはない?」
覗き込んできた彼の顔をまじまじと観察する。何だか、懐かしい気持ちがする。同時に目を逸らしたいような、それでも見ていたい衝動に駆られた。
「キミのおかげで、桜が全て散っても僕は消えずにすんだ。…これで思い出してくれた?」
そう言われ、脳裏に桜の舞い散るベンチが過った。そうだ。私には、とても仲のいい誰かがいつも一緒にいたのだ。もう少しで思い出せそうな気がする。喉まで出かかった彼の名前を呼ぼうと口を開けた。彼は腕時計を見ると、悲しそうな顔をした。
「ごめん、時間みたいだ」
彼がそう言うと、ざあっと並木道の葉桜がざわめいた。
「次会うときは、名前呼んでね」
目を開けていられないほどの突風が吹き、風が止むと彼はいなくなっていた。
こんな夢を見た。公園のブランコでぼんやりしていると、人が飛んでいるのが見えた。驚いて立ち上がる。生身で飛んでいるだけではなく、箒で空を飛ぶ人や腕が鳥のような翼に変わっている人もいる。
「驚きましたか?」
いつの間にか、横に清掃員のような中年の男が立っていた。大人が入りそうなほどの大きなゴミ袋を引きずっている。
「あなたは驚かないんですか?」
「はい。皆、夢見る心を持っていますから。だから、空を飛べても不思議ではないんです」
「夢見る心?」
「 はい、簡単に言えば憧れのことです。ここは夢の中なので、それを実現することは容易なのです」
この人は、ここが夢の中と認識しているみたいだ。夢の中の住人にしては珍しい。
「もちろん、あなたも出来ますよ。やってみては?」
男に言われ、少し考え込む。夢の中で好き勝手するなんて考えたことがなかった。
「思いつかないので、考えときます」
「そうですか」
残念そうな顔をしたが、男はすぐに楽しげな声がする空に目を向けた。彼には、やってみたいことはないのだろうか。ガサッとゴミ袋が蠢いた。袋に猫が入り込んでしまったのかもしれない。こっそり出してあげよう。私は男に気づかれないようにゴミ袋に近づいた。
「…すけて、助けて、誰か…」
「怖いよ…」
「ここから出して…」
「お家に帰りたい…」
助けを求めるか細い子どもたちの声が、ゴミ袋から聞こえてきた。驚いて声を上げそうになったが、何とか抑え込む。どうやら、男は誘拐犯らしい。助けてやりたいが、すぐにバレるだろう。
「そろそろですね。おや、どうしました。ゴミ袋に興味でも?」
男は振り向き、私に微笑みかけながらゴミ袋を掴んだ。
「そのゴミ袋、子どもの声が…」
男はバレたか、と言わんばかりに自分の額を軽く叩いた。
「驚かせてすみません。これが仕事なんです。上に、夢見る心を回収するよう依頼されているので」
男が空に向かってゴミ袋をサッと振ると、飛んでいた人は急に落下した。
「夢見る心を回収したので、さっきの人たちはもう飛べませんね」
「でも、子どもの声が…」
「はい、そうですね。夢見る心というのは、実は童心のことなんです。心の中の子どもを回収したので、子どもの声が聞こえるんですよ」
それでは、とゴミ袋を引きずりながら男は公園を後にしようとする。何かないか、と地面を見ると折れた木の枝が落ちていた。振り回すのに、ちょうど良い木の棒だ。そうだ、これを…。私は剣を構えるように木の棒を振り上げ、ゴミ袋に向かってまっすぐ振り下ろした。途端に目の前が真っ白になり、たくさんの子どもの笑い声が私の横を駆け抜け去っていった。
「あーあ、全部逃げちゃいました。先にあなたから回収すれば良かったですね」
言葉とは裏腹に、男は何故か愉快そうに笑っていた。
こんな夢を見た。日雇いで、郵便物を代わりに配達することになった。諸事情で届かなかったものらしく、待ち続けている人がいるので、なるべく早くとのこと。バッグの中には、手紙やハガキの束がどっさり入っている。束をまとめている輪ゴムがはち切れそうだ。肩にかけると、ズンッと重みが掛かってきた。これが、届かぬ思いの重さか。地域ごとに仕分けられた郵便物の束片手に、駆け回った。配達を終えるごとに、バッグと私の心は軽くなっていく。あと少しだ、この手紙の束を届ければ配達は完了だ。意気揚々と私は手紙の住所を確認する。
「…?この束、全部同じ住所だ」
首を傾げながら、書かれた住所に向かうと自分の家だった。
「え?これ、全部私宛ての手紙…?」
その場で、手紙の一つを開封する。配達は完了したし自分宛てのものだし、と言い訳をしながら中身を広げた。
「ひぃっ…!」
便箋には海老茶色に変色したインクで『好きです、付き合ってください』と大きく書かれていた。他の手紙も開封してみた。
『ずっと見てました。お話したいです』
『今日も可愛いです。こっちを見てください』
『大好きです。お返事下さい』
大体、そんな内容ばかりだった。何だか鉄臭い。
『どうして返事くれないんですか?』
『好きなのにどうして』
「これ、もしかして血?」
恐怖を感じながらも、開封する手は止まらない。
『ぼくとは遊びなんですか?』
『ぼくを弄んだんですね。ひどいです』
最後の手紙を開封した。
『あなたを殺してぼくも死にます。死んで一緒になりましょう』
「やっと、会えましたね」
背後からの声に驚き、手紙を取り落とす。振り向くと同時に、銀色に光る何かが私に振り下ろされた。
こんな夢を見た。友人が是非私に紹介したい相手がいるから会ってくれ、と頼んできた。そこまで言うほどの相手とはどんな人なんだろう。待ち合わせ場所に行くと、時間ぴったりに友人と男性がやって来た。
「お待たせ!」
「今日は時間ぴったりだね。それで、紹介したい人って…」
「お、興味津々。紹介するね、この人だよ」
友人に促され、前に出てきた彼は整った容姿をしていた。見惚れる私を見、目を丸くする。何か考え込むような仕草をすると、笑顔で挨拶してきた。彼は友人の友だちで、最近恋人と別れたばかりらしい。友人は落ち込む彼を元気づけようと、誰か紹介すると言った。
「何人か紹介したんだけど、駄目だったから最後にあんたの写真見せたら会いたいって」
友人はニヤニヤしながら、彼を肘で小突く。彼は恥ずかしそうに顔を背けた。こんなかっこいい人が私に…?
「取り敢えず今日はさ、顔合わせってことで交流を深めようっか」
友人に引っ張られ、日が暮れるまで色んな場所で遊んだ。トイレに行ってくると言うので友人を見送り、ベンチに座った。インドア派の私にとって、一日外で遊ぶなんて重労働だったらしい。ぐったりとしていると、隣に彼が座った。
「疲れましたか?」
「え、あ、そうですね。普段はあまり外出しなくて、人に酔ったのかもしれないです」
「そうだったんですか。なら、今度遊びに行くときはあまり人がいない場所にしましょう。今日は楽しかったです」
連絡先交換しましょう、と言われるまま、連絡先を交換すると友人が戻ってきた。
「ごめん、トイレ混んでて遅くなっちゃった」
友人は苦笑しながら、私と彼が座るベンチの前に来た。
「じゃあ、帰ろっか」
友人に促され、立ち上がり遊園地の出口に向かって歩く。後ろで友人が笑いながら、彼の背を叩いている。それから、たまに彼からの連絡が来て遊ぶようになった。ほとんど、私の要望に沿ったものばかりだったが。彼は、行きたい場所とかないんだろうか。一度尋ねてみたが、ないよと即答された。
「あなたが楽しければ、それで良いんですよ」
「そう言われても…やっぱり悪いというか」
「いいから」
話を打ち切られてしまった。物腰柔らかそうに見えて、わりと強引な人らしい。数日後、友人が連絡をしてきた。何だか慌ててるみたいだ。早く来い、と言われ、友人のアパートに着いた。話を聞くと、彼は友人の隣の部屋に住んでいてさっきから女の話し声がすると言う。
「あいつ、あたしが紹介してやったのに他の女連れ込んでるよ」
「優しい人だから、断れなかったんじゃ…」
友人に睨まれ、口を噤む。
「まあいいわ。こうなったら証拠掴んで、ついでにあいつの胸倉掴むから」
とても頼もしいけど、少し怖い。壁に耳をつけ、耳を澄ます。
「…そういや、最近どうなの?」
「どうなの、って?」
「ほら、わたしと別れた後女の子紹介してもらったらしいじゃない?」
「何で知って…」
相手は元カノらしい。彼は動揺している。私も自分の話題を出され、心臓を鷲掴みされた気分になった。
「別にいいでしょ、そんなこと。それで見たんだけど、すっごく地味ねえ。話とかつまんなそう」
ズキッとトゲが刺さったような痛みが胸に走った。同時に、隣の友人が舌打ちするのが聞こえた。すぐに壁越しに何かを蹴る大きな音がして、肩が跳ね上がる。
「…お前さあ、彼女の何を知ってるわけ?」
聞いたことのない彼の低い声が聞こえる。相当怒っているみたいだ。私は覚えていなかったが、彼はかつてのクラスメイトだった。孤立した彼に私が話しかけてきたことに感激し、それをずっとお守り代わりにしていたらしい。振り向いてもらえるように自分磨きをし、そして今に至る。それから、マシンガンのような私への褒め言葉が始まった。彼いわく、私は彼にとっての女神様で私への悪口は神様への侮辱や冒涜に近いらしい。呆気にとられているのか、元カノが口を挟むことはなかった。ニヤニヤする友人と目が合い、私は羞恥で顔を覆うしかなかった。
こんな夢を見た。机に突っ伏した状態で目を覚ました。ここは教室のようだ。電気がついていないし、誰もいない。もしかして、次の授業は移動教室だっただろうか。机の中から教科書とノート、筆記用具を取り出し、イスから立ち上がる。ふと窓の外を見ると、雲一つない青空が広がっていた。
「わあ、快晴だ…。今日の体育、長距離走で確定だな…。あー…やだなあ」
教室を出ると、廊下は静まり返っていた。まだ休み時間だと言うのに、話し声もしないし誰もいない。
「あれ、何で誰もいないの…?」
目的の教室に続く渡り廊下の扉が締め切られていた。鍵が掛けられているのか、引っ張ってもガタガタと揺れるだけで開かない。よく見ると、扉に張り紙が貼られている。
『本日快晴のため、通行禁止』
「は?」
快晴だから、通行禁止なんておかしい。むしろ、快晴だったら通行出来るはずだ。それにここを通らないと、移動教室の授業に行けない。
「えー…遅刻確定?それとも、もしかして今日は休日だったり?」
渋々引き返し自分の教室で待ったが、チャイムは鳴らず先生や他のクラスメイトが来る気配はない。
「なんだ、今日は休みだったんだ。じゃあ、帰ろ」
荷物をまとめ、カバンを持って正面玄関に向かう。下駄箱を見て、首を傾げる。
「あれ?皆、来てるじゃん」
下駄箱は皆の靴で埋まっている。上履きがないので、ちゃんと登校していると分かった。
「それに何で、ここ泥まみれなの?今日は快晴なのに」
正面玄関の床は、泥まみれの靴跡だらけになっていた。ここ最近、雨は降っていなかったはず。それに、靴跡は今しがた付けられたものらしい。
「まあ、いいや。帰ろっと…うん?」
玄関の扉にも、張り紙がある。
『本日快晴のため、通行禁止』
「ここもか…」
その後、外に通じる扉や窓を調べたが、どこも張り紙が貼られ、施錠されている。
「…人を探そう。人を探して聞いてみないと」
教室に戻ると、先ほどまで何も書かれていなかった黒板に文字が書いてある。上下反対に書いてあったので、やっと読めた。
「…快晴?」
訳が分からず、他の教室に向かった。人を探すが、誰もいない。どの教室の黒板にも、快晴が上下反対に書かれている。意味が分からない。ひたすら校内を声をかけながら歩き回るが、人の気配も返事もない。
「ドッキリなんでしょ?もういいから、出てきてよ…」
不安と恐怖でうろついていると、空き教室から歌が聞こえた。てるてる坊主の歌だ。楽しそうに歌詞の晴れの部分を雨に変えて歌っている。人だ!人に会えた喜びで空き教室の引き戸を思い切り開けた。
「明日、雨にしておくれ〜」
教室の中心に巨大なてるてる坊主が逆さに吊り下げられていた。てるてる坊主は真っ白なシーツで作られており、首と足首を縛られている。多分シーツが広がって中が見えたらいけないからだろう。楽しそうな歌声は人一人を包んだ真っ白なシーツの塊から聞こえた。
「下ろさなきゃ…」
机をてるてる坊主の近くに移動させると、縄を外せないか確認した。ぎっちり締まっていて無理そうだ。ため息をつき、机から降りる。何か切れるものはないかと探していると、背後からドサッと音がした。さっきのてるてる坊主が床に落ちている。
「だ、大丈夫?頭から落ちたけど…ねえ」
てるてる坊主のシーツをめくると、中には人はおらず、真っ黒で小さなてるてる坊主が大量に転がり落ちた。小さな悲鳴を上げると同時に、私の横を人の気配と雨の匂いが通り過ぎた。振り向くと、泥まみれの靴跡が廊下に続いている。正面玄関の靴跡の持ち主だ!追いかけると、正面玄関に続いており、開かなかった扉が開き切っていた。
「扉が開いてる…!」
外に出ると、待っていたかのように雨が降り始めた。