こんな夢を見た。委員会の仕事が長引いて、下校の時間が迫っていた。自分の教室にカバンを取り、待たせている友人のもとへ急ぐ。きっと、待ちくたびれているだろう。もしかすると、とっくに帰ってしまったかもしれない。友人の教室に行くと、窓から沈む夕日を眺めている人影があった。
「ごめん、待った?早く帰ろう!」
人影が、くるりとこちらを向いた。逆光になっていて、顔や姿は見えない。いつもはおしゃべりな友人が静かだ。もしかして、怒ってるんだろうか?のそりと人影が席に近づき、帰る準備を始めた。暇なのでスマホの電源をつけると、メッセージが入っていた。
『ごめん、先に帰らなきゃいけない用事が出来た…。明日は絶対一緒に帰ろうね!』
友人からのメッセージだ。送信時間は、一時間前を表示している。じゃあ、今帰る準備をしているのは…。
「誰…?」
目の前に誰かが立つ気配がした。ちらっと足元を見ると、影のように真っ黒な足があった。おまたせ、と頭上から声が降ってきた。焦げ臭いような異臭がする。私は異常な者に話しかけてしまったようだ。顔を上げられず、私はただスマホを凝視するしかなかった。
こんな夢を見た。よく遊びに行く友人がいるが、目を合わせてくれない。大体、私の手元を見て話している。思い切って聞いてみようと、友人を遊びに誘った。友人は快諾し楽しんでいたが、やはり目が合わない。
「ねえ、何で私と目を合わせないの?」
尋ねると、友人は口ごもる。しばらく視線を彷徨わせたあと、声を絞り出した。
「聞かないほうがいい」
「どうして」
友人はそれに答えず、口を閉じてしまった。
「目を合わせられない理由が私にあるなら、言ってよ。何だか避けられてるみたいで嫌だ」
気になるから正直に言ってほしい。懇願すると、友人は言いにくそうに口を開いた。
「君に理由があると言えば、ある。けど、君のせいじゃないというか…」
普段の友人ははっきり言う性格だ。こんなに口ごもるなんて、よっぽど言えないことなんだろう。
「私と目を合わせられない理由があるのに、私のせいじゃない?どういうこと?」
友人は下を向いたまま、困ったように続ける。
「えっと…君の顔が見えないんだ」
困惑しながら続きを促すと、友人は意を決したようにこちらを見た。みるみる内に友人の顔色が悪くなる。
「君の顔に、鬼の形相をした人間の顔がたくさん重なってる。君の目を見つめると、ちょうどそれと目が合うから目を合わせたくなかったんだ」
なるほど、確かに聞かないほうが良かったかもしれない。
こんな夢を見た。散歩をしようと思いつき、夜中に外へ出かけた。昼は暖かくなってきたが、夜はまだまだ冷え込む。上着を着て来て良かった。ぼんやりとした街灯の明かりを頼りに歩く。寝静まった住宅街を一人歩いていると、私だけが誰もいない世界に残された気がしてくる。
「…ちょっと、ありきたり過ぎる表現か」
そうだ、今日は天気がいいから空でも見てみるか。上を見上げると、やはり星空が広がっていた。大人になると空を見上げることが減るため、久しぶりの星空は綺麗だった。夢中で眺めながら、歩いていると誰かとぶつかった。
「あっ、すいません。怪我はないですか?」
声をかけるが、返事が返ってこない。もしかして私の体格差で、突き飛ばしてしまっただろうか。誰かの方に目を向けると、額を抑え目を輝かせた女性がいた。
「あの…もしかして、貴方が運命の人ですか?」
「…は?」
「いえ、間違いありません!星たちがそう言っていましたし!見つけました、スピカの伴侶!どうか、スピカと共に宇宙へ参りましょう!」
「はい!?」
自分をスピカと名乗る女性は私の手をきつく握り、顔を近づけた。バサリと明るく輝く橙色の髪が私の周りに落ち、彼女の顔がよく見えるようになった。陶器のような白くツルツルした肌に、小さなピンク色の唇と夜空のような群青色の瞳がキラキラと輝いている。
「ちょ、ちょっと待って!私、何のことだか分からないんだけど」
彼女に迫られしどろもどろになりながら、私は彼女を押しのけた。
「あ!そうでした!スピカったら、先走っちゃってすみません!」
彼女は慌てて距離を取り、誤魔化すように笑った。もしかして、この人変質者か何かじゃないのか。
「ちゃんと説明しますね!えーと…」
彼女は上着から手帳を取り出すと、ページをめくり出した。
「あ、あったあった!じゃあ、読み上げますね」
彼女が読み上げた内容は長かったので要約する。今日は星が一番きれいに見える夜で、そこで会った異性が彼女の伴侶になる。それと、拒否権はないらしい…。
「そういうことなので、一緒に行きましょう!」
「今から行くの?だったら、いろいろ準備しないと」
「いえ、身一つで大丈夫です!スピカが宇宙まで貴方を抱えていきます!貴方はスピカの伴侶なので、怪我なんかさせません!」
ふんふんと鼻息荒く、彼女は細い腕を曲げ力こぶを作るような真似をした。全く力こぶは出来ていなかったが。
「宇宙って空気が無いんじゃ…」
「大丈夫です!スピカとキスすれば、空気が無くても平気になりますよ!」
無邪気にとんでもないことを言われて慌てる。
「キス!?そんな、今日初めて会ったばかりなのに。心の準備が…」
赤面し慌てる私を見て、彼女はクスクスと笑った。
「スピカの伴侶は初心なんですね!可愛いです!」
笑われて、いい気分になるわけがない。少しムッとして、彼女から目を逸らす。すると、すぐそばの空気が動く気配がする。いつの間にか目の前に彼女の顔が迫り、唇に柔らかいものが当たった。
「えへへ…スピカのファーストキスです!」
キスされたのだと理解し、私は体中の血液が顔に集まるのを感じた。何か文句の一つでも言ってやりたかったが、パクパクと口が動くだけで言葉は出なかった。
「さ、行きましょう!早くスピカの両親に貴方を紹介したいので!」
彼女は羞恥でまだ動けない私をひょいと抱えると、ふわりと浮き始めた。それからすぐに急上昇し、あっという間に成層圏の外へ出た。
「本当に息ができる…」
「スピカは嘘なんかつきませんよ!あ、でもスピカから離れないでくださいね!落ちちゃいますから!もちろん貴方を離す気なんかありませんけど!」
「スピカ」
彼女の名前を呼ぶと、彼女はパアッと目を輝かせた。
「はい!何でしょう、スピカの伴侶!」
「挨拶に行く前に星を見て回りたいんだ。私は地球から出たことないから、いろいろ見たいな」
「良いですよ!貴方の頼みなら、どこへでも一緒に行きましょう!」
彼女はスピードを上げ、宇宙の奥へと飛んでいく。星空の下での出会いから、こんなことになるなんて。彼女の腕の中で、私はすごい速さで消えていく星を眺めた。
こんな夢を見た。目の前に人がうつ伏せで倒れている。出血量は多く、放っておくと死にそうだ。傷口はどこか探すが、見つからない。血が出ているなら、傷があるはずなのに。
「無駄だよ」
倒れていた人がこちらに顔だけ向け、息も絶え絶えに話す。口からも話す度に出血している。
「これは、自分の体の傷じゃないんだ」
説明を聞くと、この人は他の人の痛みを代わりに受ける仕事をしているらしい。
「でも傷口は本人の方にあるんだ。だから、自分にこれを治す術はない…」
大きく咳き込み、血がまた地面に飛び散る。
「だったら、その本人に…」
「会えたら良かったんだけど、仕事の機密保持とかもあるし、何より複数人いるから」
それでは何も出来ない。だったら、せめて痛みを和らげるものはないかと探していると、彼と目が合った。彼は私を安心させるためか微笑みかけてきた。
「自分の痛みに敏感な人間ばっか会ってきたけど、優しい人もいるもんだね」
「痛みを他の人に分けることは出来ないの?」
「出来れば良かったんだけどね…。…ほら、早く行きなよ。死ぬ瞬間を見られたくないし、見たくないでしょ…」
私は首を横に振り、彼の手を握ると弱々しく振り払われた。
「駄目だよ…あなたの手が汚れちゃう…」
立ち上がり、彼に背を向けると彼が弱々しく呟いたのが聞こえた。
「そう、それでいい…いいんだ」
本当にこれでいいんだろうか。彼はああ言っていたが、看取るぐらいは許されるんじゃないか。誰にも知られず、一人でひっそりと死ぬなんて寂しすぎる。やっぱり、一人にしたら駄目だ!私が振り返ると既に彼は消えており、ただ赤が地面に飛び散っているだけだった。
こんな夢を見た。両親が結婚記念日に旅行に行くと言うので、私と弟は快く送り出した。三日間、口うるさい両親がいないことに私たちは浮かれた。二日目の朝に弟が友人の家に遊びに行き、家には私一人だけになった。今のうちにお菓子を食べながら、友人から借りたホラー映画でも見よう。弟は大のホラー嫌いで、音が聞こえてくるだけで「すぐ消して!」と怒鳴り込んでくるのだ。少し神経質だと思う。雰囲気を出すためにカーテンを閉め、部屋を真っ暗にする。台所に行きお菓子のストックを持ってくると、居間のテレビを操作しホラー映画の鑑賞を始めた。ソファに寝そべりながらホラー映画を見、お菓子を食べられるなんて初めてだ。いつもなら母親にだらしないと怒られ、お菓子を取り上げられてしまう。だが、今日は母親も弟もいない。つまり、一人最高というわけだ。映画の中では主人公の周りに異変が起き始めている。
「何見てんの?」
映画に見入っていると、背後から声をかけられ私の心臓は思い切り跳ね上がった。もう、両親が帰ってきたのか。男の声だが、弟でもない。弟ならすぐにリモコンを取り上げ、テレビの電源を切ってしまうからだ。不審者が入ってきたのか。
「あ、お菓子だ。ねえ、それ一つだけでもいいからちょうだい」
振り向けず戦々恐々としていると、彼は私のお菓子に狙いをつけた。大袋のスナック菓子だ。たくさん入っているので、一つくらいは良いだろう。
「良いけど…」
お菓子の袋を持ち上げると、袋の中に手を突っ込んだのか、ガサガサと音を立てた。
「ありがとう、結構しょっぱいねこれ」
お菓子の感想を言い、食べ終えても立ち去る気配はない。まだ何か用があるんだろうか。
「…ふーん、ホラー映画見てるんだ」
次は映画か。
「そう、普段は家族がいると見られないから」
「へえ。別に一緒に見れば良いんじゃない?」
「ホラー映画が嫌いな家族がいるから」
「どうして?」
「怖いから」
「怖いから?ホラー映画はそもそも怖いものだよ」
勝手に入ってきて面倒くさい奴だな。無視して映画に集中し始める。
「ねえ、さっきのしょっぱいのもう一つちょうだい」
無言で袋を持ち上げると、ガサガサと袋を漁る音がした。気に入ったらしい。画面の主人公はガタガタと揺れる押し入れに近づく。
「こういうのって、開けても居ないんだよね」
パリパリとお菓子を食べながら、彼は呟く。何故私は不審者とお菓子を食べながら、映画を見ているんだろうか。取り敢えず、映画を見終わったら通報しよう。主人公が押し入れを勢いよく開けると、何もいない。
「ほら、やっぱり…」
主人公が押し入れを閉めようとした瞬間、青白い顔が画面いっぱいに迫ってきた。
「ひっ」
彼の小さな悲鳴が聞こえた。無視して展開に固唾を呑んでいると、弱々しく彼が話し出した。
「…今のは良くない。あんな大きな効果音と怖い顔出されたら誰だって驚くよ。怖いってそういうのじゃないし、解釈違いっていうか…」
ホラー映画は大体そういうものだろう。そうして彼は何度か悲鳴を上げながら、一本映画を見終わった。
「うん、まあまあかな」
「…まあまあ?」
「そう、普通。やっぱりフィクションだから、そんなに怖くなかったよ。というか、君は何でここに…」
ソファから起き上がり振り向くと、男と目があった。だが胴体はなく、天井の照明に長い首を巻き付けぶら下がっている。顔をテレビに向け私と会話していたらしい。
「面白そうな映画だったから、来ちゃった」
彼はニンマリと笑みを浮かべた。