こんな夢を見た。散歩をしようと思いつき、夜中に外へ出かけた。昼は暖かくなってきたが、夜はまだまだ冷え込む。上着を着て来て良かった。ぼんやりとした街灯の明かりを頼りに歩く。寝静まった住宅街を一人歩いていると、私だけが誰もいない世界に残された気がしてくる。
「…ちょっと、ありきたり過ぎる表現か」
そうだ、今日は天気がいいから空でも見てみるか。上を見上げると、やはり星空が広がっていた。大人になると空を見上げることが減るため、久しぶりの星空は綺麗だった。夢中で眺めながら、歩いていると誰かとぶつかった。
「あっ、すいません。怪我はないですか?」
声をかけるが、返事が返ってこない。もしかして私の体格差で、突き飛ばしてしまっただろうか。誰かの方に目を向けると、額を抑え目を輝かせた女性がいた。
「あの…もしかして、貴方が運命の人ですか?」
「…は?」
「いえ、間違いありません!星たちがそう言っていましたし!見つけました、スピカの伴侶!どうか、スピカと共に宇宙へ参りましょう!」
「はい!?」
自分をスピカと名乗る女性は私の手をきつく握り、顔を近づけた。バサリと明るく輝く橙色の髪が私の周りに落ち、彼女の顔がよく見えるようになった。陶器のような白くツルツルした肌に、小さなピンク色の唇と夜空のような群青色の瞳がキラキラと輝いている。
「ちょ、ちょっと待って!私、何のことだか分からないんだけど」
彼女に迫られしどろもどろになりながら、私は彼女を押しのけた。
「あ!そうでした!スピカったら、先走っちゃってすみません!」
彼女は慌てて距離を取り、誤魔化すように笑った。もしかして、この人変質者か何かじゃないのか。
「ちゃんと説明しますね!えーと…」
彼女は上着から手帳を取り出すと、ページをめくり出した。
「あ、あったあった!じゃあ、読み上げますね」
彼女が読み上げた内容は長かったので要約する。今日は星が一番きれいに見える夜で、そこで会った異性が彼女の伴侶になる。それと、拒否権はないらしい…。
「そういうことなので、一緒に行きましょう!」
「今から行くの?だったら、いろいろ準備しないと」
「いえ、身一つで大丈夫です!スピカが宇宙まで貴方を抱えていきます!貴方はスピカの伴侶なので、怪我なんかさせません!」
ふんふんと鼻息荒く、彼女は細い腕を曲げ力こぶを作るような真似をした。全く力こぶは出来ていなかったが。
「宇宙って空気が無いんじゃ…」
「大丈夫です!スピカとキスすれば、空気が無くても平気になりますよ!」
無邪気にとんでもないことを言われて慌てる。
「キス!?そんな、今日初めて会ったばかりなのに。心の準備が…」
赤面し慌てる私を見て、彼女はクスクスと笑った。
「スピカの伴侶は初心なんですね!可愛いです!」
笑われて、いい気分になるわけがない。少しムッとして、彼女から目を逸らす。すると、すぐそばの空気が動く気配がする。いつの間にか目の前に彼女の顔が迫り、唇に柔らかいものが当たった。
「えへへ…スピカのファーストキスです!」
キスされたのだと理解し、私は体中の血液が顔に集まるのを感じた。何か文句の一つでも言ってやりたかったが、パクパクと口が動くだけで言葉は出なかった。
「さ、行きましょう!早くスピカの両親に貴方を紹介したいので!」
彼女は羞恥でまだ動けない私をひょいと抱えると、ふわりと浮き始めた。それからすぐに急上昇し、あっという間に成層圏の外へ出た。
「本当に息ができる…」
「スピカは嘘なんかつきませんよ!あ、でもスピカから離れないでくださいね!落ちちゃいますから!もちろん貴方を離す気なんかありませんけど!」
「スピカ」
彼女の名前を呼ぶと、彼女はパアッと目を輝かせた。
「はい!何でしょう、スピカの伴侶!」
「挨拶に行く前に星を見て回りたいんだ。私は地球から出たことないから、いろいろ見たいな」
「良いですよ!貴方の頼みなら、どこへでも一緒に行きましょう!」
彼女はスピードを上げ、宇宙の奥へと飛んでいく。星空の下での出会いから、こんなことになるなんて。彼女の腕の中で、私はすごい速さで消えていく星を眺めた。
4/6/2026, 9:59:26 AM