こんな夢を見た。私は突然世界の誰からも知覚されなくなってしまった。声をかけたり、体に触れたりしようとしたが無駄に終わった。人恋しくて人混みの中に突っ立っていると、誰かに肩を叩かれた。驚いて振り向くと、メガネをかけた優しそうな男性がホッとしたような顔をしていた。
「もしかして、私が見えるんですか?」
「はい。あの、僕のことも見えてますよね?」
頷くと、彼は安堵のため息をついた。
「良かった。やっと僕が見える人がいた」
彼も急に知覚されなくなったので、手当たり次第声をかけたりしたらしい。私もそうだと伝えると、彼は驚いていた。
「同じ状態になった人が、僕以外にもいるなんて」
「もしかして、同じ状態の人間同士なら見えるんでしょうか?」
「かもしれないですね。それにしても、本当に諦めなくて良かった。このまま誰にも気づかれず、死んでしまうんじゃないかと」
「ええ、本当に。私も、ずっと一人ぼっちなのかと不安で」
「だったら、一緒にいましょう。そしたら不安はなくなりますよ」
それから、私と彼は一緒に行動するようになった。そして、一年後。一時的なものと楽観視していたが、一年経っても治る気配はない。
「一年、経ちましたね」
「ええ、でも僕たちに誰も気づきませんね」
私と彼はお互いの手を握り、交差点の人混みを眺めていた。
「人がたくさんいても、誰にも気づかれないのは寂しいんですね。一人ぼっちって感じで」
「僕がいますよ」
「そうでした。じゃあ二人ぼっちですね」
「二人ぼっちなら、寂しくないですね」
彼は私の手を強く握り、何かを決心したような顔でこちらを見た。
「少し考えたんですけど、僕たちこのまま旅に出ませんか?いなくなっても、どうせ他の人たちには見えないんですし」
自分のスマホを見つめる。この一年間、誰からも一度も連絡が来ない。心配する声も、欠勤を咎める声もない。本当に私が消えてしまったのではないかと錯覚するほどだ。
「僕と一緒に世界を見に行きましょう」
私は頷く。世界一周旅行なんて初めてだ。
「世界一周旅行?豪華な新婚旅行ですね」
冗談めかして言うと、彼は耳までみるみる真っ赤になった。
「そういう意味じゃ…」
「えへへ、冗談ですよ。旅行楽しみましょうね」
私は茹でダコみたいになった彼を引っ張り、空港を目指した。
こんな夢を見た。私は学ランを着た誰かとベンチに座り話している。桜の木の下にあるベンチなので、桜の花びらが舞い散り彼の顔はよく見えない。
「…それにしても、春だね。桜は綺麗だし今日は暖かいし、最高の昼寝スポットだ」
桜の花びらの向こうから彼は、眠たげに欠伸をした。弁当を食べた後で、日当たりのいい場所だから気持ちは分かる。
「寝たら、午後の授業に間に合わなくなるよ」
「ふふ、分かってるって。このまま眠気に負けたら、ぐっすり眠れるなあって思っただけ。それに、キミなら僕のこと絶対に起こしてくれるでしょ?」
「…まあ、ほっとけないし」
彼が笑う気配がした。
「そう言うと思った。…それでさ、進路決めた?」
「志望校のこと?」
「そんな目先のことじゃなくて、今後の人生のことだよ」
さっきの眠そうな声とはうってかわって、真剣な声で彼は尋ねる。
「人生?」
「うん、人生。それで、どう?自分の人生のこと考えてる?」
急にどうしたんだろう。普段の彼なら、進路なんてその内考えるとか言っているのに。
「何も考えず、ぼんやりと大人になったら大変だよ。こんなはずじゃなかったって、絶対後悔する」
「いつもなら進路のことなんて考えたくないとか言ってるのに。もしかして桜を見て切なくなった?」
彼は少し沈黙した。
「…そうかも。きっと、お別れで寂しくなってるだけ」
「お別れ?」
彼は卒業したら、県外にでも引っ越すのだろうか。
「そうだよ、だから心配になっちゃって」
距離が遠くなっても、手紙を出したり会いに行ったり出来るのに。彼は意外と寂しがりらしい。
「引っ越すの?だったら、手紙を書くよ」
彼は首を横に振った。ざあっと先ほどよりも強い風が吹き、桜の花びらが更に舞い散る。彼の姿がまた見えにくくなった。
「距離が遠くなるだけなら、良かったのに」
彼は桜を見上げる。
「この桜が散れば、この夢は醒める。キミが目覚めると同時に、僕は消えて二度と会えなくなるんだ」
辛そうに話す彼の姿は、散る桜の花びらで覆われ更に見えにくくなっていく。桜が散るよりも先に彼が消えそうで、私は焦った。まだ伝えてない事があるのに。手探りで彼の手を見つけ、掴んだ。急に掴まれて驚いたのか、ビクリと彼の手が固く強張った。
「ど、どうしたの。手なんか握って…」
夢が醒める前にこれだけは彼に伝えなくては。
「また会える。夢が醒めても絶対に忘れないから、君も私のこと忘れないで」
彼はため息をつき、私の隣に距離を詰めた。
「忘れる、忘れないの問題じゃないんだけど…まあ、いいか」
彼の手が私の肩を掴み、彼の方に引き寄せられ耳元で囁かれた。
「言われなくても忘れたりしないよ。キミは大事な人なんだから」
目を丸くして彼の方を見ると、彼と目が合った。桜の花びらの向こうに一瞬見えた彼は、泣きそうな笑顔をしていた。
「また会おうね」
彼は立ち上がり、桜の花びらの中に消えていった。
こんな夢を見た。私は村の人たちに連れられ、ある場所へと向かっていた。着いた先には、古めかしい台座に剣が刺さっていた。
「これを引き抜け」
「何ですか、これ」
「これは聖剣だ。剣に、勇者として認められると引き抜ける。ともかく、剣の柄を引っ張ってみろ」
抜けるわけがない。私は、ただの武器屋の娘だ。不思議な力とは無縁だし、勇者の末裔でもない。抜けなければ諦めるだろう。私は剣の柄を握り力を入れる。ググッと上に持ち上げると、剣が動きそのまま引き抜けた。呆然としていると、周りから歓声が上がった。
「勇者だ!」
「この村に勇者が現れたぞ!」
呆然としている私をよそに、あっという間に旅の支度が終わり、村を出ることになった。
「大変だろうが頑張ってくれ。なあに、聖剣さえあれば死ぬことはない。聖剣は持ち主を守ってくれるからな」
調子の良い言葉に私は頷き、村を出た。村が見えなくなった頃、私は剣を鞘から引き抜き眺めた。これは、ただの鉄の剣だ。父の店の手伝いで武器の鑑定をしていたので、すぐに分かった。両親をモンスターの襲撃で亡くした私を体よく厄介払いしたかったのだろう。村の人を恨むつもりはない。最近、モンスターが増えて畑や家畜を襲われて食料が減っていた。だから、自分たちの食い扶持を守るためにしたことだろう。
「いや、そんなことはどうでもいい」
私は勇者という大義名分を手に入れたのだ。つまり、好き放題出来るということ。勇者として必要ならば、奪うことも正当化されるのだ。もう私は蹂躙される側ではない。剣を鞘に戻し、村を探すために歩く。剣だけではすぐ死んでしまうだろう。
「勇者って言うわりには、お金全然渡してくれないんだよなあ…」
ぼやいていると、近くの茂みが動いた。こっそりのぞくと、小さなオオカミ型のモンスターが毛づくろいをしている。しめた、今なら隙だらけだ。それに子どものモンスターなら、この剣でいい。私は剣を抜き忍び足で近づくと、モンスターの心臓を一突きした。動かなくなったモンスターを見、私は胸が高鳴るのを感じた。一方的に蹂躙してきたモンスターが動かなくなった。今まで剣を持ったことがない私の手によって!殺した恐怖や罪悪感よりも、高揚感に包まれていた。血まみれになった剣を振り、血を飛ばすと鞘に戻す。大丈夫、私なら出来る。興奮さめやらず私は鼻歌を歌いながら、近くの村を目指した。
こんな夢を見た。寝坊し急いで玄関から出ると、外ではなくトイレだった。ついでに用を済ませ、トイレから出る。だが玄関ではなく、自室だった。忘れ物がないかチェックする。あ、これ忘れてた。忘れ物をカバンに突っ込み、部屋を出た。次は居間。つけっぱなしのテレビから流れる天気予報を見る。午後から雨が降るらしい。カバンに折りたたみ傘入れっぱなしで良かった。テレビの電源を切り、居間から出る。今度は洗面所。
「そろそろ、外に行きたいんだけどな」
鏡の中の私は不満げな顔をしている。取り敢えず身だしなみをチェックする。あ、寝癖と頬によだれの跡がついてる。ついでにボタンをかけ違えていたのでかけ直す。これでよし。もう一度鏡を確認する。大丈夫そうだ。洗面所から出ると、玄関に出た。先ほどまで自分が座っていた場所にお弁当が置かれていた。
「お弁当!」
私はどうやらお弁当を忘れて出ようとしていたらしい。いつもは苛つく不条理なドアに感謝をし、外へ出る。やっと外に出ることが出来た。
「忘れ物多くて身だしなみがきちんとしてないやつを外に出したら、近所のドアに笑われちゃうよ。普通のドアになってほしいなら、もう少しきちんとしてよね。それに…」
背後のドアがぶつぶつと説教してきた。だが、急いでいたので無視して学校に向かった。
こんな夢を見た。半魚人の友人たちが追いかけ回されているというので家に匿った。理由を聞けば、人魚の涙を求めて人間が痛めつけてこようとするらしい。
「だから逃げていた、と」
「そう」
「そうだな」
人魚のような見た目の少女マリンはしょんぼりと答える。その横で、上が魚で下が人間のアクアはため息を漏らす。
「ボク人魚みたいだけど、人魚の涙なんて知らないよ。人間たちが言ってるのって宝石のことでしょ?」
「魚が眼から宝石なんか出せるか。オレたち半魚人は人間と一緒で塩辛い液体しか出せねえよ」
「え?ボク、出ないし泣かないよ?」
「え、そんな人間みたいな見た目してるのにか?」
「うん。あ、もしかして陸に上がったかどうかじゃない?ほら、アクアは陸上で過ごしてるじゃん」
「そりゃ人間の足じゃ常に泳げないからな。足つるし。…いや、マリンの方が陸に上がるべきじゃないのか。人間は水中で息できないだろ」
「人間の上半身だけど、エラは退化してないから。ほら、ちゃんとあるでしょ」
たしかにマリンの首に三本赤い横線が入っている。
「それ言うなら、アクアの方が…」
話が脱線してきた気がする。
「ええっと、アクアとマリンはこれからどうするつもり?」
声を掛けると、アクアとマリンはお互い顔を見合わせた。
「どうしよっか…」
「そのうち、人間たちも諦めて帰るだろ。それまでオレは寝る。散々追い回されたんだ」
アクアは勝手に私のベッドに横たわり、目を開けたまますぐにいびきをかき始めた。嗚呼、干したばかりのシーツにぬめりと鱗が…。真っ白のシーツにアクアが寝ていると、まな板の鯉と言う単語がチラつく。
「うーん…ボクも体乾いてきたし、お風呂場借りてもいい?」
「いいよ」
私の横を通るマリンの耳にキラリと何かが光った。
「あれ、マリン。何か光ったよ?」
「ああ、これ?」
マリンは私に近づくと、耳飾りを見せてくれた。小さな真珠とドロップ型の大きな水色の宝石が、マリンの耳で揺れている。
「ママがボクのために作ってくれたの。ボクの名前と同じ石と真珠でね。ボクがどこかにお嫁に行くときに着けなさいって」
マリンは照れくさそうに話す。
「ママはすごく有名なデザイナーでね、こういうアクセサリーを作る仕事をしてたの。いつも忙しそうでボクは心配してた。案の定、病気になって死んじゃったんだけどね。でも、後からボク宛の手紙とこの耳飾りが見つかって」
愛おしそうに耳飾りを触る。
「不謹慎だけど、ボク嬉しかった。ママはボクのこと忘れてなかったんだって」
初めて聞くマリンの母の話に口ごもっていると、マリンはにっこりと微笑みかけた。
「…なんて、しんみりさせちゃった。ボク、もう大丈夫だから。お風呂場行ってくるね」
「う、うん」
マリンがお風呂場に引っ込むと、途端に静かになった。ベッドの方からアクアのいびきが聞こえるくらいだ。
「…テレビでもつけよう」
テレビをつけると、ニュースが流れ始めた。
「…美術館に寄贈された『人魚の涙』が盗まれ、犯人は未だ逃走中…」
人魚の涙…。アクアとマリンが言っていたが、まさかこれのことではないだろう。あの二人が盗みなんかするわけない。それでも気になって、ニュースの続きを見る。『人魚の涙』は有名デザイナーの遺作であり、家一軒が建つほどの値がつくらしい。画面の『人魚の涙』は、マリンが着けていた耳飾りにそっくりだった。
「見たな」
背後から低い声が聞こえた。振り向くと、アクアが立っていた。
「どうして盗みなんか…」
「盗んだんじゃない。あれは元々マリンの物だ。手紙には娘への贈り物だと書かれていた。にも関わらず、勝手に美術館に寄贈されていたんだ。『人魚の涙』としてな」
「だから、取り返したの…?」
アクアは頷く。
「オレもマリンもお前のことを友だちだと思っている。お前もそうだろ。オレたちに協力することなんてわけないことだよな?」
私は頷くしかなかった。