こんな夢を見た。私は教室で授業を受けている。久しぶりに学生時代の夢を見たな。懐かしい気持ちで教室の中を見回し、黒板に向き直る。黒板には大きく『お金より大事なもの』と書かれていた。
「…よく、お金より大事なものがあると言いますが、皆さんにはお金より大事なものはありますか?」
お金より大事なもの?あまり深く考えたことはなかったな。悩む私とは対照的に、他の生徒たちが口々に具体例を挙げている。友人、家族、ペット…すぐに挙げられるほど大事なものがあるのは羨ましい。
「皆さんの周りには大事なもので溢れているんですね。素晴らしいです。でもそれを犠牲にすれば、大金が手に入ると言ったら皆さんは差し出せますか?」
困惑する生徒たちをよそに教師は教壇の下からアタッシュケースを取り出した。
「皆さんはとてもいい子たちなので特別ですよ。この中には一億入っています。大事なものを差し出せる方にこれを全て差し上げましょう」
途端に教室中がざわめいた。当たり前だが、学生にとって一億は途方もない金額だ。欲しいとは思うが現実味がない。
「差し出すものは今持っているものでお願いします。無いものは差し出せないので。人の場合は、その人の許可を取る必要はありませんよ」
教師は生徒たちを見回し、にっこりと微笑む。
「今、皆さんが挙げたものが一億の価値を持っているのですよ。誰か、差し出してもいい方はいませんか?」
これは授業なんだろうか?様子がおかしい。生徒たちも、こそこそと話し合っている。大方、一億は欲しいが警戒しているのだろう。
「うーん…誰も名乗り出ませんね。大金が手に入ると言うのに。仕方ありません、こちらから一人指名しましょう」
教師は、迷いなく私の方を指差した。
「あなたはまだ答えていませんね。あなたの大事なものを、そしてそれは差し出せるものか教えてください」
大事なもの…やはり思いつかない。
「無いなんてことはないでしょう。生きていれば一つはあるはずです」
沈黙し続ける私に教師は答えを催促する。挙げられた大事なものは私にしっくり来ない。
「一億ですよ、一億。あなたの大事なものと引き換えで全てもらえるんです」
お金より大事なものを引き換えることなんか、出来ないはずだ。そうだ、引き換えられないものと言えば一つだけあった。
「私の大事なものは自分自身。だから、一億積まれても差し出すことは出来ません」
「他に大事なものはありませんか?」
「私には私しかありません」
教師はため息をついた。
「他の皆さんは本当に良いんですか。皆さんがいい子なので、特別にそう言っているんですよ」
生徒たちは顔を見合わせている。どうする、と言わんばかりに。
「お金があっても守るもの自体が無ければ意味ありませんよ」
「あなたにはもう聞きました。良いですか、お金よりも大事なものはお金でしか…」
教師は完全に私から目を逸らした。その隙を見計らって私は教壇に近づき、アタッシュケースを奪い取った。
「あ、こら!」
教師が手を伸ばしたが、既にアタッシュケースは開き中身が散らばった。バサバサと落ちる束を近くの生徒が拾い、声を上げる。
「何だこれ!一番上の一万円札以外白紙じゃないか!しかも、一万円札もペラペラのただの紙だし!」
空になったアタッシュケースを投げ捨てる。教師は呆然と立ち尽くしていたが、笑い出した。
「ふ、ふふふ。やはり、あなたは本当に侮れない人ですね。今回はあなたの勝ちです。今度は必ず…」
教師はニヤリと笑うと、窓を開け跳躍する。下に着地すると、獣のように走り去っていった。
こんな夢を見た。縁側で私は夜桜を見ている。昼の桜は当然美しいが、夜の桜も美しい。今晩は満月で淡い桃色の花が照らされいる。光っているように見えて美しさが際立つ。こういうのを桜月夜と言うのだろう。
「月と桜を肴に一杯いかが?」
後ろの障子が開き、お盆に載った徳利とお猪口が出てきた。
「ああ、一杯もらうよ」
ニュッと障子の隙間から白い手が伸び、徳利を掴むとお猪口に酒を注いだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
お礼を言い、お猪口を手に取る。ふと、二人で飲んだ方が楽しいのではないかと思い、声の主に尋ねる。
「あんたもこっちで飲まないか?」
「お酌をするのが好きなので」
「じゃあ飲まなくてもいいから、こっちで月と桜を見よう。綺麗だぞ」
「顔を見られたくないので」
難儀な奴だ。私はそれ以上声をかけずに酒をあおった。白い手が徳利を持っていたので、もう一杯もらった。
「…来年もここで見てくれますか?」
「そうだな。今夜の月と桜を見ながらの酒は美味かった。また来る、来年はあんたと酒が飲めると良いんだけどな」
障子の向こうから、息を呑む音がした。
「嬉しい。来年もお待ちしております」
ビュウと突風が吹き、桜が舞う。満月を囲むように散った花びらがぐるぐると回る。それを眺めている内に私は気が遠くなっていった。
「約束ですよ。月と桜が満開になったら、あなたを迎えに来ますから」
気を失う寸前、そんな楽しそうな声が聞こえた。
こんな夢を見た。顔を洗いに洗面所に行った。蛇口を捻ろうとすると手が上手く動かない。見れば私の両手首に縄が巻きついている。なんとか外せないか手首を動かすが、肉に食い込んで痛い。外すのは諦めたが、疑問が残る。この縄はどこに繋がっているんだろう。家の中を探すがどこにも繋がっておらず、縄は外へ伸びている。興味が湧いたので、たどっていくことにした。どんなに歩いても縄はどこまでも伸びている。いつまでも縄を引きずりながら歩かなくてはいけないのか。少しくたびれてきたところで縄が引っ張られた。引っ張られた方向に何かあるかもしれない。そちらへ向かう。しばらくするとまた引っ張られたので、方向転換をする。そうして、縄の終着点にたどり着いた。縄の端は誰かの左手首に巻き付いている。理由を話して外してもらおう。本当に誰がこんなことをしたんだろう。
「あの…」
「あれ?久しぶり!どうしたの、やっぱり寂しくなって会いに来たの?」
「え?」
「言わなくても分かるよ。僕と仲直りしたくて縄をたどってきたんでしょ、嬉しい。僕もキミに会いたかったんだよ!」
「だ、誰ですか」
「恥ずかしがらないでいいよ。やっぱり、僕たちの絆は切っても切れないんだね!」
嬉しそうに話す彼に少し見覚えがある。
「金銭や人間関係で色々あったけど、また仲良くしたいな。現実でも会って遊ぼうよ」
思い出した。彼は、度重なるトラブルで疎遠になった友人だ。
こんな夢を見た。郵便受けにチラシやDMが溜まっていたので、片付けることにした。一応開けて確認するが、特に大したことは書いてない。開けては捨てを繰り返していると、一枚のDMが目にとまった。簡単作業、高額時給を謳った求人情報だ。内容は倉庫でのピッキングと仕分け。正直怪しいと思うが、退屈していたので応募することにした。たまには良いだろう、どう転がっても何かネタになりそうだし。電話で問い合わせると、人が集まっていなかったのかすぐに採用された。指定の場所に行くと、大きな倉庫が建っていた。中に入ると、顔の見えない作業員が迎えてくれた。目を凝らすが、靄がかかったようにはっきりと見えない。そんな私を怪訝そうに見ながら、作業員は説明を始める。メモをとろうとすると、口頭で覚えろと注意された。驚きながらも謝り説明を頭に叩き込むと、作業にとりかかった。伝票の束に記載された商品を集め、仕分ける。仕分けた商品を搬出するために台車に乗せた。
「おー、新人。飲み込みが早いね」
作業員の一人が話しかけてきた。相変わらず顔は見えない。
「単純作業が好きなんです」
「へえー、変な奴だな。ここの仕事適職なんじゃね?ところでさ、この商品何だと思う?」
「さあ…。伝票には番号しか書かれてないんで」
「実はなこれ、今夜皆が見る夢の部品なんだよ」
「夢?」
「そう。今から工場で組み立てて、皆が寝る前に出荷するんだ」
夢は組み立て式だったのか。すごいことを聞いた。
「でも、誰も信じないだろうな。毎晩見る夢が一つ一つ手作業で出荷されてるなんてな」
「でしょうね」
「信じなくても、お前の夢も俺たちが作業して出荷したものなんだぜ。今回の求人も、こうやって俺たちが作業中に駄弁ってるのもな」
「え?」
じゃあ、これは夢?そう思った途端、手の中の伝票の束が消えた。それから作業員、商品の箱の山、最後に倉庫の電気が消え真っ暗になった。
こんな夢を見た。私は少女とともに白詰草の畑で花冠を作っている。慣れない私を尻目に、少女は鼻歌を歌いながら、花冠を作っている。
「出来た!あと、これ見つけたからどうぞ」
彼女は私の頭に花冠を被せ、四つ葉のクローバーをくれた。
「ありがとう」
「そっちの花冠はまだ出来そうにないね。他に何か作ろうかな」
私の手の中の花冠を見ながら、また白詰草を一、二本摘んだ。慣れた手つきで白詰草を編んでいる。何を作るんだろう。
「ほら、見てないで自分の完成させて?」
視線を感じたのか、彼女は手を止め苦笑した。
「そう言われても、花冠なんて作ったことないから」
「わたしは、一から君の手で編んだ花冠が欲しいんだけど。しょうがないなあ」
貸して、と差し出された彼女の手に途中までぐちゃぐちゃに編まれた花冠を渡す。
「あー、見事にぐちゃぐちゃだ。ちょっと解かないと」
「だから慣れてないし。ぐちゃぐちゃが嫌なら、それ捨ててよ」
「ぐちゃぐちゃでも君が最後まで作ってくれたんならわたしは嬉しいんだけど」
「私は気になるから。どうせあなたにあげるならきれいに編めた花冠がいい」
そう言うと彼女は手を止め、大きな目をさらに大きくした。
「…本当、そういうとこ」
「何が?」
「何も!だったら徹底的にきれいに編めるように、何個でも作らせるんだからね!」
急にやる気を出した彼女に、私は手が痛くなるまで花冠を作らさせることになった。日が落ちる頃に、ようやく私は満足する出来の花冠を作り上げた。隣でヘトヘトになった彼女の頭に花冠を載せる。
「やっと、出来た…。君、凝り性なんだね。形だけなら五個目で出来てたでしょ」
「だって、あなたにあげるものだからね」
「また、そういうこと言う…。それにしても、本当にきれいに…あれ?」
「もらった四つ葉のクローバー編み込んでおいた。可愛いでしょ」
彼女は大きなため息をつくと、花冠をぎゅうと胸に抱いた。
「わたしがあげたもの、またわたしに返すなんて…」
「嫌だった?」
「ううん。ところで、白詰草って何の意味があるか知ってる?」
「知らない」
知ってるが、知らないフリをする。それは彼女にとって私に言ってほしい言葉だから。
「嘘つき、知ってるくせに。わたしと初めて会った日にいろんな植物の名前とか由来とか教えてくれたじゃない」
「そうだっけ。私、適当なこと言ってたかもよ」
彼女は恨めしげに睨むと、私の左手をつかみ、指先に何かを通した。
「白詰草の指輪…?いつの間に」
「わたしにかかれば片手間で出来るよ。それで、いつになったらちゃんと言ってくれるの」
彼女の気持ちは分かっている。だが、下手に軽い気持ちで返事すると、彼女が傷つくだろう。
「やめようよ、こんなの。私、あなたと植物の世話したり花冠作ったりするだけでも幸せだよ。無理に関係を進める必要なんかないよ」
「いや。君はそれでも良いかもしれないけど、わたしの気持ちはどうなるの?」
どうしてこんなことに。
「わたし、諦めないからね。大好きな君に愛の告白してもらうの」
彼女は私の左手をとり、恋人繋ぎのように指を絡めた。
「時間ならたくさんあるから」