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11/18/2025, 12:36:13 PM

記憶のランタン(オリジナル)

骨董品が雑多に並ぶ店に、それはあった。
『記憶のランタン』
見た目は普通にオシャレなランタンである。
店主に聞くと、記憶を取り出してしまっておけるうえに、火を灯せば煙のようにわいて出て、消えてなくなるものらしい。
そんな解説を受けて胡散臭く思っていたのだが、妻が思いのほか食いついた。
防災用品としても使えると押し切られ、買って帰ったのだった。

自分はすぐに興味を失い買った事さえ忘れていたが、妻は色々実験をしていたらしい。
ある時、私を呼んだ。
「あなた、見ててね」
ランタンに火を灯すと、ボワリと何かが吐き出され、部屋いっぱいに広がった。
それは、まるでプラネタリウムかプロジェクションマッピングのような映像だった。
美しく壮麗なオーロラが、頭上に広がっている。
どこかで聞いたことのあるような景色だなと、口をあんぐりあけて見惚れていると、横で妻が、
「就職5年目の海外旅行先、アラスカで見たオーロラの景色よ。当時お付き合いしてたあなたにも見せてあげたかったって話した事あったでしょ」
と言うので、驚愕に目を剥いた。
「そんな大事な記憶、抜いて燃やしてしまって良かったのか?!」
「大丈夫、こうしてまた見る事で、脳に戻るから」
妻はそう言って空を見上げ、満足そうに微笑んだ。

その笑顔を見ていて、泣きそうになる。
美しいものを見た時に、一緒に見たいと思ってくれるのが嬉しい。
見せてあげたいとか、一緒にいたいと思える相手がいて、その人と伴侶となれている事の幸せを噛み締めるのであった。

11/17/2025, 12:27:21 PM

冬へ(オリジナル)

我が社はそこそこみんな仲が良い。
良い雰囲気で仕事ができているが、きっとどこもそれなりに問題児はいるもので。
そして、我が社も例外ではない。

本日は仕事終わりのロッカーで、仲間と楽しくおしゃべりをしていた。
話題は、とっても面倒で変人な同僚のこと。
彼女は正義の範囲がとても狭く、高圧的に他人を叱るのが好きで、他人の意見を受け入れない頑なさがあることから、我々は陰で「姫婆(ひめばあ)」と呼んでいた。
もちろん、彼女は先に帰っていて、ここにはいない。
「ねぇ、姫婆、今日もやっちゃってたよ」
「えーなになに?」
「イライラしてたのかさ、後輩ちゃんつかまえて、機械に被せてるカバーが折れ目通りにたたまれてないって、どうでも良い事をネチネチネチネチ」
「うわ、マジどうでも良い。後輩ちゃん可哀想」
「表面的には謝ってたけど、後でトイレで会った時にウルセェってキレてたから、慰めといた」
「そっか。彼女マイルール多い上に押しつけてくるから面倒くさいよね」
「ホントホント。自分の思い通りにしようという圧がすごい」
「イライラを人にぶつけるしさー、自分はスッキリするかもだけどさ、やられた方はたまったもんじゃないよね。空気悪くなるからマジやめて欲しいんだけど」
「姫婆、怒ってる時のオーラマジ怖いからねぇ。他人に怒ってても隣で聞いてて背筋凍るもんな」
「パワハラでクビにならないんかね」
「下っ端だとパワハラにならないんじゃね?」
「今は逆パワハラってあるらしいよ」
そんな彼女の相手を、同僚であるが故に背負わされている私である。
本人からの攻撃はのらりくらりと躱し、周囲からの文句はこうして愚痴として発散しながら、そこそこ悪くない雰囲気作りができている。
愚痴を吐き出してスッキリできたところで帰ろうと、ロッカー室の扉を開けたとたん、姫婆とばったりかち合った。
姫婆はとても怖い顔をしている。
おそらく聞かれていた。
「忘れ物」
彼女は怒りのオーラを発しながら、それだけ言うと、すれ違いにロッカー室へ入って行った。
空気が凍る。

明日から、職場の厳冬期突入は間違いない。

冬へ。

11/16/2025, 1:00:18 PM

君を照らす月(オリジナル)(異世界ファンタジー)

長く一緒に旅をしてきた。
彼女は過去の記憶をなくしていたが、癒しの力を持ち、いつも人を助ける事に一生懸命だった。
血を見ると気絶してしまうのに。
真面目で素直で頑張り屋で優しい少女だった。

その彼女が。
目の前で。
豹変していた。

満月の光の下。
人であったはずの身体がありえない方向にしなり、ゴキゴキという音をたてて背が膨れ上がる。
手には鋭く尖った爪。
口は牙が伸び、噛み締めた隙間から涎が垂れている。
リーリーという不快な音と振動が、その口から漏れて、辺りを不気味に震わせていた。

「なんだよこれ!」

ラッツが驚きの声をあげた。
彼は重症のネオを庇う位置に立っていた。
ネオはこうなる直前の彼女の治癒のおかげで首の傷が塞がり、一命を取り留めていた。
出血が多かったため意識が朦朧としているが、気絶すると巨体の獣人である己を運べる仲間はいないので、なんとか踏みとどまっている。

「狂戦士(バーサーカー)!!」

ラッツが状況を正確に理解し、そう呟いて、勢いよくネオを振り返った。
瞳には焦燥と困惑と心配が宿っている。
そう、彼には話した事がある。自分は己の村を滅ぼし、家族を惨殺した犯人を探しているのだと。
だから、彼にはわかったのだ。彼女こそが、ネオがずっと追い求めてきた犯人なのだと。

ネオは少し前からその事実を知っていた。

旅の果て「自身が最も知りたい事を見られる部屋」という、嘘のような効果を持つ魔法の部屋に到達した。
己は当然犯人を望み、村が滅ぼされた過去の場面をこの目で見る事ができた。
そして、愕然とした。

彼女にその時の記憶はない。
多量の血が狂戦士になる引き金のようで、少しの血を見ても気絶していたのは、こうなる事を本能的に防ぐためだったのだろう。
しかし、己が瀕死の重傷を負い、その命を救うために踏みとどまった結果がこれだ。

罪なき村人達を惨殺したのは彼女だった。
狂戦士になっている間の記憶はないのだろう。
ならば、彼女の意思で行った事ではない。
それでも復讐するのか?
難しい。
けれど、許せるのか?
許せない。

事実を知ってから、ずっと己に問うてきた。
今も、その答えは見つかっていない。

彼女は凶悪な狂戦士へと変貌を遂げ、獣の咆哮をあげた。
空気がビリビリと振動し、敵味方の区別なく、激しい殺意がほとばしる。
邪悪な姿が月明かりにくっきりと浮かび上がり、いっそ神々しいほどであった。

(ああ、あの姿だ)

過去の殺戮映像と明確に被るその姿。
戦える余力がないからか、命を助けられたからか、あれほど燃え盛っていた復讐心はなりを潜めていた。
ずっと信じたくはなかったが、やはりそうだったのか、という諦めだけが、コトリと胸に落ちた。

11/15/2025, 2:03:38 PM

木漏れ日の跡(914.6)

日本アルプスの山々に登っていた事がある。
自然は好きだ。
土の地面を歩くと立ち昇る匂いや、目に優しい緑、圧倒される大岩や切り立った崖、美味しい空気に、可愛い高山植物など。
「木漏れ日の跡」というお題からは、登山に向かう道中、森林限界を越える前、天気が良い日には木々の隙間から漏れる光のシャワーが地面にくっきりとした陰影のまだら模様を描いていた光景を思い出す。

今は体力と熊が怖くて山に行きたいとは思えないけれど、自分でお湯を沸かして山の上でコーヒーを飲むロマンを叶えた日の事とか、雲ノ平山荘でいただいた粕汁が最高に美味しかった事とか、大雨に降られて全く景色を堪能できなかった登山で地図の稜線を埋める楽しみを教えてもらった事とか、槍ヶ岳のとあるテント場にあるトイレで衝撃的な絵面を見た(詳しくは汚い話なので自粛)事とか、思い出がたくさんある。

とはいえ、これらは結構昔の話だ。
創作に使える知識や経験を、特にここ数十年、意識して収集できていないなと反省。
時々こうして創作ではないものでお茶を濁しながら、今後少しづつ新たなネタや知識をリアルの世界から拾って創作に活かし、書くことを楽しみたいと思う。

11/14/2025, 4:27:06 PM

ささやかな約束(オリジナル)

認知症の母の介護のため、実家に戻った。
まれに正気に戻って娘の事を認識するが、普段は全く覚えておらず、苦難の日々が続いている。
母は足腰が弱ってきているが、一緒であればまだ外出可能なため、時々気分転換で散歩に連れ出している。
今日は少し賑やかな駅前通りを歩いていた。
ふと、母が立ち止まった。
手を繋いでいたので、必然的に自分の足も止まる。
母の視線の先には、昔からあるアイスクリーム屋。
「アイス食べたいの?」
私が尋ねると、母は私の手を引いて、吸い込まれるようにそのお店に入った。
並んでアイスを買う。順番が来て、
「チョコミントください」
と母が言い、私は驚いた。
母は健康志向で、あの人工着色のような青いミントを嫌っていた。私が食べたいと言っても食べさせてもらえず、いつもバニラばかりだった。
(本当は食べたかったのかな?)
子供の健康のためにと我慢していたのかも。
そんな事を考えながらお店を出ると、母が、
「はい」
と、そのアイスを、私に差し出してきた。
「え?」
「今度立ち寄る事があったら買ってあげるって約束してたでしょ」
そう言われて、はるか昔の記憶が蘇った。
子供の頃に一度だけ、このお店でチョコミントアイスを買ってもらった事があった。
しかし、お店を出てすぐ、コーンにのったアイスを舌で舐めたところ、アイス部分をポロリと地面に落としてしまい、結局食べる事ができなかった。
拾おうとして止められ、せっかくのチョコミントアイスを逃した悲しさと己の不甲斐なさに泣きそうになっていた私に、母はそのように言ったのだが、結局、その約束が果たされる事はなかった。
それなのに。
母はニコニコとこちらを見ている。
「いいの?」
「もちろん」
母からアイスを受け取り、今度こそ落とさないよう慎重にアイスを舐める。
「どう?美味しい?」
「うん」
覚えていてくれた。
色々忘れた中でも、こうして思い出してくれたという事は、母の中で大きな事だったのかもしれない事が、とても嬉しい。
私は涙で頬をベショベショに濡らしながら、大切にチョコミントアイスを食べた。
この味を、時を、気持ちを、一生忘れないと思う。

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