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君を照らす月(オリジナル)(異世界ファンタジー)

長く一緒に旅をしてきた。
彼女は過去の記憶をなくしていたが、癒しの力を持ち、いつも人を助ける事に一生懸命だった。
血を見ると気絶してしまうのに。
真面目で素直で頑張り屋で優しい少女だった。

その彼女が。
目の前で。
豹変していた。

満月の光の下。
人であったはずの身体がありえない方向にしなり、ゴキゴキという音をたてて背が膨れ上がる。
手には鋭く尖った爪。
口は牙が伸び、噛み締めた隙間から涎が垂れている。
リーリーという不快な音と振動が、その口から漏れて、辺りを不気味に震わせていた。

「なんだよこれ!」

ラッツが驚きの声をあげた。
彼は重症のネオを庇う位置に立っていた。
ネオはこうなる直前の彼女の治癒のおかげで首の傷が塞がり、一命を取り留めていた。
出血が多かったため意識が朦朧としているが、気絶すると巨体の獣人である己を運べる仲間はいないので、なんとか踏みとどまっている。

「狂戦士(バーサーカー)!!」

ラッツが状況を正確に理解し、そう呟いて、勢いよくネオを振り返った。
瞳には焦燥と困惑と心配が宿っている。
そう、彼には話した事がある。自分は己の村を滅ぼし、家族を惨殺した犯人を探しているのだと。
だから、彼にはわかったのだ。彼女こそが、ネオがずっと追い求めてきた犯人なのだと。

ネオは少し前からその事実を知っていた。

旅の果て「自身が最も知りたい事を見られる部屋」という、嘘のような効果を持つ魔法の部屋に到達した。
己は当然犯人を望み、村が滅ぼされた過去の場面をこの目で見る事ができた。
そして、愕然とした。

彼女にその時の記憶はない。
多量の血が狂戦士になる引き金のようで、少しの血を見ても気絶していたのは、こうなる事を本能的に防ぐためだったのだろう。
しかし、己が瀕死の重傷を負い、その命を救うために踏みとどまった結果がこれだ。

罪なき村人達を惨殺したのは彼女だった。
狂戦士になっている間の記憶はないのだろう。
ならば、彼女の意思で行った事ではない。
それでも復讐するのか?
難しい。
けれど、許せるのか?
許せない。

事実を知ってから、ずっと己に問うてきた。
今も、その答えは見つかっていない。

彼女は凶悪な狂戦士へと変貌を遂げ、獣の咆哮をあげた。
空気がビリビリと振動し、敵味方の区別なく、激しい殺意がほとばしる。
邪悪な姿が月明かりにくっきりと浮かび上がり、いっそ神々しいほどであった。

(ああ、あの姿だ)

過去の殺戮映像と明確に被るその姿。
戦える余力がないからか、命を助けられたからか、あれほど燃え盛っていた復讐心はなりを潜めていた。
ずっと信じたくはなかったが、やはりそうだったのか、という諦めだけが、コトリと胸に落ちた。

11/16/2025, 1:00:18 PM