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ささやかな約束(オリジナル)

認知症の母の介護のため、実家に戻った。
まれに正気に戻って娘の事を認識するが、普段は全く覚えておらず、苦難の日々が続いている。
母は足腰が弱ってきているが、一緒であればまだ外出可能なため、時々気分転換で散歩に連れ出している。
今日は少し賑やかな駅前通りを歩いていた。
ふと、母が立ち止まった。
手を繋いでいたので、必然的に自分の足も止まる。
母の視線の先には、昔からあるアイスクリーム屋。
「アイス食べたいの?」
私が尋ねると、母は私の手を引いて、吸い込まれるようにそのお店に入った。
並んでアイスを買う。順番が来て、
「チョコミントください」
と母が言い、私は驚いた。
母は健康志向で、あの人工着色のような青いミントを嫌っていた。私が食べたいと言っても食べさせてもらえず、いつもバニラばかりだった。
(本当は食べたかったのかな?)
子供の健康のためにと我慢していたのかも。
そんな事を考えながらお店を出ると、母が、
「はい」
と、そのアイスを、私に差し出してきた。
「え?」
「今度立ち寄る事があったら買ってあげるって約束してたでしょ」
そう言われて、はるか昔の記憶が蘇った。
子供の頃に一度だけ、このお店でチョコミントアイスを買ってもらった事があった。
しかし、お店を出てすぐ、コーンにのったアイスを舌で舐めたところ、アイス部分をポロリと地面に落としてしまい、結局食べる事ができなかった。
拾おうとして止められ、せっかくのチョコミントアイスを逃した悲しさと己の不甲斐なさに泣きそうになっていた私に、母はそのように言ったのだが、結局、その約束が果たされる事はなかった。
それなのに。
母はニコニコとこちらを見ている。
「いいの?」
「もちろん」
母からアイスを受け取り、今度こそ落とさないよう慎重にアイスを舐める。
「どう?美味しい?」
「うん」
覚えていてくれた。
色々忘れた中でも、こうして思い出してくれたという事は、母の中で大きな事だったのかもしれない事が、とても嬉しい。
私は涙で頬をベショベショに濡らしながら、大切にチョコミントアイスを食べた。
この味を、時を、気持ちを、一生忘れないと思う。

11/14/2025, 4:27:06 PM