テツオ

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5/23/2024, 11:06:12 AM

【UNDERTALEのネタバレが
 多分に含まれています】


逃げたいすら思えない。

なんで自分がここに立って、漏れ出す黄金の光に充てられるのか、どうしてこの、どうしようもなく綺麗で、汚れさえしなかった回廊をきずつけているのか、なにもわからない。

“弟のこと”が憎いのか、それとも、このおれに、正義の心がわずかに残ってたのか?
ただ、殺されるのが怖いだけなのか。

ただ、こどもが遊びみたいに振り回す道具を、ギリギリで避けて、滴った汗を床に散らせて、ひたすらに攻撃してるだけだ。
バカみたいな数値で、バカみたいな生涯しかおくれないおれはなんなんだ。

「……なにがおもしろいんだ」

こんな終末をだれが望んだのか、そう疑問に思いかけたが、疑問を抱く間もなく答えがすぐそこにある。

こどもは、たのしげで、興奮していて、頬ははりつめたりんごみたいに赤い。
鐘の音が鳴って、しかしこどもはそんな音を一切聞いていない。
おれは、鐘の音か、こどものおもちゃを振るう音か、あるいは自分が回廊の装飾を引き剥がす音かしか、聞こえていないのに。

「アンタはなにがしたいんだ。ほんとにこんなことをのぞんでたのか」

友人になれたかもしれないヤツを殺して、大切に想ってくれたひとを殺して、だれかの、大切な存在だったヤツを、殺し回って、次はおれだ。
シャツが汗にひどく濡れている。

「こうなれば、アンタはまんぞくできるのか」

もし、こうすればどうなるのか。
純粋な子供はいない。どこにもいない。
こどもはみんなワガママで、自分がすべてで、親が大切に守ってくれている籠のなかふんぞりかえって積み木を壊したり建て直したりして、世界を牛耳ってる気になってるような、ひらたくいえばアホだ。

おれはこどもが嫌いだ。

「……疲れないのか。後悔はないのか?」

息がひどく弾んでいて、汗が止まらない。
おれは昔こどもだったんだろう。

そして大人になるんだ。
大人になれば、こどもをこどもとして見れる。

おれは、大人になってよかったと思う。
だが同時に、自分がこどもだったら、こうやってひとりよがりにおもちゃをふりまわすようになる前に、どうにか、満足させてやれてたのかもしれない。

「もういい。オレはもう、次で死ぬんだろ」

こどもの頭がピクっと動いた。
予想外だったか。コイツは、予想外なことがだいすきだ。なにか、新しいなにかをずっと待っている。

「ハハ。その顔ウケるな……じゃあ、また次で会おう」

冷蔵庫に入ったポペトチッスプの袋、シンクの下の、弟の写真。キッシュのベンチ。
おれのしらない場所……扉の向こうとか、ヘンなヤツがうじゃうじゃいる部屋とか。
きっとおれの部屋も、家の裏にある、あの部屋も、ガレージだって、全部はいったんだ。

もうコイツにしらないことはないんだろうな。
ここは狭い。

こどもはおれの攻撃をからがら生き延びて、おれをジッとみすえている。
たぶん、今回は、いつもと違うんじゃないか。
スペシャルこうげきをやめたからな。

めをとじる。
きょうはほんとうにいい日だ。
……パーカーの下にある背中は、ぐしょぐしょにぬれてるのに、黄金色のひかりはそれを照らして、冷たくしない。
…………鏡みたいにすきとおったタイルは、めをとじていてもキラキラしてるのがわかる。
薄くめをひらくと、こどもは、おれをじっと見つめたまま、きもちわるく停止している。

「……オレと戦ってる間に、大人になっちまったか?」

鐘の音が響く。
こどもはおもちゃを握りしめたまま、なにか迷うような表情でこちらを見ていた。

「おまえ」

そんな顔もできるんだな。
言い切る前に、こどもは驚くべき行動を示してきた。

*みのがす

顔をしかめたくなる。弟のパスタより、もっと情熱的にだ。

「え?マジで誕生日だったのか?メモしておかなきゃな……おっと。紙もペンも、アンタの友達も、みんないなくなったんだっけ?」

*みのがす

「……単なる操作ミスじゃなさそうだな。どういう風のふきまわしだ?」

こどもは一瞬、眉を動かしたが、またすぐにおれへ、なんらかの慈悲をかけた。
おれはもう、今度こそ黙るしかない。
だれがこんな状況で背むけて逃げるっていうんだ。
きっとこれも、好奇心の一貫にすぎない。

*みのがす

おれがなにも言わなくなったから、もう連打に近い。

*みのがす

「なあおい、いい加減みぐるしいぜ。心にもないことやるなよ」

おれは顔を思いっきりしかめて見せて、ため息を吐きながらその場に座り込んだ。

「……ここでオレがアンタと和解して、そしたらどうなる?」

今度はこどもがしかめっつらをした。
なにかを思い出したんだろう。
一拍置いてから、またボタンを押す。

*みのがす

「そうだろうな。
アルフィーが王様になるトゥルーエンドだ。
いや、バッドエンドか?
……つまり、オレがここで行動を変えて、アンタがにがしても、エンディングにはさほど差異はない」

*みのがす

今度は二拍あいた。

「そしたら、アンタどうする?」

*みのがす

「また時間を巻き戻して、次のオレを殺すんだろ?」

*みのがす

「やめろよ『みのがす』なんてさ。
オレの塵がおまえの体にこびりついてるの、アリアリと思い浮かぶぜ」

*みのがす

「しつこいな」

*みのがす
おれは、タイルから腰をあげて、こどもに向き直る。

「……わかった」

こどもは、ハッキリと喜ぶ。
しかしやはり、可愛くないし、好きにはなれない。

おれはゆっくり手を、そいつに差し出して、握手した。
こどもはしばらくおれの手を離さなかった。すがるようなもんじゃない。まるで、……もういい。
ああ、こどもがおれの手を離さないのは、むしろ好都合だ。

「じゃ、次のオレによろしくな」

こどもは、逃げ場のない攻撃に耐え兼ねて、自分の血溜まりのなかへひざまづき……ついに、おもちゃがその憎たらしい手から剥がれ落ちる。
タイルにそのおもちゃが、甲高く打ち付けられるが、おれにはその音が、ほんものの鐘より、鐘っぽく聞こえた。

「ハハ。おかしいな。握手しただけなのに死んじまった。ギリギリで切り抜けたからだ。つぎはもっと余分に体力を残しておくんだな」

こどもは、こうなることをわかってたんだろうか。もはや生気を失ったその顔面から、思考を読み取ることは不可能だ。

……しかし、この結果すら、アイツには喜ばしいものだったんだろう。これだけはわかる。

あいつは好奇心の奴隷だ。

おれはなんだろう。
たぶん、義務から逃げられない、おろかな大人だ。

5/22/2024, 12:55:59 PM

長い雪道の奥には、紫色の扉がある。
おれは、その扉に背をあずけて、雪のなかにあぐらをかく。

きょうは、いつもよりはやい時間に来てしまったが、扉の向こうからは、かすかに箒をはく音が漏れてた。
いつもはおれの足音を聞いて、扉の前で話す準備をしてくれてるもんだから、気兼ねなく扉を叩けるが、いまはそうじゃない。

つまり、いまおれがここで突然話しかけたら、ものすごく驚かせるだろう。
思いっきり息を吸った。

「よう!いる?」
「ハッ……!?」

扉の向こうから、硬質な音が響いた。
箒を落っことしたな。悲鳴は聞こえなかったけど、なかなかいい反応だ。

「へへへ、ビックリした?」

……呆れてものも言えないのか、向こうの女性は黙ったまんま、返事がない。

「アンタは今、おおこえ〜って思ってるだろうな。大声だけに」

扉越しで話す弊害だ。
相手の表情が見えないのが、ちょっと不安にさせてくれる。
しかし、空気がプルプル震えるのを背中に感じて、おれはつい笑ってしまった。

それにつられて、扉のむこうのおばさんもふきだしたみたいで……扉がドンッと揺れた。
勢いよく笑ったから、前へつんのめっちゃったんだろう。

そのまま、しばらく笑って、そしたらおばさんが話し出した。

「ふー……ねえ、あなた、銀河鉄道の夜って本をしってる?」

銀河鉄道の夜。
銀河の鉄道って、そんなの実在するのかな。
それともフィクション?
おれはしらないと答えた。

「そうよね。すごく古い本だもの!だけど、わたしだいすきなの。おもしろいわよ」
「へえ……アンタがおもしろいっていうならおもしろいんだろうな……キョーミあるぜ。どんなお話なんだ?」
「あら、本なんてくだらないって言われるかとおもったのに……うれしいわ。じゃあきょうは、その本についてお話してもいいかしら」
「もちろん」

特別キョーミがあったわけじゃない。
そもそも小説とか本とか、あんまり読むタチじゃないし、おばさんのいうとおり、ここじゃ本持ってるヤツのほうが希少だ。
でも、友達のすきな本を知るのは、楽しそうだった。

「童話よ。なまえのとおり……二人の少年が銀河をはしる美しい鉄道に乗って、冒険するお話なの」

童話か。だけど、弟にいつも読んでやってるような、絵本みたいなものじゃないんだろうな。

「その本、分厚い?」
「ええ、とっても厚いわ。だから飽きない」

おばさんはため息をついて、話を続けた。

「二人は、その冒険でいくつか学ぶわ……」

なにを?と聞くと、おばさんは少し言葉をつまらせて、少し笑いながら話す。

「ごめんなさい。私なんども読んでるけど、まだあなたに説明できるほど理解はできてなかったみたい。私から話したいって言ったくせに、ほんとにごめんなさいね」
「いやあ、いいよ。話せるとこだけ話して」

わからないのに、わかった口ぶりで話すより、素直にいてくれてたほうが、ずっといい。そう思った同時に、そんなに難しい内容なのか、と思った。
おばさんが理解できないんだから、おれが読んでも到底、下手な解釈のひとつすらできなさそうだ。

「ありがとう……やっぱりあなたはやさしいわ。
ええと、じゃあ、少年ふたりについて、お話するわ」

おれは頷いたが、扉があるし、おそらく背中越しに話し合っているから、みえないことに気がついて、改めてうん、と相槌をうった。

「ひとりは、カンパネルラという名の、男の子。背が高いの。
もうひとりは、ジョバンニというわ。
ジョバンニのお父さんは、漁師なのね。北のうみへいったっきり、ジョバンニと彼の病気のおかあさんをのこして、もどってこない。だからジョバンニは、まいにち学校へ行って、仕事をして……いそがしい。
幼なじみだったカンパネルラとは、すっかり疎遠になっちゃって」

おばさんはそこで語を区切った。
勢いはたしかにあったのに、せきとまった。
おれはそれをすこし不自然に感じて、扉を振り返る。
しかしやはり、それには意味が無い。おれはまた、頭を扉へ預けた。
おばさんは、おれの声と知り合ってからも……きっとそれ以前も、この扉を開けてくれたことがない。

「……ずいぶん、さびしい話なんだな」

しばらく黙っていたが、話が続く気配はなかったので、おれは、まあしびれをきらしたんだな。
話した。
すると、後ろから、なにかしらがこすれる音だけが響いて、それから一拍置いて、おばさんが「ええ。そうなの」と相槌をくれた。

「……ごめんなさい。なんだか、切なくなっちゃって……私、カンパネルラとおなじだわって。
ジョバンニのつらい立場をわかっているのに、声もなぐさめも、なにもかけず、ただ、ひとりだけ……」

いや、きっとジョバンニは、自分の立場もつらいことも、なにもかも、カンパネルラに打ち明けなかったんだ。
だからカンパネルラは、ジョバンニになにもできなかった。実際、ジョバンニにとって、カンパネルラの行動は、一番のなぐさめになったかもしれない。

第一おれだって、おばさんのなまえも、立場も、なにもしらないじゃないか。

「ごめんなさい、続けるわ」

おばさんは、やはり自分のことについて、なにも喋らないつもりらしい。

しかしそれは、おれも同じだった。

「……ふたりはね、銀河鉄道という、蒸気機関車に乗るの。フシギな機関車よ。
突然ジョバンニの前に現れて、彼をカンパネルラに会わせた」
「なあそれって、ほんとにあると思うか?」

おばさんは、銀河鉄道のこと?といって「さあ、どうかしら。いつか、確かめられるといいわね」とだけ言った。
寂しそうだったが、おれは、もっと寂しく思う。
あるわけないと、笑い飛ばしてしまえるだけの環境が、おれとおばさんと、弟と、この世界にくらすひとびとにあったら、と思うと、やるせない。

「……そしてね!
その銀河鉄道には、さらにひとが乗ってくるの。特に印象的だったのは、二人の姉弟と、その家庭教師よ」

姉弟か兄妹か兄弟か。まあどうでもいいか。
おばさんはさらに続ける。

「家庭教師さんがね。機関車に乗り込んで、ジョバンニやカンパネルラへこう言うの『私たちが乗っていた船が沈みました』。
彼はね、姉弟を守ってやらなきゃならないって、少ない救命ボートに向かって……親や、周囲の人々がそうしたのね。救命ボートのすぐ近くには、ほとんどちいさなこどもしかいなかった。
姉弟の手を握って、ひしめきあう、その子らを必死で押しのけ、傾く船を歩いた、と。
『こんなにまでして助けてあげるよりは、このまま神の御前に三人で行く方が、ほんとうにこの子たちの幸せだとも思ったり』『神に背く罪はわたし一人で背負って、ぜひともこの子達だけは、助けてあげたいと思ったり』……」

また、おばさんが言葉をせきとめた。

「わかりにくいでしょう。私、なんだかやっぱり悲しい。
家庭教師が話し終わってから、聞いていた、おじいさんが口を開いてこう言うの。
『なにが幸せかわからないです。ほんとに、どんな辛いことでも、それが正しい道をすすむなかでの出来事なら、峠の上り下りも、みんなほんとうの幸いに近づく、一足ずつですから』。
家庭教師は、その言葉を聞いて『ああそうです。ただ一番の幸いに至るために、いろいろな悲しみもみんな、思し召しです』」

おばさんは、話し終えた、というような空気をだして、おれの言葉を待っているようだったが、くやしいくらい言葉が見つからなかった。

「……いい、話なのかな」

こうやって絞り出すのが精一杯だった。

「ふふ。たぶん。そうね。いい話だわきっと……」

しばらく、ふたりで黙っていた。
そこら中に、隙間なく並んでる雑木林のなかから、枝の折れる音がかすかに響く。鳥も、誰かの話し声もなにもない。ここは静かだ。

おばさんは、いま不幸なのかな。おれはどうだろう。ポケットのなかにつっこんでた手を、地面へ置いて、手袋に雪が染みるのを見た。

「……ほんとうの幸せとか、一番の幸せって、たどりついてみなきゃそれがどんなものか、わからないよな」

雪道に、おれの声がわんわん響いていて、少し笑える。イマイチ、自分でもなにが言いたいかわからない言葉だったから、余計にだ。
おばさんは、ひとしきり考えたのか、ゆっくり話し出す。

「どうなのかしら。たどりついても、わからないかもしれないわね」
「……弟がさ、えーと。前にも話したけど、みんなを守る」
「騎士ね。騎士になりたがってるって言ってたわ、あなたが」
「そうそう。騎士。イケてるよな。
夢を追いかけてさ、まいにちとっくんしてるんだよ。そういうとこもイケてる」

おばさんは黙っておれの話の続きを待ってくれている。

「……だけど、その夢が実は、自分を苦しめる結果に終わったらって思うと……報われない。
だから、もし自分の一番の幸せがどんななのかって、はじめからわかってたら、なんて、おれみたいにグータラなやつは思うんだ」
「……難しいわね。ほんとうに」
「へへへ。こんなふうに考え込んでる間に、行動したほうが幸せになれそうだ」
「ほんと。そうしたら、私そろそろ行くわ」

パサパサっと音がしたかとおもったら、扉がきしんだ。
おれおなじく、おばさんも扉にもたれかかってたらしい。

おれも、ぼちぼちたちあがって、扉をふりむいた。

「じゃ、またあした」
「あしたは、もっと楽しいお話をしましょう」

おばさんの足音が扉の向こうから響いて、やがて聞こえなくなるのを見送る。
おばさんは、銀河鉄道の夜をなんどもしきりに読んで、ほんとうの幸せだとか、ジョバンニやカンパネルラについて、ずっと考え込んでるんだろうな。

「自分のほんとうの幸せがどんなか知っててもさ。勇気がないとなににもならないんだよな。おばさん」

おれは雪を蹴って、誰にも聞こえないくらいのちいさい声で言った。
それだけだった。

5/22/2024, 10:18:58 AM

透明というと、
「君の名前で僕を呼んで」
を思い出す。

観たきっかけはちいさい。自分は映画の熱心なファンでもなければ、むしろうといほう。

きっかけは、ぐうぜん主演へのインタビュー動画をみて、感動したってことだった。

   「世の中は簡単に変わらないし
   映画の力で変えることもできない。

   だが確実に1人の人生を変えたんだ。
       芸術作品が──

   人の人生に大きく影響したんだ。」

前後の情報がないと、なにがなんだかわからないだろうか。

だが自分は、この一言にたしかな感動を覚えた。
発言したのはアーミー・ハーマーという役者だ。

続けて彼は、まさに僕が若い頃演技のクラスで言われたことだ、と言って、さらに続けた。

  「映画は人の観点を変えることができる」

映画だけじゃない。
小説、マンガ、音楽、イラスト……作品にとって、その後世界がどう動くか、よりも観客の心にどう残るかが大切だと、自分は改めて思った。

5/20/2024, 11:39:59 AM

わからない、が本音です。

すきなキャラクターはいる。Aとしよう。イニシャルでもなんでもない。

Aのどこが好きか、と言われると困ります。
たぶんこれは自分だけじゃないと思う。

たとえば、非常に格好いいポーズをとって、しびれる表情をしているAにいいねを押して、その直後に、あざといともいえる、非常にデフォルメの効いたAへ、いいねを押す。
そしてさらにその直後、自然で、リラックスした笑顔をたたえるAにいいねを押し、
ヒドイ怪我をして、くるしそうな表情をするAにいいねを押し、
怒っているAにいいねを押し、
そしてまた、かわいらしいAにいいねを押す。

Aであればなんでもいいと言えば、聞こえは悪い。
しかし、Aのすべてが好きだ、と言えば、自分にとってもいい。

というか、推すってそういうことだ。

【理想のA】

田舎なんかで、日光にあてられて、リラックスした笑顔を浮かべる。
一方で、なにか、ツライ事件にこころを痛めたり、苛まれたり、ときには、川をしずかに見下げたりする。
空のいろと、Aの着るパーカーのいろはまるで違う。空はうすく、パーカーはあざやか。

活発で、最高にいい弟に、てをひかれて、何年ぶりか、土のうえを走ったりするのだ。

それと同時に、やはりツラく苦しい日常も、おくってほしい。
寝室から一歩もでられず、飯をくうにも、吐き気がジャマをして、しかしまだ笑ってられて、うつともいえなくて、それでもAは、太陽光にあたっても、もうなんとも思えなくなってしまっている。
そんなとき、Aは自分を痛めつけるようなマネをするだろうか?

Aには、ゆうひを一度でもいい、みてほしい。
そうして、すこしセンチな気分に浸るのだ。
うみへいってくれてもいい。
さざ波は、彼の背中をゆるやかになでて、砂浜はしがみつき……なみにつれられ、くらげの死骸がごとくいったりもどったりするだけで、きっと沖へはいかないだろう。
彼はしずむからだ。
しかし、弟はいくかもしれない、浮き輪をもって、自分のぐうたらな兄貴をひっぱる。
そんなときでも、Aの弟はバトルスーツを脱がないんだろうな。

Aにはきっと、なにか絶望的なものに直面する瞬間がある。

Aは映画を観るはずだ。
SFがすきらしい。
スターウォーズはいうまでもなく、だいすきだろうと思う。
アクション映画はどうだろう。スパイ映画は?
サスペンス、ミステリー、恋愛……

それともAは、意外とB級映画を好むタチなのか。

Aは、きっとふだん、難しいことを考えないだろう。
目の前の景色に集中して、素直にうけとる。
どうだろう。
ジョーク本のなかに、物理学の本が入っていて、その物理学の本のなかに、別のジョーク本がはいっていて、その中にも、別の物理学の本が入っている、ってくらいだから、もはや、わからない。

Aは自分を見失っているだろう。
ジョークはほんとうにすきだったのか、真面目なのが自分の本性か?それとも、ぐうたらしてるのが性にあってる?

Aの好物はなんだろう、と考えたこともあるが、わかったところで、べつに、Aを構成する主成分が判明したわけでもないので、気にしない。

Aは、誕生日のひに、きっと、弟から掃除機をもらったりするのだ。
いい加減、掃除機の使い方をおぼえて、自分の部屋を片付けろと、メッセージつきだろう。
しかし、Aの誕生日を自分はしらない。

Aはひとりのとき、ただしきりに居眠りをするだろう。
古いマットレスに飛び込んで、舞うホコリを気にもせず、足をくみ、腕をくみ、その腕を枕にするのだ。
しかし、実際のところ、Aがひとりのときなにをするかなんて、知る由もない。

Aには、ときどき誰かに殴られでもして欲しいと思う。
そして、痛む頬に顔をひきつらせながら、ただ仰天して、胸ぐらをつかまれるのだ。

その逆に、思わず、といったていで、弟を怒鳴りつけてしまう瞬間を、Aに体験してほしい、とも思う。

Aへの願望や、理想や、妄想はつきない。

5/19/2024, 12:33:17 PM



太陽にむかって、
まいにち「さようなら」を言うやつはいないだろう。
同時に、空にむかって「親の顔より見た」なんて言うやつも、いない。

慣れすぎてる気がして、おれはときどきこわくなる。
けど、バカらしいから、もしものことは考えない。

街には、きょうも情報がごったがえしてる。
道路には車がしきつめられて、
歩道にはひとがひしめきあう。

昼日に、快晴の空に、だれも意識をむけないし、おれも見ない。
人の間に滑り込んで、目的の場所へつっぱしる。

すれちがっただれかが、どんなかっこしてたとか、顔してたとか、ましてなまえなんて、しるわけない。
一回、ひとの間をすり抜けて、
もう一度、目の前の隙間へ入り込んで、
目をグルっと回して、右ハジに通れそうな空間をみつけて、足を運ぼうとした。

おれは、外でも中でも室内用のスリッパを履く。
もふもふな毛糸が全体にはえてるやつ。
寝る時以外、ずっとはいてるから、すっかりくたびれちゃって、iPhoneよりずっとうすい。

で、うすいから、スリッパがなんかに濡れたのがすぐわかった。
下をむいたら、真っ赤なのを、踏んでることがわかった。
それから、ガチっと固まっちゃったのが、じぶんでわかった。

おれは、背がちいさい。気にしてない。
だから、ときどき、たとえばめちゃくちゃひとが多い場所で急にたちどまったりすると、大人とかが、おれに気づかずドカッとぶつかっちゃって、おれがふっとぶってこともよくある。
だからふだん、めったなことがないかぎり、ひとが多いとこにはいかない。

でもきょうは特別だった。

おれはだれかに、ぶつかられて、前へおしだされて、手をつこうと思ったが、そのまえに額をコンクリートにぶつけた。

そこで、額以外にものすごく傷んでる箇所があるのに気がついた。
それとおなじくらいに、おんなのひとの悲鳴がきこえて、おれにぶつかったひとが、背中から大丈夫かとなんどもきいてくれる。

大丈夫だと答えようとしても、ヘンなうめきごえにしかならなくて、小説で描写されるあれは、あながち間違いじゃないのかもと思った。

おれは頭がすごく混乱してたんだと思う。
到底たてるわけないのに、うでを一生懸命まげて、地面から起き上がろうとした。
でも、腹はうまくあげられても、頭がへんにもちあがらず、足はほんとに、なまりだ。
いもむしみたいなんだろうな。

でもきょうはやっぱり特別な日だった。

おれは、手をパーカーのポケットにどうにかつっこもうとした。
でも、かすりはするが、するっするって、なかなかはいらない。
あたまがあがらないので、ここだ、と思ったところへ、手をさそうとするが、もうあたまがマトモじゃないんだろう、だからぜんぜんはいらない。
いつも、ポケットの位置なんてみなくてもわかるくらいなのに。

泣きそうになっていたら、だれかがおれの手にさわって、ポケットにいれてくれた。
ついでに、あおむけにしてもらえる。
グワッと、一瞬すごくまぶしい閃光が目の前を通って、しかしすぐに、視界のはじに細かい羽虫がぶんぶん飛び回りはじめて、急速に光が暗くなっていく。
でも、ある段階でそれはとまって、真昼だってのに、まるで夕方くらいの暗さに、おれだけかんじられた。

ポケットのなかのてをうごかして、どうにか中身をつかみこむ。
このころには、なんとなく聞こえてくる。
救急車のサイレンと、周囲のどよめきとか、雑踏とか。
でもそれより、おれの荒い呼吸の方がはるかに大きい。

「えっ」

それでも、一瞬の悲鳴みたいな、おれの弟の「えっ」て声だけは、めちゃくちゃよく聞き取れた。

「まちあわせしよう!」

電話ごしに、弟が言って、おれはそれに了承して、で、カレンダーに丸をつけた。

丸をつけた日に、だんだん近づいてくうちに、なんか、プレゼントしたいと思った。

会うのがすごくひさしぶりだからだ。

でも、そこまで凝ったやつじゃなくていい。

弟はおれの近くまでがあっと寄ってきて、おそるおそる、おれの額に手をそえた。
もう、すりガラス越しにみてるみたいな、ふうに、視界が変わってて、おれは、ちょっと、まだ起きてられるんだ、と思った。
サスペンスとか、そういうのじゃ、もっとはやい段階で気絶というか、死ぬ。
テンポのためかな?

おれはとことんマイペースだな。

「あのね」

弟がおれのむかいに座りながら、すごく改まったカンジに、話しかけてきたのを、よくおぼえてる。

おれは、正直こころあたりはあった。

「……ごめん突然!でも、絶対兄ちゃんに言わなきゃならないことなんだ」

おれが「そうかたくなるなよ。いや、ムリか」なんて言ったら、弟は、少し顔をうつむけて「結婚したいひとがいる」と言った。

弟が生まれてから、ずっと一緒だった。

「兄ちゃん、なんで……?」

弟は、おれの、汚点だらけの生涯で、弟だけは、弟に関することだけは、綺麗であれた。

弟は、おれの額に、自分の額をくっつけて、声を殺して泣いた。
ちかくなって、さらに暗くなった視界のなかで、救急隊員か、なにかが、離れてください、と。
声だけ聞こえた。

「兄ちゃん、兄ちゃんー!」

ちいさい弟は、絵本がすごく好きで、シャイなほうだった。
いまもそう。でも、つよくなった。あと、デカい。

ともだちも、なかなかできなかった。
遊ぼうと思っても、どうすればいいかわからないらしく、おれのところに泣いてよってきた。
でもおれだって、べつにいつもヒマなわけじゃない。
だから、ときどきは、抱きついて泣く弟をひきはがした。

おれの手を握ってくれる手は、昔とかわってない気がする。
ひとりよがりかな。
おれは、弟のぬくもりを感じるてと、反対のほうで、カードを弟に、つきだした。

おれは、泣いてる弟をみてると、よくヘンな気分になる。
おれは、およびでないようなきがして、なんか、なかなか歩み寄ってやれない時がある。
もっと、ママとか、パパとかにたよりたかっただろうと、いまもよく思う。

おれは、弟の恋人さんに会ったあと、らしくもないが、カードを買いにでかけた。
おれには、センスがごっそりぬけおちてるから、店員さんのおすすめに任せた。
任せるってとこも、やっぱりセンスがないんだな、今になって思える。

うっすらとしか、もう目が開かなくて、弟は、泣いてるのか笑ってるのか、カードをみてるのかみてないのかすら、わからなかったが、弟にてを、さらにつよくにぎられた。

「兄ちゃん、しんじゃだめだよ。兄ちゃんにみててもらわなきゃボクだめなんだ」

おまえがよめさんをみててやる番だろ、とか、そういうカッコつけたことは言えない。
だってみてもらってたのはおれのほうだし。

でも、うめきごえすらでない。
ていうか、ホントに、おれいつまで起きてるんだろう。もしかして、死なないのかな。
だといいな。

おれは、カードへの言葉をなんども書き直した。
センスないからだ。
いい言葉ってのが、だんだんなにかわからなくなっていった。

「兄ちゃん、兄ちゃん……きっと大丈夫だ、大丈夫だよ」

なにかかたいものが、弟に握られた手にあたった。
たぶん、弟の額だ。

ちいさいころ、弟はおれの手をずーっとはなしてくれなかったときがあった。
ほんとにちいさいころだ。

でも、まあ幼少期の力なんてたかがしれてるし、そのときはヒマしてたから、片手で本をよんでた。
そのときの本は、なんだったかな。
たしか、カードの言葉をかんがえてるとき、この本の言葉を引用しようとしたんだ。
弟にメールでその本しってるかきいたとき、NOのスタンプが返ってきて、やめたんだっけな。

……あんまり長い時間、手を離さないから、なにしてるのかってさすがに気になって、覗き込んでみたらだ。
おれの手を、あいつは自分の頭にのせて、なでさせてた。

おれはそのとき、グッときて、ほかにいいようがない。
とにかく、こころをハンマーでぶったたかれたみたいな衝撃で、おれは、必死になって弟の頭をなでてやった。

そしたら、三秒もしないうちに弟は撫でられることをいやがって、泣き出してしまった。
おれはまるでそのときの、おまえの感情がわからなかった。

それでも、あとから思い出したら、おもしろい話だ。
カードにこのこと、かけばよかったかな。

とか、思ってたら救急車がブレーキをふんだ。

「ついた、ついた……!」

ガタガタッと、らんぼうに衝撃が伝わってくるが、痛みにうめく余裕もない。

弟はカードを握りしめて、バタッと立ち上がったら、

……がんばってうすめをあけて、状況を確認したりするが、もう、意識はぶつ切りらしい。
自動ドアが開いたと思ったら、病院の白い電灯が眼前につぎつぎ流れてって、つぎは、弟の泣き顔。

カードには、できるだけ純粋なきもちで
「おめでとう」だけ書いた。

太陽にまいにち「さようなら」をいうやつはいない

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